実妹と旦那に不倫されました、さっさと次の人生を歩みましょう。
「私の夫と私の妹が不倫しているみたいなの…」
「ええ、僕の妻とお義姉さんの旦那さんがそういう仲になっているようです」
「とりあえず、殺しておく?」
「僕らの手が汚れるのは反対です。が、相応の報いは受けてもらいましょう」
妹の夫であるギャヴィン殿と、ギャヴィン殿の屋敷の応接間でこんな話したくはなかったが仕方がない。
自分の妹と自分の夫が愛し合っているなどという気持ちの悪い事実を共有しないといけない相手は、この目の前にいるギャヴィン殿しかいないのだから。
ちなみに妹は留守中だ。
私の夫の方にも私個人で雇った使用人に追わせているから、きっと合流してよろしくやっていることだろう。
本当に気持ち悪い、吐き気がするわ…。
「とりあえず、こちらは離縁します。我が家の血以外の子どもを孕まれても困りますので」
「……本当にうちの妹が申し訳ありませんわ」
「いえ。もういい大人なのですから、いつまで経ってもお義姉さんのせいというわけにもいかないでしょう」
「そう言ってくださると助かります」
「ねえお義姉さん、公の場でないのだから敬語はなくてもいいですよ」
「そういうわけにはいかないでしょう。もう学生時代でもないのだし」
私がそう言うと、元後輩であるギャヴィン殿はいたずらっぽく肩を竦めたのだった。
私と彼、ギャヴィン殿は学校内にある同じサロンの直属の後輩だった。
飛び級できそうなほどの実力者でありながら、「生き急ぎたくはないので」という理由だけでのらりくらりしている生意気な後輩だったが、一番馬の合う間柄だった。
互いに、将来のための意見交換会という名の優秀な生徒だけが集められるサロンの一員だった。
「学生の頃は楽しかったですねぇ、ただ学んで規律を守って、テキトーに過ごしていればよかったんですから」
ギャヴィン殿はそう言いながら、繕うのをやめたのかわざとらしくため息を吐いた。
今は立場もあるのでギャヴィン殿なんて呼んでいるが、当時は呼び捨てだったし、もっと気安い仲だった。
頭のいいギャヴィンと一緒に私のクラスのテスト予想をしては当て合うなんて遊びもしていたほどに、仲が良かった。
「…あなたは、私が妹に苦労させられていると知っていながら、妹と結婚したから驚きましたよ」
「僕もここまで酷いことになるとは予想外でしたよ。…ただ、ほら、彼女の貰い手がいなくてルラミーナ先輩が頭を抱えていたから助けてあげようかなって思って」
「何それ、私のためにと言いたいわけ?」
「ははっ、敬語じゃなくなってる」
「あっ」
慌てて口元を手で覆ったけど、ギャヴィンの前だと今更だということもわかっている。
気を使わなくていい相手との会話は、こんなにも気が楽だったかと思い出す。
……本当に、あの頃のサロンが一番気負いしなくて楽しかったわね。
「それで、どうします?どうやって報復なさいますか?」
「ルラミーナ先輩こそどうするの?離縁できそう?」
「夫に愛人ができたくらいじゃあねえ…。実家にも出戻らせてもらえないでしょうし、まだ価値があるかわからないけどどのみち売り飛ばされそうな気がするわね」
「……それで、僕に離縁を突きつけられた彼女の方は実家に保護されるんでしょう?どうかしてるね」
ギャヴィンが吐き捨てるようにそう言うので、さすがよくわかっていると笑ってしまいそうになった。
妹は特別両親から可愛がられているから、妹は離縁されても帰る場所があるのだろう。
それこそ私があの人の妻ではなくなったら、夫と再婚する未来もあるのかもしれない。
実家は夫の家とのつながりを気にしているから、可能性としてはなくはない…。
その場合、私のことはどうするつもりかしら。
社交界で格好の餌食になるに決まっている、……私と死別したことにして代わりに妹を、という筋書きはチープだけどあの人たちなら考えそう、って、すごく視線を感じるような…。
「なに?」
「何が?」
「あなたすごく怖い顔でこっちを見ているわよ」
