【4】 探偵様は、甘いものがお好き。
翌朝のオフィスでのこと。こりもせずあの人が遊びに来る……。
私たち以外にココに登場してんのはまあ、アイツしかいないけど。
さわやかな朝。
私は誰かさんのせいで散らかった事務所内の掃除をしていた。ココで働いているのは私とお坊ちゃまの二人だけだから必然的に部下の私がこういったことを、任されるのである。でも、モップがけと窓ふきは結構好きなほうだ。ピカピカにした後の達成感といったら、これ以上のものはないと思うほど。
所長の関係者(浮受さん)から聞くところによると、ちょっと前までココで働いていた少年がいたらしいんだけど、彼は途中から馬央位様の面倒が見きれなくなり、退所届けをだしたそう。なんだか激しく同感できる!
「なんで辞めちゃったのかなーさみしいなー」 そう言いながら、いまだにソファーで写真を眺めている所長さんを見る限り、少年が辞めたことに自分が大きくかかわっていることすら知らないのだろう……。哀れな少年。
「馬央位様が原因なんじゃないかって話ですよ」
全面的に。
「そうなのかなー……ボク、何か気に触るようなことしたのかなぁ……」
うッ……そのカオは反則ですよ。馬央位様。なんだかすごく心が乱れます。
「とりあえず、そこ掃除機かけるのでアシよけてください」
「は―――いっ」
サッ
「ど――ぞ?」
もう。単純なんですから……。やっぱりそのしゃべり方が問題なんじゃないですか? これがもっと恋愛経験豊富なコなら、アナタみたいなカワイイ系の男子ほっときませんよ。確実にナンパしてきますって。……と、今までに1度も恋愛感情を抱いたことのない私が諭してみる。
だって、馬央位様は人一倍鈍感なんですから。見張ってないと、どっかに飛んで行ってしまいそうで……。ホント、手間がかかる上司ですよ。まったく。
「馬央位様は、彼女とかほしくないんですか?」
「えっ、カノジョ? う―――ん……今のところは必要ないかな。だって今十分楽しいから! ナギとか、浮受が傍にいてくれる!」
「……そうですか」
なんだか不覚にも、安心してしまった。馬央位様には恥ずかしくて言えないけれど、私これからもずっとココで働いていたいな。……そうしたらきっと、馬央位様も私のことをもっと、もっと気にかけてくれる。
不意に、馬央位様が時計に目をやった。
「ねぇナギ。何かおやつ食べたい!」
「おやつですか?さっき朝ごはん食べたばっかりでしょう?」
「でもボクはちゃんと“10時はおやつの時間”と決めているから、それに忠実に従おうと思って!!」
「フー、仕方ないですね。その代わり、二時間後のお昼ゴハンのときは、きちんと残さないで……」
と、そのとき入り口のチャイムがなった。
カランコロロローン♪
「あ、来客ですね。私出ます」
そう言って掃除機を置こうとした私を、珍しく所長が遮った。
「ボクがでるよ。たぶん……見当はついてるから!」
……誰だろう。こうみえて馬央位様カオ広いしなぁ。きっと友達かなんかだろう。そう思っていると、なんだか見知った声が聞こえてきた。この声は……浮受さん?
