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王子に婚約破棄されたら魔王が降臨して「俺が専業主夫になる!」と求婚してきました  作者: 綾瀬 灯


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第1話「婚約破棄の絶望とエプロン姿の厄災」

「リーゼロッテ・フォン・クライス公爵令嬢!君のような冷酷な女との婚約は、今この瞬間に破棄させてもらう!」


王立学園の卒業パーティー。


華やかな装飾が施された大広間に、第一王子レオンハルトの勝ち誇った声が響き渡った。


彼の腕の中には、光魔法の使い手としてちやほやされている男爵令嬢、クロエが寄り添っている。


「君は、優しく可憐なクロエに嫉妬し、陰湿な嫌がらせを繰り返した!次期王妃の座にふさわしいのは、君ではなく彼女だ!」


「……はあ」


私、リーゼロッテは扇子で口元を隠し、深く、深くため息をついた。


嫌がらせ?


私がいつ、そんな暇を持て余していたというのだろうか。


遊び呆けている王子の代わりに、王国の財政状況を立て直し、隣国との貿易ルートを開拓し、毎晩徹夜で書類の山と格闘していたのは私だ。


むしろ、無能な王子を押し付けられる婚約から解放されるなら、こんなに嬉しいことはない。


「わかりましたわ。その婚約破棄、謹んでお受けい——」


私が優雅にカーテシー(お辞儀)をして、この茶番を終わらせようとした、その時だった。


——ドゴォォォォォォォォォンッ!!!


