第3章
その日俺とティタさんは家でTVを見ていた。
『どうしても……行くんだね、アンジー』
『ああ、俺とお前では進むべき道が違う。次に会うときは戦場で敵同士だな。』
別れの切なげな音楽が流れ、そのままエンディングロールが流れていった。
「あの……ティタさん、これはどういうストーリーなんだい?」
「これはですね!」
ティタさんは興奮しつつも、うれしそうに語り始めた。
「ご近所さんだった幼馴染同士が、ある事件をきっかけに、よくわからない組織との戦いに巻き込まれていくんです。2人は協力して共通の敵である『世界艦隊』と戦うのですが、中盤あたりから急にアンジー君が無茶な主張をしだし、今日いきなり敵味方に分かれてしまったという、壮大なストーリーです」
「……壮大なんだ。じゃあさっきの二人がその幼馴染ということか。何か、将来戦う雰囲気になりそうだね」
「そうなんですよ! 恐らくあの2人が次に出会うのは、周りが火の海になった戦場です。『戦うことでしか世界は救えない派』のアンジー君と『人はもっと分かりあえるはずだ派』のエリース君……一応会話はするんですが不調に終わります。『残念だが戦うしかないようだ』と叫びながら攻撃を仕掛けるアンジー君。『アンジーやめるんだ、僕たちが戦う理由なんてないはずだ』と余裕でかわすエリース君。ああ、2人主役がいる場合、気性の荒い方が弱い人というのは決定稿みたい……アンジー君、最終回直前に死ぬフラグでまくり……みたいな。ううっ、早く続きを見たいものです!」
「いや……もう続きそれでいいんじゃない……でもさ、幼馴染って案外そんな運命的なことって無いんだよ」
「そういえば、ミズサキには幼馴染がいましたね。確かマタタキさんとハバタキさん。どんな人たちなんですか」
そう、マタタキとハバタキだ。マタタキは天然で不思議ちゃんだが、根はすごく思いやりのある優しい子だ。しかも美少女ときてる。うん、言うことないな。幼馴染でよかった。
あとおまけでハバタキという奴がいる。変な発明家だ。イケメンなのが気に食わない。発言する前に高笑いするところが気に食わない。頭がいいのが気に食わない。
「そうそう、明日さ、マタタキがうちに来るからティタさんのこと紹介してもいいかな」
「それはぜんぜん構わないんですけど、私の姿はミズサキ以外には見えませんよ」
「うん、それはわかってるよ。ただ、見えなくてもいるんだよってことを伝えたいのさ」
「???」
「そんなこと信じる人はいないと思いますけどねー」
ティタさんは少し呆れた顔でそう言った。
「まあ、それはどうかな。マタタキはある意味ホンモノだからね」
そう言って俺はティタさんに自信満々な笑みを向けた。
翌日は日曜日だったので俺はお昼すぎまで寝ていた。
『ピンポーン』玄関でチャイムが鳴ったので俺は起きた。
「どなたですか……」
俺は寝ぼけた声でそう言った。
「テカぴょん。僕だよ、君の秘密兵器、マタタキまんだ!」
あああ、今日は約束してたんだ。ドンだけ寝てたんだおれは……日曜は両親がいないから起こしてもらえなかったのか……
俺はマタタキをリビングに座らせ、お茶を出して待ってもらっていた。10分後、用意ができたのでリビングに行き、俺はマタタキに謝った。
「すまん、寝てた。1発殴っていいぞ」
そういうと、マタタキは遠慮もせずに、おれの額めがけてチョップをくりだした。
『ガスっ!』
一瞬目から星が飛んだ。それくらいこいつのチョップは精度と角度がいいのだ。女の子のチョップだからといって気を抜いていると意識を失ってしまうくらいの威力だ。まあ、これは小さいころからの儀式みたいなもので、おれが何か粗相をしたときはいつもこれで許してもらっている。
「テカぴょん、だめだよ。寝すぎるとドワーフになっちゃうよ」
「!!」
ティタさんが反応した。
「ミズサキ、この人はあちら側の世界を知っているのですか」
「あちら側……うーん、知らないと思うよ、ただね……」
俺が続けて言葉を発する前にマタタキが
「テカぴょん……妖精さんとお話をしてるんだね。わたしも混ぜてほしいのです!」
と真剣な顔で言ってきた。こいつの観察力にはいつも驚かせられる。俺が小声で誰かと話しているのを見逃さなかったのだろう。まあ、普通の人間なら独り言がキモイとかの反応を示すのだが。
「ばれてはしょうがない。紹介するよ。俺の横にいるのはティタさんだ。きれいな羽を持った回復の精霊さんだよ」
ティタさんはマタタキに笑顔で手を振った。
「おおうっ。今、さらっとしてふわっとした風を感じたですよ。ティタさん、はじめまして、マタタキです。どうか末永くよろしくお願いします!」
