うさおじ狼幼女
がさりがさり
音をたて緑がが揺れる
あまり背が高いとは言い難いその草むらはピンと天をさす灰色の尻尾を隠しきれていない
「…また随分と下手な狩りもあったもんだ」
揺れる草を見て、兎はため息とともにそう呟いた。
よ、と一声かけて寝そべっていたシロツメクサの布団に別れを告げる。
「おーい、そこの隠れてるお嬢ちゃん、尻尾、見えてるぞー。」
だから俺はいつでも逃げられる。と兎は草むらに向かって話しかけた。
兎の呼びかけに、頬を膨らませながら仕方なさそうに姿を見せたのは幼い狼の女の子。ふわふわの耳と尻尾をゆらし、兎をむっつりと睨む。
「やっぱりお前か。最近俺の周りをちょろちょろしてるけど、そんなんじゃいつまで経っても俺を狩れないぞ。」
幼いと言えど、自分の捕食者である狼を目の前にしても全く動じないこの兎は、一般的なふわふわで可愛らしい兎とは些か様子が違う。毛並みに艶は欠け、肉体にも若々しさがない。その代わりに落ち着きと達観に近い眼差しを持つ。
「第一こんなおっさん兎の肉なんて、筋ばってて良いとこないだろ。」
自嘲のように薄く笑いながら狼の方を見やれば、狼はむくれ面のまま兎を見つめている。
「ちがうもん。食べたいんじゃないもん」
「だったらどうして。」
「おじさんのお耳にさわりたい」
ため息混じりに先を促すと、狼の口から出た予想だにしない突然の申し出。
「…はぁ?」
兎は思わず遠慮会釈ない声を上げてしまった。
ビクッと肩を竦ませた狼を見て思わず口元を押さえるが、出た声は戻らない。不意に出してしまった言葉だった故に声量も大きくなってしまったらしい。
「…だったら尚更どうしてだ。俺みたいな兎のパサパサの毛、良いところのひとつも無いぞ。それよかお前さんみたいな子の毛並みの方がよっぽど…」
怯えさせてしまった手前慌てて言葉を紡ぐが、焦った分言葉が滑った。
苦虫を噛み潰したような表情で、兎に怯える狼を宥める兎なんてアリかよ。と兎は心中で吐き捨てる。
「おじさんのお耳がいいの」
ふるふる、と頭を振ってから、狼は尚も主張する。
「…近づいたら食おう。なんて算段じゃねえだろうな…」
「さんだん?」
「あー…。作戦、ってことだ」
兎に疑問を投げる狼の眼は純粋そのもので、兎は少女を疑った自分を恥じたくなった。しかし疑うことは生存するために必要不可欠なことだと自分を落ち着かせる。
落ち着かせようとしている時点で相当に焦っていることには気づいていない。
「そんなこと、しないもん」
兎の言葉に傷ついたらしく再び頬を膨らませ、俯く狼。今にも泣き出しそうなその雰囲気に、兎は折れた。
「わかったわかった。触らせてやるから」
その言葉を聞くやいなやぱぁっと明るい表情で顔を上げた狼に兎はたじろぐ。
先ほどまで落ち込んでいたのが嘘のように狼は兎に向かってかけてくる。
対する兎は本能的に逃げようとする脚を必死に押さえこみ…ということもなく、あまりに敵意や狩る意志、というものが見えない狼のその走りをただ呆然と見つめているだけだった。
「おじさんのお耳、やっぱりきもちいいよ」
「…そーかい」
兎の耳に触れふわりと笑う狼。兎は照れたように顔を背け尾を揺らす。
それからというもの、シロツメクサの花畑では、種族も歳も不釣り合いだが仲の良さそうな兎と狼の二人組が度々見かけられるという。