【8】 探偵様は、じめじめ症候群発症第一号。
いろいろありつつも、ようやく豪邸の中へ……
エイト、8、エイトにドカンといっちゃって―――!!
鉄の扉を開け、なんとか中へ。心なしか浮受さんが裏浮受さんに乗っ取られているようにも感じるが、そこは気にしないでおこう。この話……あれこれ気にしていると、いつまでたっても先に進まない! 私は二人を無視してぐるりとまわりを見た。
漫画でよく見る、赤い絨毯、それからお約束のシャンデリア。教会にあるかんじのステンドグラスに、年季が入っている感じの二階へ続く階段……ちょこんと座って毛づくろいをしているペルシャ猫。ああ、私は今、夢を見ているんじゃないかしら。夢の中で夢を見ている心地。ぼぅっとしていると、無意識に目を閉じてしまいそうだ。
「それにしても遅いなぁ、ユキ君とナダ様、だっけ? このボクがここまで来てやってるっていうのに」
馬央位様、そんなの無理も承知で呼び出しをかけたんでしょう? あなたが。
「ま、いいや。部屋の中入ってよー」
何事もなかったように歩を進める馬央位様。おい、おいおいおい……ちょっと待ったぁああ!!私は上司のシャツを勢いよく引っ張った。
「ぐあっ! な……何してんのさ! びっくりしたじゃん!」
「びっくりしたのはこっちのほうが先ですよ! だってアナタね……」
「ボクだってびっくりしたよ! 心臓が止まるのと、キミがただびっくりするのとでは格が違うよ! そうでしょ、そうだよ、そうだよね!! そーだそーだ!」
あの――勝手に自己完結するのやめてもらえます!?
「……というわけで、行こう!」
「待った。なにが、と、いうわけでですか。まだなんにも解決していませんよ、所長」
「凪原、あきらめろ」
浮受さんが口をはさむ。語尾が上がっていた。
「な、何言ってんですか浮受さん」
「奴が言っていることは正しーんだゼ――――――ット!!」
あの有名なポージングを決め込んだ裏浮受さんを見て、私は言葉を返すのを諦めた。この状態になった以上、彼を制止できる人間はいない。私であっても無理だ。馬央位様の声は一応響くらしいが、今彼に助けを求められる状態ではない。
今現在この館にいるのは、無茶苦茶な上司と、大半が破損したバカ、それからそれにツッコミをいれる私だけだ。ちなみにインターホンで相手をしてくれたシンネさんもいるが、彼は多分精神的なダメージが大きいだろう。
あァ――――!! もう、どうしたらいいんだよっ!! 叫んでも何も出やしないが、叫ぶことしかできない。私の絶叫が館内にこだまする。
がちゃり。
い、入り口のカギが開く音がした。カギなんてかけていないのに……もしやオートロック?? い、いやー最先端をゆくお家はやっぱ違うなぁ。セ、セキュリティーも万全というわけですね……フムフム。
じゃなくて!!
「馬ー央ー位ーさーま! ふ、浮受さんも! ちゃんと正常な意識取り戻してください! 誰かが帰ってきましたよ! 依頼人の難駄様とユキ様かもしれませんよ!!」
そう言ってガクガクと2人の胸ぐらをつかんで交互に揺らす。今本当にどうにかしているのは絶対私のほうだ!!
キィィイ……。
うわわわわわっ、入ってきちゃったよ! はやく立てよ馬央位……じゃなくて馬央位様ッ! なにいじけてんですか! じめじめしてるとキノコ生えますよ! 嘘だけど!! さっきのは全面的にアンタが悪かったと思いますが、ここは素直に謝りますから! さーせんしたぁああ!! 浮受さんもホラ! あのカッコよさは(かっこつけは)どこいっちゃったんですか!? 意識取り戻してくれよ、頼むから! てか、シンネさんでもいいんで早く!
「ただーいまー」
ぎゃあ――――! 入ってきちゃったよ! どうする!? どうするっ!? 凪原はや17歳!
「あれ、まーくんだ!!」
まー…くん? てか、子供……?
入り口に立っていたシルエットは私の背の半分くらいだった。背伸びしてやっとノブに手が届くか否かの背丈の、男の子……で、いいんだよな?
そのちっちゃい男の子がこちらに向かって走ってきた。さほど速度はないが、腕の振りからしてたぶん全力疾走だろう。彼は白いブラウスにえんじの外套、暗いネイビーのズボン。完璧すぎるおぼっちゃまの格好をしていた。私は男の子が徐々に近づいてくる様子を、微笑ましく感じていた。
しかーし。
「うぉわあぁぁあっ!!!」
彼は何もないところで、盛大にコケた。コレはヤバい。なんとかしなくては……泣き出してしまう。
「ふぇっ、ふっ……えっく……」
慌てる私。きょろきょろきょろ。今の私、かなり挙動不審!
「おい、何しているんだ。そこのお前」
「ギャ―――――――出た―――――!!?」
反射的に声がしたほうに目をやると、玄関先には長身の男の人が立っていた。多分ここの主人様……難駄様なのだろう。まだ断定はできないため、男性と表記しておく。
彼は朝市に行っていたとは思えない、きっかりした背広姿でつかつかと中に入ってきた。
「ユキオミ……!? どうした、何があった!」
慌てて男の子を抱きよせる男性。
「……あの……失礼ですが、あなたは?」
私の問いかけに、男性はキッと目を剥いた。
「無礼なのはそっちであろう! 勝手に人の宅にあがりおって!」
うむ。確かにそうだ。ここで身分を隠すと
「すみませんでした。えっと、あの……私達、砺龍探偵事務所の者なのですが、先ほどはウチの所長が無神経にあなた様を呼び出してしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「ああ、そのことなら気にしなくていい。むしろ良かった。ユキオミの友達がその、そちら様の所長だと聞いてね。そのことをユキオミに言ったら、早く帰りたいと言いだして聞かないもんだから」
「そうなんですか。でしたらよかったです」
あれ。今の、気のせいかな。難駄様の緩んだ表情が一瞬だけピリリと引き締まったような気が……。
「まーくんはどこ?」
男性……もとい、羽昇梅難駄様の腕の中にいるユキオミ様がつぶやいた。
「まーくん……まーくんって、もしかして馬央位様のことかな?」
「うん! まーくんは?」
「馬央位様はね……」
「ぶつぶつ……勝手に入ったのはボクだけどさ、でもボクは……ブツブツ」
部屋の隅っこで、キノコが生える並みにうじうじしてます。もうどうしようもない。
私は、諦めてユキオミ様に違う話題を振ろうとしたのだが、もうすでに少年は馬央位様を見つめていた。
「まーくんだ!」 そして再び猛ダッシュ。
「あっ、そんなに速く走ると危ないよー?」
「だいじょーぶだもん!」
あっという間にたどりついたユキオミ様は、ごろごろしていた馬央位様にひっついた。
「まーくん、僕だよ! 雪だよ!」
「……ユキくん?」
「うんっ!」
「わあー! 久しぶりだねぇ~! 元気だった?」
「雪はいつでもゲンキ百倍だよー!」
ん……あれ?私は二人のやり取りを見て、不思議に思ったことを言ってみた。
「あのー難駄様。ユキ様って、難駄様の弟さんなんですか?」
「いや、ちょっとちがうな。ユキオミは、俺とは赤の他人だ」
じゃあ、どういったご関係で……??
「ユキオミはもともと捨て子だったんだ」
つづきます!
改稿完了したので、どしどし読んでください!