【1】 探偵様、ご機嫌いかがですか?
世の中にはおかしなことがたくさん出回っている。ニュースにあれこれ左右されて、混乱状態に陥る私たち凡庸な人間がいる。しかし、それを別段気にせず、のうのうと風を感じるある一種の人間もいることを忘れてはならない。
さんさんと太陽が照りつける季節……今まさに夏・真っただ中! ラジオ体操に励む子どもたちと、アサガオとヒマワリと、なんといっても蚊取り線香の季節だ。
「勉強は涼しいうちにやっちゃいなさい!」「え――そういうママはやってたのかよ」
そんな会話がきこえてきそうな、午前九時。可哀想なことに朝十時かでないとおウチから出ることが許されない小学生のコ達。
一言日記はちゃんとつけていますか。ハミガキカレンダーにウソついちゃいけませんよ。
工作と課題図画は完成したの? 自由研究って宿題あったの!? なんでもっと早く言わないのよ!? パパに手伝ってもらいなさい。……なーんて、言われていたっけ。
向かいの親子のあいかわらずにぎやかな様子を見ていると、自分のああだった頃をなんとなくだけど思い出してしまう。やんちゃだったなァ……あのころは。
おっと失礼、私、よく考えたら名のってもいませんでしたね。私の名前は、凪原はや。高校二年生。とくにこれといって特技はないんですが、体内時計は正確です。
では、あいさつはもうこれくらいにして……話を戻します。
今の私はというと、こんな古臭いビルの3階にある、とってつけたようなオフィスで秘書ってか雑用に近しいことをやらされてるだけです。働いてるのか世話してんだか……いまだにココにいる意味がわかりませんよ、本当に。ただ、実のところを言うと、お金が良いんで今更出るにも出られなくってですね……。なんとかやってるわけですよ。一応私、苦学生だし? ちゃんと働かなきゃ食べていけないし? 仕方ないんですよ。結局人生働かなきゃだめなんですよ。
で、どんな仕事をしているかというと。
トゥルルルル……トゥルルルル……
ガチャ
「はーいこちら、砺龍探偵事務所です。はい。ご新規様ですね」
探偵事務所で、電話番をやっています。あと、給湯係もやっています。あと、依頼人の相手もしています。そして、こちらが我らが探偵事務所のボス。
「ん? ど~したのキミ。まだ九時だよー」
寝ぼけてるのか、彼とアイコンタクトが取れない。
「馬央位探偵ッ、まだ九時じゃなくってもう九時ですよ!!」イライラ。
「ええー早くない? だってまだ目覚まし鳴ってないっていうか……」
中世的な外見と、こんな子どもっぽい大人がいるものかと思うほど自由な上司、砺龍馬央位探偵である。
「はじめのうちは姓名ともに、漢字覚えにくいと思いますが、広い心で認めてやってください」
「ちょっと、ナギ。上司にむかって、なぜそんな上から目線でモノを言えるんだい?」
「あ―――すいませんでした以後気をつけます。これで文句無いですか」
「……な、ないよ」
彼は今年で二十一。去年から始まったこの事務所は、所長のキャラが人気で客入りはまずまずである。私は今年の春からここで活動を始めたんですけれど、ここ三ヵ月ろくな事件がないんですよ。全部落し物とかそんなん。交番に届けろよそんなもん。ここは探偵事務所なんだからね。
「ナギー今日はどこ行こっか。昨日は公園だったでしょ、今日はもっとおもしろいとこ行こ!」
「あのー。読者サマの誤解をうむからさ、そんなカレカノっぽい雰囲気ださないでください」
「……じゃあ、今日はどこにも行かないんだね……ナギの意地悪」
私が悪い? 私が悪いんですか、馬央位さま。なんだか可哀想になってきたため、私は手を打つことにした。
「じゃあ、買い物に行きませんか。ちょうど茶葉切れてたので」
「うん、行こう!スーパーに、行こう!!」
……とまあこんなかんじで探偵の世話役をつとめております。