突然、大広間の分厚い石造りの天井が、まるで紙くずのように吹き飛んだ。


「な、なんだ!?敵襲か!?」


悲鳴を上げる貴族たち。


もうもうと立ち込める粉塵。


崩れ落ちた天井の穴から、真っ黒な禍々しいオーラが滝のように降り注いできた。


大気が震え、呼吸すら苦しくなるほどの圧倒的な『死』の気配。


「ひぃっ……!ま、まさか……!」


近衛騎士たちが、ガタガタと震えながら剣を抜く。


粉塵が晴れた先に立っていたのは、身の丈二メートルを超える巨躯。


漆黒の翼と、禍々しい二本の角。


そして、神すらも嫉妬するほどの、残酷なまでに美しい美貌を持つ男。


おとぎ話の存在ではなく、現実に人類を滅ぼしにやってきた絶対的絶望。


『魔王』ヴァルヴァトス。


その人が、音もなく大広間に降り立ったのだ。


「ま、魔王……!なぜ我が国に……!終わりだ、世界が滅ぶ……!」


レオンハルト王子が腰を抜かし、クロエは泡を吹いて気絶した。


誰もが死を覚悟し、絶望の涙を流した。


しかし。


ただ一人、私だけは全く別の意味で絶望し、頭を抱えていた。


なぜなら。


降臨した人類の敵であるはずの魔王ヴァルヴァトスが、なんと『くまさん柄のピンク色のフリルエプロン』を身につけていたからだ。


「リーゼ!!上空からずっと見ていたぞ!今、婚約が破棄されたんだな!?俺の番だな!?」


魔王は、禍々しいオーラをすべて引っ込めると、満面の笑みで私に向かって猛ダッシュしてきた。


そして、その巨大な手で、可愛らしいピンクの風呂敷に包まれた『三段重のお弁当』をパカッと開いてみせた。


「見てくれ!君の大好きな『甘い卵焼き』を完璧にマスターしてきたんだ!さあ、俺と結婚してくれ!!」


人類の危機を迎えたはずの大広間は、あまりの情報の渋滞に、完全に静まり返っていた。


◆


「あの……ヴァル様?さすがにこの状況で、お弁当を出されても困るのですが」


私は頭痛を堪えながら、目の前で尻尾(見えないけれど確実に振っている)をパタパタさせている魔王に告げた。


「そうか!?すまない、君が王宮の激務で痩せてしまったから、早く栄養をつけさせたくて焦ってしまった!」


ヴァルヴァトス——ヴァル様は、シュンと肩を落としてエプロンの裾を握りしめた。


……二メートルの巨漢で角と翼が生えているのに、どうしてこうも大型犬に見えるのだろうか。


事の発端は三年前。


領地の視察中、私は森の中で瀕死の重傷を負っていた『黒くて巨大なモフモフの獣』を拾った。


可愛い動物に目がない私は、それを自室に持ち帰り、徹夜で看病し、手作りのご飯を毎日食べさせてモフモフを堪能した。


一ヶ月後、すっかり元気になったモフモフは、突然イケメンの魔王の姿に変わり、こう言ったのだ。


『人間よ、俺の命を救った褒美をやろう。望みを言え』と。


私は即答した。


『素晴らしい毛並みでした。あと一日だけ、モフらせてください』と。


そこから、私たちの奇妙な交流が始まった。


彼は度々私の部屋の窓から忍び込んでは、私の手料理を食べ、私の仕事の愚痴を聞き、時折モフモフの姿になって私を癒してくれた。


そしていつの間にか、この恐ろしい魔王は、私の料理と胃袋の虜になっていたのだ。


「なあリーゼ。俺は最近、気付いてしまったんだ」


ヴァル様は、真剣な赤い瞳で私を見つめた。


「魔界の統治は書類仕事ばかりでつまらないし、人間界を滅ぼすのは埃っぽくて重労働だ。俺の本当の天職は、君の帰りを家で待ち、温かいご飯を作って君を癒す『専業主夫』なのではないかと!」


「世界の半分の領地より、エプロンを選ばないでください」


「世界の半分なんて要らない!俺は君のいる台所の半分が欲しい!!だから、あの愚かな王子との婚約がなくなる今日まで、料理教室(魔界の三ツ星シェフ直伝)に通って待機していたんだ!」


ヴァル様は私の手を取り、うっとりとした顔で頬ずりをした。


「君が外でバリバリ働いて稼いできてくれ。俺は城をピカピカに磨き上げて、最高のディナーを作って君の帰りを待つ。だから、俺を君の夫にしてくれ!」


魔王からの、あまりにも志の低すぎる、しかし愛情だけは重すぎるプロポーズ。


私は思わず、吹き出してしまった。


激務ばかりの王宮生活。


愛のない婚約者。


そんな砂を噛むような日々の中で、不器用で優しくて、ちょっとズレている彼との時間は、私にとって唯一の安らぎだったからだ。


「……ふふっ。専業主夫の魔王様なんて、前代未聞ですわね」


「ダメ、だろうか……?」


上目遣いで見つめてくる魔王。


私は優しく微笑み、彼の手を握り返した。


「いいえ。とても魅力的な提案ですわ。私の胃袋、一生任せてもよろしくて?」


「!!リーゼ……!!」


ヴァル様は歓喜の声を上げ、私をフワッと抱き上げた。


「やったぞ!魔界の歴史上、初めて俺が『専業主夫』の座を勝ち取った!!今日から俺は、君だけの可愛いエプロン夫だ!」


◆


「ま、待てえええええええっ!!!」


私たちの幸せな空間を切り裂くように、床に這いつくばっていたレオンハルト王子が悲鳴を上げた。


「な、なんだそのふざけた茶番は!魔王!貴様は人類の敵だろうが!なぜその悪逆非道な女に求婚などしている!」


王子は震える足で立ち上がり、腰の剣を引き抜いた。


「このレオンハルトが、聖剣の力で貴様を討ち果た——」


「うるさい。俺の妻に気安く話しかけるな、下等生物」


——ヒュッ。


大広間の空気が、一瞬にして凍りついた。


先ほどまでピンクのエプロンでニコニコしていたヴァル様の瞳が、冷酷な『魔王』のそれへと変わっていた。


放たれた僅かな殺気だけで、王子の手から聖剣が弾け飛び、粉々に砕け散った。


「ひぃっ……!せ、聖剣が……!」


「いいか、小僧。お前たちが今日までこの国で平和にヘラヘラ生きてこられたのは、なぜか分かるか?」


ヴァル様は私を背後に庇うように立ち、ゴミを見るような目で王子を見下ろした。


「俺が人間界を滅ぼそうとするたびに、リーゼが『明日も仕事が詰まっているから勘弁して』と俺を止めてくれていたからだ。この国を裏で支え、俺の怒りから世界を護っていたのは、他でもないリーゼなのだ」