「ルラミーナ先輩を死んだことにして乗り換えそうって考えてそうだなと思って」
「……あなたその人の考えを先回りするのやめなさいよ、久々に喰らって鳥肌立ったわ」
学生時代にもよくあった、考えていることが見透かされているというのを久々に味わって、ぞわぞわした。
頭がいいのも、考えものだ。
こういう可愛げのないところも、学生時代から変わっていない。
「そんなこと許されないからね。有責側にいい思いなんてさせないよ」
「だからってねぇ、策もないし」
「ひとまず、先輩には悪いけどおたくの旦那の商売先とは取引中止にするから」
「そんなの構わないわよ。あなたのところとつながりがなくなったら発狂しそうねぇ」
「大きく儲かっているところ一つに寄りかかっているから、そういうことになるんだよ」
「全くの同意ね。でも、あの人、あれで身分だけはいいのよ?」
「知ってる。先代以前が特にいい人たちだったしね」
ギャヴィンの言葉に、今度は私が肩を竦めることになった。
本当にその通りだ。
亡くなった先代様なんて特によい方だった、私も尊敬していた。
だから、あの家に嫁ぐのも覚悟が決まったというのに。
「あなたのところから契約打ち切りになったら、我が家は火の車でしょうねぇ」
「どうせそれもルラミーナ先輩が管理させられるんでしょ」
「どうかしらね」
「ねえ、ルラミーナ先輩。もし離縁できるなら、うちに来る?」
「え?」
「隣国にも商売の手を伸ばし始めているんだけど、隣国との窓口になってくれる人絶賛募集中なんだよね。先輩、外国語できたよね?」
「私のことを匿ってくれるというの?」
「優秀な人材を雇いたいっていうだけの話だよ」
ニヤリと口の端が持ち上がる笑い方が変わっていなくて、懐かしい気持ちになる。
「それはありがたいけど」
「そっちの家でも事業の運営も、どうせ先輩がやっているんでしょ。だったら、僕が雇ったほうがもっといい仕事になる」
「う〜ん」
「何か心配なことでもある?」
「仕事ができるのはありがたい話だけど、周囲から何を言われるかわかったものじゃないし、それを考えると面倒ごとが増えていくなぁって。そもそも離縁できるかもわからないし」
「先輩は結婚してから引きこもっているから知らないだろうけど、僕ら元サロンメンバーは今も精力的に活動中だし、つながりも続いている」
「一言余計よ」
それに好きで引きこもっていたわけではない。
夫に必要以上に外に出ないように言われていたからだ。
今は夫が妹に夢中なのもあって、すんなり家から抜け出せているけど、監視されている中でわざわざ掻い潜って外に出ようという気が起きなかったのだ。
「だから、上手いことやれば社交界にだって噂が立ったりは…。あ、そうか」
ギャヴィンはそこまで言うと、一人何かを思いついたように頷いた。
それから、ニタリと笑って私をまっすぐに見据えた。
「ルラミーナ先輩、死んでくれたりする?」
「はい?」
「先輩の妹と、先輩の両親と、先輩の夫が考えそうなことを、こちらから仕掛けようよって話」
ギャヴィンの口から妹の名前も出なければ、『私にとっての誰か』としか言わないところがいっそ清々しかった。
そっか、私たちもう現状を精算しようとしているのね。
もうきっとお互いに配偶者への情もなくなってしまったのだろう。
これがたまたま私とギャヴィンの相手同士だったから、こうして冷静に面白おかしくしてしまえているだけで、一人で抱えていたら辛かったのかもしれないな…。
ギャヴィンのその顔は、学校のテスト予想をして見事当てた時のドヤ顔に似ていて、私も覚悟が決まっていった。
「何かあると言うのね?」
「うん、本当のつながりというものに頼って見せつけてあげようかなって。…先輩、一応確認だけど、旦那さんとはもう終わっていいんだよね?」
躊躇いがちに訊くギャヴィンに、私はニコリと笑って頷いてみせた。
「学生時代に婚約者の愚痴を延々と聞かされていたあなたがいうセリフとは思えないわね」
「それはよかった。それなら、心置きなく復讐できるね」