マタタキはそう言ってテイタさんが座っているのとは全然関係ない方向に向かってお辞儀をした。
『なっ、こいつはホンモノだろ。不思議ちゃんなんだけど、まあ悪いやつじゃないから仲良くしてやってね』
テイタさんはうなずくと、マタタキに向かって手をかざし、回復の魔法をふりかけてあげた。
「!!」
「テカぴょん。今ね、自分の体にエナジーを感じたよ。ご飯をたくさん食べて、いっぱい寝たような感覚がするのです!」
こいつの勘の鋭さは恐ろしいわ。今浴びた魔法の感想を述べるなんて俺を除いてこいつしかできないだろ。
その後マタタキはいつものように妖精や宇宙人に対する思いを見ぶり手振りを交えて熱く語り、俺の頭の中をお花畑にしてくれた。ただティタさんについては、その話をうんうんとうなずきながら興味深く聞いている。何か通じるものがあるのだろうか。
まあ、ティタさんに出会うようになって、あながちマタタキの言ってることもうそではないかなと思い始めてきた自分がいるのも事実だ。
―3時間後―
「ティタさん、また来るです。テカリンはちょろっと、おっちょこちょいだけど、困っている人が近くにいたらほっとけない良い人なのです。私が保証します! だから死なないように守ってあげてね」
「おい、最後の死なないようにはいらんだろ!」
マタタキは、またしても全然違う方向にお辞儀をし、帰っていった。
「マタタキさんはいい人ですね。それとあの人はミズサキのいうとおりホンモノですよ。何たって放されてたことの半分は本当の話なんですから!」
「えええ!!じゃあ、話に出てきた精霊や妖獣の話は本当ってこと?」
「ええ、大体はあってますよ」
ぬうう、恐るべき天然。ただの与太話だと思って侮っていたのだが……
今度からは正座をして話を聞くことにしよう。というか、この世界本当にどうなっているんだ……
「あ、あのさ、それってティタさん以外にテイタさんみたいな人いるってことだよね。それは俺にも見えちゃうの?」
「ええ、見えますとも。私の姿が見える人間は全ての精霊や英雄を見放題、そして会話し放題なのです!」
「会話し放題って……スカイプかよ……」
「まだ俺、ティタさん以外誰も見ていないってことはさ……そんなに数はいないってことだよね……」
「さあ?それは私には何とも……」
ティタさんは口に指をあてていたずらっぽく答えた。
恐ろしいことを聞いてしまった……この世界は人間が偉そうに支配しているが、ティタさんみたいな人たちが集まれば、その構造は簡単にひっくり返るじゃないか。
「ティタさん、俺……明日から少しだけ謙虚に生きることにするよ」
「はあ?」
ティタさんはきょとんとした顔でこっちを見つめた。
「そういえば、ミズサキ。さっきからずっと携帯が鳴ってましたよ。出なくていいのですか?」
「ああ、いいんだよ。あのメロディが流れるときは出ないことにしてるんだ」
そう、あのメロディとは『ハバタキからの着信』なのだ。あいつが電話をしてくるのは間違いなく変な発明品が完成した時であり、しかも俺を実験台にするつもりの時だ。変な電気流されたり、ヘッドギアみたいなものつけられたり、ろくなもんじゃない。だから警戒用の合図としてこいつだけ着信音を変えているのだ。
『ピンポーン』
玄関でチャイムの音がした。
玄関を開けると
「はっはっは。ベターなものができたからヒカルに真っ先に見せにきたよ。」
俺はすぐに玄関を閉めた。
『誰がヒカルなんだ』というつっこみすらしたくない。今日は良い1日のはずだったのに突然台無しになったわ。
『ピンポーン、ピンポーン』
あまりにしつこいので、俺は仕方なく玄関を開けた。
「はっはっは。ベストに近いもの、ということにしておこう」
「お前……いつも主語がないだろ」
「物語は簡潔に……さ。お邪魔していいかな」
ほんとに、邪魔なんだが……
そういいつつ、俺はしぶしぶハバタキを部屋にあげてやった。
ハバタキは座るといきなり
「この装置は腕に巻くと、見たものや想像したものを自動で描くというものなのだよ。無論、書く道具は手に持っておく必要があるのだがね。はっはっは。」
うーん、こいつの発明は地味なんだが、いつも実用的なんだよな。これは警察とか設計業者とか色んな方面に売れそうだわ。
俺はその装置を手に巻いて、目の前にいるティタさんを描き始めた。自慢でないが俺は絵が下手だ。いつもの実力を如何なく発揮したら、ティタさんは二度と俺を回復してくれなくなるだろう。
装置をつけると俺の手はするすると滑るように紙に絵を描いていった。
「おおっ、これは」
俺は思わず声を出してしまった。そこに描かれていたのは美しい金色の髪をした超のつくほどの美人ではないか。まあ、それがティタさんなのだが・・。