「馬央位、てめ……あの時の革ジャンどこやった!!?」
「も―――いきなり訪ねてきて、怒鳴り散らすなんてだめだよ? キミだって血圧上がるし、その手で殴れば治りかけの指が可哀想だし。ボクはちょっと怖いし、それにココにいるナギの、キミに対する好感度も下がると思う!」
「ナギ……?? 誰だそれ」
この前お会いしました。あなた方の口喧嘩の仲裁に入りました。そういえば名乗ってなかったっけ。
「あ、ああ! あの時のお譲さんか。ココで働いているたァ、たいしたクセ者だ。ほめてつかわそう」
「いえいえ。まったく誉められてる気がしないのはなぜでしょうか」
「それより、早く中入りなよ。その手荷物、ボクへのお土産だよね?」
「……チッ! なんでお前はいつもいつもいらんコトに気づく」
「だって、その紙袋、ボクの行きつけのケーキ屋さんのだもん☆」
「……まあいい。とにかく! あん時貸したままの革ジャン、近いうちに返せよ。わかったな」
「わっかりましたーの反対の逆っ」
「浮受さん。彼は『わかった』といっております」
「そんなこと知っている! オレは何年コイツと付き合ってきたと思っているんだ!」
んな、怒鳴らなくても。
「ささ、早く早くっ☆ナギ、お茶を淹れてほしいな」
馬央位様は身軽に中へ。
「ハイ。探偵様」
「おい、お嬢」
いち早く動き出した私を、思いがけず浮受さんが呼びとめた。
「……なんでしょう」
「お前、凪原はや、といったな」
「ええ、そうですけどなにか」
「改めて挨拶させてもらうが、オレは遠くの街で奴と同じような事務所を開いている。浅墓浮受という者だ。今後とも、奴の管理を頼む」
管理って……(笑)
「ん」
言って彼の手が差し出したのはさっきの紙袋。わずかに視線を床に落としているのは、照れ隠しのつもりだろうか。几帳面な上に照れ屋で短気。なかなかいい性格してるじゃないですか。あなた。
私は懐から名刺を取り出して反対の手に押しつけた。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
一方、所長はというと、私たちがなかなか来てくれないので先にお茶を淹れて待ってくれていた。
「ナギが遅いから、ボクがお茶用意したんだからね!」
「はいはい。ありがとうございます」
「まったく、お前はこの中身がなんだと思って、この茶碗にレモンティーをいれたのか?」
「あの……浮受さん。コレ、茶碗じゃなくてコーヒーカップですね」
「うるさい、凪原。そんなこと当の昔にしってるわ!」
「すみません。浮受さん」
「オレはなァ、なぜこの……カップに! 紅茶がはいっているのかを訊いているんだ」
さすが短気マン。切り返しも早い。
「だって、これからケーキ食べるんだったら、これが一番かな~って思ったんだけど」
「ふっふっふー……あいかわらず甘ェな馬央位。この袋を見ただけで、簡単にケーキと予測するなど、初心者でもできるわ! んな簡単なモン、買ってくるとでも思っていたのか? やっぱりザコだな」
「……じゃあ何を買ってきたのさ」
「おまえ、確か甘ェ菓子は好きときいていたが、塩っぺェ菓子はどうだ」
「………………」
あれ、まおいさん?
「まさか、食えねェんじゃねェだろーな」
……何この展開。というより、何このヒト。浮受さん、まさかのS?加虐趣味ですか!?馬央位様を見ると、なんだか泣きそうなカオをしている。こんな悔しそうな所長、初めてみた。
「ほーら。お前が大ースキな塩カステイラだよー。どーだ!紅茶に合わねえだろ!」
……イヤ。全然合いますけど。ベストカップルですけど。なんなんだこのヒト! 本気で。
もしゃ もっしゃ もっしゃ。
……あれー。馬央位様が、今、塩カステイラ食べましたよ。
「うん、甘いね。かすてらも、浮受も☆」
ゴクリ。レモンティーを一口含んで、笑顔をむける。
「ぽかぽかするね。おいしいね~」
「お……お前、塩気ある菓子、食えないんじゃなかったか……?」
「そんなの迷信だよ、迷信っ。ボクなんでも食べれるよ」
「でも……」
「だけど、強いて言うなら、甘いもののほうが、大好き!」
「しょっぱいものは?」
「飲み物さえあれば、イケる!!」
お坊ちゃんのカオは引きつっていた。コイツ、ホントは甘いもの専門なんだ。
「じゃーてめーホントは……」
「お漬物にはシュガースティックかければ食べれる!」
「んなモン誰も食わんわ!!」
ビシッ!!
馬央位様、お身体壊しますから、それはやめておいたほうがいいですよ。
浮受さんもその指へのダメージが大きくなるので、馬央位様を殴らないようにしましょう。
馬「みんな、勘違いしないでほしいんだけど、ボクもう大人だから、さっき言ったみたいなマネはまちがってもしないよ?でも、塩ラーメンはちょっと苦手かな。みんなは好き?」