その言葉に、大広間にいた貴族たちが一斉に顔面を蒼白にした。


「そ、そんな……!じゃあ、リーゼロッテ様を追放したら……」


「当然、俺がこの国に遠慮する理由は1ミリもなくなる」


ヴァル様が指をパチンと鳴らすと、王城の窓ガラスがすべて一斉に粉々に砕け散った。


上空には、何万という魔王軍のモンスターたちが、今か今かと待機しているのが見える。


「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」


「お、お助けを! 魔王様!」


「俺に命乞いをするな。……それと小僧、お前、俺の愛しのリーゼを『冷酷な女』と呼んだな?その罪は、万死に値する」


ヴァル様が右手をかざすと、黒い炎が王子の周囲を取り囲んだ。


「お、やめっ——!」


「待てえええええええい!!!」


その時、大広間の扉を蹴破って、国王陛下(王子の父親)が半狂乱で飛び込んできた。


国王はそのまま床にスライディング土下座を決め、ヴァル様の足元にひれ伏した。


「ま、魔王様!そしてリーゼロッテ嬢!愚かな息子の不敬、平にご容赦を!!」


国王は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、王子を怒鳴りつけた。


「この大馬鹿者が!リーゼロッテ嬢がどれほど我が国の政務と経済を回してくれていたか、お前は何も知らんのか!彼女がいなくなれば、我が国は三ヶ月で財政破綻するのだぞ!」


「えっ……?父上、それは……」


「黙れ!貴様のような国を滅ぼしかけた愚か者は、今この瞬間をもって王籍を剥奪する! そこの男爵令嬢と共に、辺境の開拓村で一生芋でも掘っていろ!!」


「そ、そんなぁぁぁっ!」


近衛騎士たちに引きずられていく王子とクロエ。


彼らの絶望の叫びは、魔王の禍々しいオーラの前では、あまりにもちっぽけだった。


「ふん。まあ、リーゼが免職フリーになるきっかけを作ってくれたことだけは、感謝してやろう」


ヴァル様は再びくるりと振り返り、私に向けてとびっきりの笑顔(エプロン姿)を見せた。


「さあ、帰ろうリーゼ!待ちに待った新婚生活だ!魔王城は君が快適に過ごせるように、全館床暖房と最新型のキッチンにリフォームしておいたからな!」


「魔王城の威厳が台無しですわね。……でも、楽しみです」


私はヴァル様の巨大な腕の中にすっぽりと収まり、吹き抜ける風と共に大空へと舞い上がった。


眼下では、私という大黒柱を失って混乱の極みにある王城が遠ざかっていく。


もう、あの国がどうなろうと私の知ったことではない。


◆


魔界の中心にそびえ立つ、かつては恐怖の象徴だった魔王城。


その一角にある、陽当たり抜群の美しいダイニングルームで、私は優雅に紅茶を楽しんでいた。


「リーゼ!今日のおやつは、君の好きな苺のタルトを焼いたぞ!執務の合間に食べてくれ!」


ピンクのフリルエプロンを身につけた魔王(夫)が、プロ顔負けの美しいケーキを持ってウキウキと駆け寄ってくる。


「ありがとう、ヴァル様。とっても美味しいわ」


「おおっ!君の笑顔が見られるなら、俺は毎日でも生地を練り続けるぞ!」


現在、私は魔王城の奥の部屋で、魔界の経済改革とインフラ整備の書類仕事に追われている。


人間界の小さな国を切り盛りするより、個性豊かな魔族たちをまとめる仕事はとても刺激的で楽しい。


そして何より、私がどれだけ外で働いても、帰れば最強の魔王様が完璧な家事と料理で出迎えてくれ、就寝前には巨大な黒狼の姿になって朝まで心ゆくまでモフらせてくれるのだ。


これ以上の理想の結婚生活が、一体どこにあるだろうか。


「なあリーゼ。仕事もいいが、そろそろ俺のことも構ってくれないか……?」


ヴァル様が私の背後に回り込み、大きな体で甘えるようにすり寄ってくる。


冷徹な魔王の顔はどこへやら、今の彼は完全に『かまってちゃん』な超大型犬だ。


「もう。本当に甘えん坊なんだから」


私はペンを置き、彼の角の生えた頭を優しく撫でた。


人間界を恐怖に陥れた『絶望の魔王』は、今や私だけを溺愛する、銀河一甘々で最強の『専業主夫』。


私の新しい人生は、甘いお菓子の香りと、底なしの愛情に包まれて、幸せいっぱいに幕を開けたのだった。

ご一読いただきありがとうございます!

この度『連載版』として二人のその後やお仕事(魔界の領地経営)を描いていくことになりました!これから魔王様(激甘)の美味しい手料理と、ヒロインの痛快な魔界大改革がスタートします。楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価での応援をよろしくお願いいたします!

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