ティタさんはそれを覗き込みながら、うんうんとうれしそうにうなずいていた。
「すごいな……俺が一生かかっても描けない絵だわ。この装置出回ると、画家とか真っ青になるだろ」
「はっはっは。これは売る気はないんだ。ところでそのキャンバスに描いた美しい人は誰だい?」
「はっはっは。これは俺の嫁だ」
俺は適当に答えてやった。
「……ということは、その人は僕にとっても家族になるというわけだ。よろしく、お姉さん」
ハバタキはティタさんのいる方向に向かって軽く会釈した。
「おい、何でそうなるんだ!お前は俺のたくさんいる知人の中の1人にすぎんだろ」
「はっはっは。何を照れているんだ、テカリン。僕たちはわかりあえた仲じゃないか」
「お前とわかりあえたことなど人生の中で一度もないわっ」
ここでティタさんがぽんと手をたたいた。
「ミズサキ、私この場面知ってますよ!『人はもっと分かりあえるはずだ』というハバタキさんに対して、頑なな姿勢を崩さないミズサキが戦いを挑むのです。そして敗北するのですよ!」
「おい、昨日話してたストーリーそのままじゃないか。じゃあ俺は最終回直前に死ぬフラグが出てるのかよ!」
ティタさんはうんうんと納得した表情でうなずいている。
「まあ、あせることはない。時間はまだあるんだ。今日はその美しい方の名前だけ伺っておこう」
ハバタキはイケメンメガネを中指であげながらそう言った。
「お前らと話してると、体力使いすぎるわ。まあいい、紹介するよ。この人はティタさんだ。回復の精霊さんだよ」
こいつは変人だから何を言っても驚かないだろうと思って本当のことを言ってやった。
「ほお、回復とな。では最近の君の際立ったテカリ肌はそのおかげなのだね。さすがに僕の技術を持ってしてもそこまではできないよ。精霊ティタさん、あなたはすごい方のようだ。これからももっとミズサキをテカテカに輝かせてやってほしい」
ハバタキはまたしてもティタさんのいる方向に向かってメガネをはずして軽く会釈した。
ティタさんもそれに答えるように笑顔で会釈した。
「待て、2人で勝手に話を進めるな。大体もうこれ以上光るのはNOだ。」
俺がそう言うと、ハバタキとティタさんは顔を見合わせて笑った……ように見えた。実際には見えてはいないのだろう。その証拠にティタさんがいつもの手つきでハバタキに回復の魔法を振りかけたが、ハバタキが何の反応も示していない。
ハバタキは腕時計を見て、
「では、僕はそろそろおいとまするよ。」
そう言うと珍しく、変な言葉も言い残さずにあっさりと帰っていった。
「ふうっ、今日は騒がしい1日だったな。ティタさん、ハバタキみたいな変なやつ紹介して悪かったね」
「何を言ってるんですか。あの人はマタタキさんと同じくホンモノですよ。紹介してもらって感謝感謝です。なぜならこれからミズサキに降りかかってくることには、ほとんどあの人が関係してくると思われるからですよ」
「はあ?あいつはただの変人だよ。発明バカで顔がイケメンなだけ」
ティタさんはそれを聞いて、『わかってないなあ』という顔をした。
「ミズサキ、私のことを回復の精霊と聞いてからのあの人の行動を見ていましたか?彼メガネをはずしたでしょう。その時にさりげなくメガネのフレームで時計をはめているほうの腕に傷をつけたのですよ。おそらくですが、私が本当に回復の精霊かを確かめるためにです」
「!!」
「本来なら、そういう怪しい行動をする相手に回復はしないのですが、今までの態度を見て、この人はミズサキのことを本当に気にかけてくれているというのが伝わってきたので、あえて意図に乗って回復してあげたのですよ」
なんと……こいつら俺の知らないところでそんな攻防をしていたなんて。まあ、それはハバタキが回復の精霊を信じたということが前提になければありえないことなのだが。大体ハバタキはどうして俺の言うことは何でも信じるんだ?ほんとのバカなのか。
「あの人が今日ここに来たのも、最近のミズサキの変化に気がついたからですよ。売る気もない絵の機械を持ってきて描かせたのもミズサキの近くにいる何かが危険なものかどうかを確かめるためだったんだと思いますよ」
「まさか……あのバカに限って」
「もし背後にいる何かが本当に危険なものだったら、あの人は立ち向かってきたかもしれませんね。表情は落ち着いてましたが、すごい精神力と決意を持ってここに来てましたから、彼。でもまあ、私ほど危険からほど遠いものはいませんけどね。」
ティタさんはいたずらっぽく笑ってそう言った。そしてこう付け加えた。
「でも……いい友達を持っていますね、今時の人にしては珍しいですよ。」