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序章

「テカぴょん、おはよう!」

「おはよ。だが朝からその名前はやめてくれ」


 この子は俺の幼馴染で、高校の同級生のマタタキだ。かわいいやつなのだが、かなり天然が入っていて人と違った言動をする不思議ちゃんだ。


「やあ、テカリン。今日も僕の視界をまばゆく歪曲させてくれるじゃないか」

「……ころす」


 むかつく奴だがこいつも小学校からの腐れ縁だ。ハバタキといって、学校一の秀才である。というか頭良すぎて、校内では変人扱いされている自称発明家だ。


「ツヤオさん、わが陸上部に入ってくださる話は考えていただけましたか?」


『……だれがツヤオやねん!』


 そう思ったが、口に出すのはやめた。

 この人は、陸上部のエースであり生徒会長でもあるミカヅキ先輩だ。校内のマラソン大会で走る俺を見て何かを感じ、熱心にスカウトしてくれているのだ。まああのマラソン自体俺の実力ではないのだが……

 ただ、『何か』を感じているところには恐れ入ってしまう。すごくいい人だ。


 さて、お気づきであろうか。というか気づいてください……


 俺の名前はミズサキ。

 『テカぴょんとかテカリン、ツヤオ』とかいう名前では断じてない!


 なぜこんなことになったかというと……全てこの背後にいるコヤツのせいなのだ! 




 ― そう、あれは、半年前までさかのぼる ―


 その日俺はコンビニで買い物を済ませ、家に向かって歩いていた。

 ただ途中、何を思ったのか、いつもと違う道を通ってしまった。


『こんな路地があったのか、近所なのにまったく気づかなかったわ』


 そこは両側にビルが聳え立つ薄暗い一本道で、人通りは皆無。辺りは、物音一つせず静まりかえっていた。まあ、俺はそんなことは気にせずに歩いていたのだが、しばらくするとどこからかかすかなうめき声が聞こえてきた。


「ううぅ。たす・・け・・・て・・」


 正義感の固まりのような俺は、真っ先にその声のする方へ足を進めた。するとそこには白髪の老人が心臓を抑えて倒れていた。


「大丈夫か、じいさん、気を確かに持て。すぐに救急車呼んでやるからな」


 俺はすかさず携帯を取り出し、119番した。だが、繋がらない。


「は? 何でだ。ここは街の中だろ。アンテナも3本立ってるじゃないか」


 俺は何度も何度も同じ3桁の数字を打ちつづけた。だが、効果はない。


 「だめだ、電波の繋がる場所まで出ないと。だが、じいさんをこのまま放っておくわけにも……。しょうがない、背負って大通りまで出るか。今来た道を戻れば、1分もかからないだろう」


 俺は気合いを入れ、その老人を抱えようとした。だが、なぜか地面に張り付いてるように重く、まったく動かすことができない。


「何だ、いったい何キロあるんだ。石像か、このじいさんは……」


 引きずっていくか・・・このまま死ぬよりましだろ。


 そう決めると俺はずるずると爺さんの両足を腕と腰で挟み、大通りまで歩きだした。


 しかし、おかしいな……爺さん抱えながらといっても、もう3分くらい歩いてるぞ。なのに大通りどころか路地すら出られてないじゃないか。


『もしや……これがマタタキが言っていたRDF(リアリティ・ディストーション・フィールド)なのか!』


 いやいや、あほな冗談はさておき、しかし、これはまずいぞ。じいさんの弱り具合が半端ない。かといって今来た道をこのままを戻って反対側の道路に出ようとしたら3分以上はかかってしまう。


 もしかしてこれはピンチなのか。このミズサキ、今までの人生そのような言葉とは無縁だったはずなんだが……。大体俺、善意でじいさんを助けたんだよな。困ってる老人を放っておけないという地球規模の優しさで。


 でもこの状況……じいさんの体は引きずられてボロボロ。おまけに死にそう。何か口から泡みたいなものも吹いてるし。


 これもしじいさん死んだら、俺、やばくね?



朝読新聞 

【高校生、老人狩り】路地に連れ込み暴行、死体を隠すため引きずったが、あきらめて逃走。本人は「殺す気はなかったと殺意を否定」


 人間の想像力とは悪い方へは際限なく広がるものだ。自分を簡単に犯罪者にしてしまうのだから。


この時、俺は相当混乱していたのだろう。もうなりふり構わず


「だれかー、だれかいませんかー!!」


と大声で叫んでいた。もう誰かにすがりたかったのだ。というか、誰かと責任を共有したかったのだ。すると……


「ハイハイー。ここにいますよー。」


と優しい声が背後から聞こえてきた。


「おお!」


 まさに神の声、俺にとって光の導きであった。

 すぐさま振り返ると、


『ほんとに光ってるじゃんこの人……』


 きらきら輝いた透明の羽を持つ金色の髪をした美しい女性が、こちらを笑顔で見ていた。


「あのう、わたくし死んでしまったのしょうか。わたくしの世界ではそのような羽を持っているのは鳥類か昆虫くらいなのですが……」


「あらあら、相当混乱しているようですね。わたくしはそのようなものではありませんよ。回復の精霊ティターニアというものです。あなたに呼ばれて参上しました!」


「???」


 もう意味がまったくわからんが、この人は人間ではないらしい。羽生えて浮いてるし。そして、どうやら俺が呼んだみたいなのだから、助けてくれるのが、こういう時の王道だろう。


