今宵私は墓を掘る
墓を掘っている。
墓? そう、墓だ。人一人分スッポリと入る、大きな穴。自分の墓だ。
穴に埋まって、誰とも会わずにすべて忘れて眠っていたい。
刺されても、焼かれても、裏切られても、フラレても、けして死なない身体。不死身と言うにはあまりにも出来損ないの身体。風邪はひくし腹痛でトイレに子一時間篭る事だってある、痛みだってあるし、フラレたら傷つく、けれど、死ねない。不便な身体だ。
真夜中に一人、小さな森の、小さな広場に、鼻水を垂らしながら、スコップでザクザクと土を掘り返しいる。さながら変質者だ。誰かに見られたら通報されること間違いなし。
33回目の失恋をしたのは、今日の夕方のことだ。
「土屋君には興味ないから」
バイト先の本屋で一緒に働いている、同僚の清楚で可憐な宮島さんをデートに誘うと、告白前から戦力外通告をされた。
いつも笑顔で話しかけてくれ、他愛も無い話にも付き合ってくれていたのに、興味ない……。
もう恋なんてしない!
「穴があったら埋まりたい」
思い立ったが吉日、スコップを買って、森へ入り、今に至る。
33回も失恋をするなんて、この世界は間違っている。こんな生き恥を晒すなら、もうこのまま、土の中に埋まって、木々の栄養になって自然と同化したい。
恋愛なんて無い世界、ライフイズビューティフォー。
「明日のバイト休んだら、彼女は心配してくれるかな」なんて考えてしまう僕は、まだ恋愛脳。
「煩悩よさらば」
無心になって土を掘り起こす。
しかし、考えてしまうのだ、無心になったつもりでも、笑顔が頭を過ぎると、頭の中で思い出が溢れる。
――前の失恋の時は、どうやって忘れていただろうか。
1回目の失恋相手は、小学校の先生だった。
清楚な雰囲気の、音楽を教えている先生で、音楽の選択授業がないと会えなかった。
授業があるときは、先生の言うことに必ず従い、クラスで一番大きな声で歌を歌った。
ある日、先生が左手の薬指に指輪をしてきて「うわー指輪なんてオシャレだな」と思っていると、クラスの女子が「それ結婚指輪!?」と騒いだ。
先生は柔らかな笑顔で「そうよ」と言った。
僕は、泡を吹いて倒れた。
その日から一週間寝込み、先生が知らない男とチューをする悪夢を見続けた。
僕が学校を休んでいる間、同じクラスの鈴木さんが、毎日プリントを届けてくれていた。
鈴木さんは、白いワンピースが似合う、物静かな女の子だった。
久しぶりに登校して、真っ先に鈴木さんにお礼を言うと、にこっり笑って「もう体調は大丈夫?」と気遣ってくれた。
どこかから、弓矢がズキュンと刺さる音がした。
その日から、先生の事はすっかり忘れていた。
そうだ、次の恋を見つけたから、忘れることができたんだ。
ちなみに、鈴木さんには、ストーカーの如く付きまとい、猛アタックの末、見事に、フラレた。
「怖い」
眉毛を垂らし、少し涙目の鈴木さんは、そう言うと走り去って行った。
僕は鼻水と涙が止まらなくなり、鼻水が詰まって、呼吸困難になって倒れた。
このときは、時間が解決してくれた。
今回は、時間も解決してくれないし、次の恋なんて見つける気力はない。
すっかり妄想に耽っていて、手が止まっていた。鼻水とため息が漏れる。
止まっていた手を動かし、スコップを地面に刺し、土を掘り起こす。柔らかい土だったので全く力はいらない。
なかなか深くなってきたかな、人一人分スッポリ入れる位の穴になってきた。
穴を眺めると、土の中に白い布の様な物が見えた。
「なんだ?」
摘んで引っ張ると、ズズっと土を持ち上げ布が出てきたが、まだ土に埋まっている部分があった。
「結構大きいのかな」
スコップで軽く掘り返してみる。
土で汚れてはいるが、白い大きな布が穴の広範囲にあるというのがわかる。
さらに掘り返すと、土とも小枝とも明らかに違う、弾力がありそうで細長い小枝のような茶色い物が、土から顔を出した。
形に見覚えがあった。日々よく見ていて、大抵の人には付いているもの……。
「指?」
夜の森、土の中から指、どう考えても怖すぎる。
確かめるため、震える手で、それを触ってみる。
柔らかくて、少し温かい。擦ると、真っ白い肌らしきものが表れた。
間違いない。人間の指だ。
逃げ出そうにも腰が抜けていた。心臓がはち切れんばかりに膨らみ、ドクンドクンと太鼓を打った。
掴んだままの指がピクリと動いた。
「生きてる!?」
急いで手を動かし、土を慎重に除けると、ワンピース姿の女の子が表れた。
顔に耳を近づけると、微かに空気が漏れる音がした。
「大丈夫ですか!?」
声をかけ、肩を叩いたりしてみたが反応は無かった。
ハンカチで顔の周りだけ拭いてあげると、真っ白い肌で整った顔立ちをしていた。
まるでお姫さまのようで、悪い魔女に魔法で眠らされている。と言われても「あ、そうなんですか」と信用してしまうくらい綺麗な女の子だった。
キスをしたら目覚めるんではないだろうか。そんな邪な気持ちが芽生えた。
33回フラレてきたけど、次にフラレるとしたら、この子が良い。
唇を尖らせ、顔を近づける。
目覚めて姫さま、そして恋をしよう、もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対。
唇が重なるその前に、パチリとお姫さまの大きな目が開いた。
「墓荒らし?」
お姫さまは、起きたばかりの寝ぼけた声で囁いた。
目覚めた事に吃驚したが、今しようとしてる事とか、墓荒らしじゃないって事とか、色々な言い訳を考えて、取り合えず僕は――キスをした。
読んでくれてありがとうございます。