物騒なことを言い合いながら、腹が決まった私たちはもしかしたら学生時代よりも強くなれていたのかもしれなかった。
ひと月もしないうちに、私はギャヴィンの屋敷で亡くなった。
妹が主催をしたお茶会に呼ばれて出向いた私は、突発的に自分の首をナイフで切り、自殺したということになった。
それはギャヴィンと仕組んだもので、元サロンメンバーたちに頼んで偽装工作したものだった。
私が自前で持っていった本のページを破ってそこに書かれた走り書きの遺書には、『妹と夫が愛し合っているのを知ってしまった。もうどうしていいかわからない。先に旅立つことをお許しください。 ルラミーナ』と書いてあり、お茶会に来ていた他の奥様たちにバッチリと目撃してもらったので、これから先もそのように触れ回ってくれることだろう。
家名は書かず名前だけにしたのも、我ながら性格が悪いなと思っていたりもする。
私の死体工作のための血糊や、死亡確認や死亡診断書などのでっちあげまで、元サロンメンバーたちは嬉々として手伝ってくれたから、やっぱり頭のいい人たちはどこかイカれているわ…と懐かしいような気味の悪いような思いになったのだった。
まあ、城に従事している中枢の人間が仕組んでくれたから、うまいこと処理されているのだろう。
本当にあのメンバーたちは、ある意味イかれた人たちだばっかりだったな。
そういうわけで、夫の妻だったルラミーナも、貴族の娘だったルラミーナもこの国では死んだ。
晴れて、独身戸籍しがらみなし女爆誕である。
ふうう、清々しい気分だ。
「これで先輩は、ただのルラミーナだね。新しい身分証は隣国で取れるようにしてあるから、向こうに行ったら手続きしておいてね」
「了解です、オーナー」
さっぱりとした旅の装いをした私がそう答えると、ギャヴィンは怪訝そうな顔をした。
「そこはもう敬語じゃなくてよくない?」
「いえいえ、昨日までは身分のあるお家のご当主様。今日から雇い主ですから、そういうわけにもございませんわ」
「ルラミーナ先輩って、変なところ面倒くさいよね。…まあ、いいか。サロンメンバーも喜んでたし」
「……私、あの人と結婚したことをあんなによく思われていないだなんて知らなかったわ」
「だって、先輩とあの男釣り合ってないもん。先輩相手にもったいなさすぎるよ、宝の持ち腐れ。他のメンバーに悔しがられたんだから、ルラミーナ先輩を雇えてズルいぞって」
「そう。じゃあ、バリバリ働かないとね」
「うん、よろしくね。僕もこっちでの処理が終わったら、傷心旅行ってことでそっちに行くから」
「あなた、傷ついていないのに?あんなにも楽しそうに、妹を追い詰めていたのに??」
「人聞き悪いな、本当のことをお招きしたお客様たちに知ってもらおうと思っただけじゃない。誠意だよ、誠意」
どの口が言うというのだろうか。
私の偽物の遺書を見ながら、淡々と問い詰めてご夫人方の脳みそに妹の実情を刻みまくった男のセリフとは思えない。
「僕は死んでないからさ、これから離縁の手続きなどに追われるわけ。どのみちお疲れ旅行にはなるんだから、もっと労ってよ」
「はいはい、お疲れ様。じゃあ、私行くわね」
「ルラミーナ先輩」
ギャヴィンが引き止めるような声で私を呼んだから、私も思わずギャヴィンを見上げた。
「これからは、僕たちもう少し自由に生きようね」
ギャヴィン自身の宣言だったのか、そう言ってニコリと笑って、私に手を振った。
私はその言葉を胸に歩き出そうとして、やっぱり振り返ってギャヴィンを呼び止めた。
「ギャヴィン、向こうで美味しいものでも食べながら愚痴大会でもしましょうね」
私の言葉に目を丸くしてから、ギャヴィンは破顔した。
「いいね。こっちの仕事、すぐに片付けて行くね」
「ええ、待っているわ」
私たちは互いにすべきことのために、背中を向け合って歩き始めた。
だけれど、あの応接間で相談した時と違って、そして学生の頃とも違う晴れやかな気持ちを持って、その一歩を踏み締めたのだった。
了
お読みくださりありがとうございました!!
262日目。