「よし、ティターンズよ、あの弱っているものを魔法で回復させるのだ!」


俺は命令を下した。


「ティターンズではありません。ティターニアです。まあ細かいことは置いといて、まずはその人を回復しちゃいますね」


 女性は両手を合わせると、まばゆい光のループを創り、老人の体全体を光で包み込んだ。


「すると、なんということでしょう。老人はむくっと起きだし、周りをきょろきょろ見始めたではありませんか!」


 精霊がいきなり自演の解説を始めたではないか。でも俺は軽くスルーした。


「大丈夫ですか、おじいさん!」


 おれはすかさず老人に話しかけた。

 すると、老人は


「ああ、わたしは倒れていたのだね。いつもここを通って病院から帰るのだが、今日に限って常備持ち歩いている薬を忘れてしまってね」


と穏やかに話した。俺はその姿を見てほっと胸をなでおろした。


「君が助けてくれたのか。ありがとう。よろしければお名前をお伺いしたいのだが……」


「いや、名乗るほどのものでもありませんよ。無事でよかったです。それでは失礼します」


 俺は昔の学生のような紳士的な対応でさっさとその場を後にし、帰路についた。帰り道で『かっこいいわ俺』と思いつつも、「実は助けたのは精霊でして」とも言えないので何かもやもやしていた。


家に帰ると……何と部屋にさっきの精霊が座っていた。


いきなりのことで心臓が止まりそうになったが、ふうっと息を吸って冷静を装いながら、


「あ、さっきはお世話になりました。お礼も言えずにすみませんでしたね。今お茶いれますから、足を崩してくださいな」


と普通のお客さんをもてなすように、目の前にいる精霊にお茶を出した。

 精霊はずずっとお茶をすすり、満足そうな顔をすると話し始めた。


「私は守護の対象たる人間を長い時間をかけて探してきました。でもなかなか守りたいと思える人には出会えなかったんです。そこに、今日、今日ですよ! 困っている老人を助けるというすばらしいことを成し遂げた人間が『たまたま』私の目の前に現れたのですよ!」


『ほんとうにたまたまかよ……』


「私はそういう無償の愛を与えられる人間が大好きなんです。あなたこそ私が守護すべき人、そう私の感が言いました! これは運命ですね。はい。ですので、突然ですが今日から私があなたのことを全力でサポートさせていただきます!!」


「はあ?」


 俺は何か、悪い夢でも見ているのだろうか。もしやこれはよく漫画とかである、『魔法の国の住人と地球人とが生活を共にする』というやつではないか?


 俺の想像力はさらに悪い方向に広がっていく……


『2人でさまざまな経験をしていくうちに、お互いに恋愛感情が芽生え、恋人同士になる。しかしいきなりシリアスな展開が始まり、最終回で悲しい別れがある。が、結局エピローグで再会してよくわからない光に包まれる』というアレではないのか……。


 イタタタタ……いやだ、俺の人生にそれは痛い。痛すぎる。

 俺は胸がかゆくなるというか、何ともいえないもどかしい感じに見舞われた。


 これは丁重にお引取り願うしか……


「先ほどは大変お世話になりました。あのご老人もとても喜んでおられましたよ。私にお礼を言われていましたが、実際助けられたのはあなたなのです。あの老人に代わりお礼を申し上げますね。ですので胸を張ってあなたの世界にお帰りください」


 精一杯の丁寧な言葉で、俺の気持ちを伝えた。


「ええ、帰りますよ。でも人間の時間で言うと帰るのは300年後くらいですの。まだまだ時間あるのでゆっくりさせていただきます! さて私の寝るところはどこでしょう、まさか床とかはなしですよー」


「???」

「え、ここに住むの?何で?」


「ですから、あなたが選ばれましたので」


「ちょっと待って。あの困っている老人シチュエーションてさ、世界中のどこにでもある光景でしょ。何で俺なのさ」


「出会いとは突然やってくるものじゃないですか。」


 ……俺こいつにはめられたんじゃないか。あの老人も異常に重たかったし、路地もエンドレスだったし。よく考えればおかしなことばかりじゃないか


 まあ、いい。ここは魔法の国ではないのだ。地球ここにはここのやり方がある。


「うちさ、家族もいるんだ、君みたいな美しい女性が急に来ても怪しまれると思うんだ。お嬢さん、早く家に帰りなさいって言われるのが落ちだよ」


と普通のことを普通に伝えた。すると、彼女は


「大丈夫ですよ、私の姿はあなたにしか見えませんから」


「!?」


『いや、でも実体はあるんじゃないか。今座ってる座布団もへこんでるし、さっき寝床がどうとかも言ってたし……』


「まあ、百歩譲って見えないとしよう。でも今話してる声とかはどうなの、実際に触れたものとかはどうなるのさ?」


「声はあなたにしか聞こえませんよ。そうですね、物を触った後とかは残ります、あと音も。でも大丈夫。周りから見ればあなたが独り言を話し、パントマイムしてるようにしか見えませんからね」


精霊は屈託のない笑顔でそう言った。


『人生初のピンチはこちらの方だったのか、くそっ。うまくこの状況を抜け出す方法が思いつかん。考えろ、考えるんだ。考えることをやめた時点で全てが終わってしまうじゃないか」


「というわけで、今日からよろしくおねがいします!」


『終わった……』


 そう、これが俺とコヤツの出会いであった。


 簡単にコヤツのことを紹介しておこう。コヤツは回復の精霊ティターニア。通称ティタさんだ。そう決めた。俺が勝手に決めた。俺の心の中ではティターニアではなくティターンズなのだ。これくらいのささやかな抵抗をしないとやってられん。


 能力は病気の人間、怪我をした人間を回復すること。どのくらいまで回復させられるかは今のところ不明だ。風邪とか軽い病気なら一瞬で治してくれた。ただ、ティタさんは気まぐれで、俺以外の人間は、自分が気に入らないと回復してくれない。ということでお医者さんごっこ(卑猥な意味ではない)はできないのである。


  ― ここでやっと本題だ ―


 そう、ティタさんの能力で一番厄介なのが、『1日最低1回回復しないと魔法が暴走する』ということなのだ。

 じゃあ誰かを1回回復すればいいだけじゃん……とだれもが考えるであろう。俺もそう思う。だがさっきも述べたように、ティタさんは人を選ぶのだ。だから丸1日探しても回復したい人に出会わないことも少なくない。というかそういう日の方が多い。


 そうなると、無条件に俺に魔法が来るわけなのだ。


「ミズサキ、今日もお肌を美しくしましょう!」


 毎日ティタさんにどこかしら回復してもらっているうちに、体の悪い部分は全部なくなってしまった。そう、そのあとは1日で代謝したお肌を回復するくらいしか魔法の使い道がなくなってきてしまったのだ。

 肌の回復は確かにいいものだ。今まで荒かったものがどんどんすべすべになって行く。俺は男だが、女性の肌、しかもトップクラスの感触を今自分自身で体験しているのだ。

 だが、そんないい思いをしたのは最初の1ヶ月くらいだった。ある日、教室に入り、みんなの視線が自分に集まったかと思うと、クスクスと笑い声があちこちから漏れてきたのだ。


『俺なんかやらかしたのかな……』


 かばんを机の上に置きながら、ここ数日の行動を思い返していた。すると近くの女子が俺の近くにやって来て


「ミズサキ君は毎日エステに通ってるの?」


とニヤニヤしながら話しかけてきた。


「行くわけないだろ、芸能人じゃあるまいし」


 俺は、いらっとした態度でそう答えた。

 すると別の女子が


「ミズサキくん、おはだツルツルでてかてかじゃん」


「顔なんて光ってるしー」


 さらに追い討ちをかけるように男子共が


「俺お前になら掘られてもいいよお」


などと絡んできて、クラスは下衆な笑いに包まれた。


 ただ、その時俺がよほど恐ろしい顔をしていたのだろうか。俺が連中の1人の女子をにらみつけた後は水を打ったように教室は静まり返り、その場はそれで終わった。


 だがしかし……翌日から俺は『テカぴょんとかピカリン……以下略』などと輝かしい名前で呼ばれるようになっていた。


 みんな実は口に出して言いたいことを我慢し黙っていたのだろう。昨日の教室での出来事でその抑えていた感情が一気に外部に溢れ出したのだ。

 俺自身それを否定する気もないし、文句を言うつもりもない。どうせ1ヶ月もしたら話題から消えるんだから。庶民の感覚とはそんなものだ。その時、俺は珍しくポジティブに考えて、一切気にしないことに決めた。


 しばらくすると予想通り、その話題は古いものとなって自然に消滅して行った。


 だが未だに、いわゆる友達と言われる奴らからは輝かしいあだ名を言われることがある。友達だからこそ、ムカツキも大きいものだ。

 このムカツキについてはティタさんの能力でも治せないと俺は確信している。

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