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第1話:婚約破棄の絶望とエプロン姿の厄災

「セラフィナ・ヴァン・ローゼン! 僕は今日、この場をもって君との婚約を破棄する!」


王立学園の卒業パーティーを祝う、華やかな大広間。

その中央で、第一王子アーサーの声が高らかに響き渡った。


彼の腕には、涙ぐんだふりをして周囲の同情を誘う男爵令嬢がしがみついている。

名門公爵家の令嬢であり、次期王妃として誰よりも国のために尽くしてきた私――セラフィナは、突然の宣告にただ呆然と立ち尽くしていた。


「アーサー殿下……。突然、一体何のお話でしょうか? 私は貴方にも、この国にも、誓って恥じるような行いはしておりません」


「しらばっくれるな! 君が裏で彼女を虐め、嫉妬に狂って暗殺しようとした証拠は挙がっている! この冷酷な悪女め!」


もちろん、そんな証拠は存在しない。

完全に、新しい恋に盲目となった王子がデッチ上げたでたらめだった。

しかし、周囲の貴族たちは第一王子に逆らうことを恐れ、誰一人として私を庇おうとはしなかった。


「近衛兵! この女を直ちに地下牢へ連行しろ! 国家反逆の罪で死刑にしてやる!」


冷酷な号令とともに、完全武装した近衛兵たちが一斉に私を取り囲む。

突きつけられる無数の槍。誰も信じてくれない絶望感に、私は静かに目を閉じた。


(ああ……私の人生は、こんな理不尽な形で終わるのね……)


私が死を覚悟した、まさにその瞬間だった。


――ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!


鼓膜を突き破るような轟音と共に、王城の分厚い天井が跡形もなく吹き飛んだ。

煌びやかなシャンデリアが粉々に砕け散り、大広間がもうもうたる土煙に包まれる。


「な、なんだ!? 敵襲か!?」


パニックに陥る王子や貴族たちを黙らせたのは、天空から降り立った『圧倒的な絶望の気配』だった。

土煙の中から、ドスン、と重い地響きを立てて巨体が姿を現す。


頭から生えた禍々しい漆黒の二本角。

背中に広がる、空を覆い尽くすほどの巨大な悪魔の翼。

そして、見る者すべてをすくみ上がらせる、深淵のような真紅の瞳。


「ま、魔王だぁぁぁぁぁっ!?」

「神話の時代に封印されたはずの、絶望の魔王ザガンがなぜここに!?」


誰かが悲鳴を上げた。

かつて世界の半分を焼き尽くしたと言われる人類の敵。

その圧倒的な魔力を前に、近衛兵たちは武器を取り落とし、アーサー王子も腰を抜かして床にへたり込んだ。


(終わったわ……。どうせ死ぬなら、魔王の炎で一瞬で焼かれた方がマシかもしれない)


私もその場に座り込み、今度こそ本当の死を覚悟した。

ズシン、ズシンと、魔王が地響きを立てて私に近づいてくる。

しかし、土煙が完全に晴れ、魔王の全身が露わになった時――大広間にいた全員の思考が停止した。


漆黒の禍々しい鎧。そこまではいい。

だが、その鎧の上には、なぜか『フリルがたっぷりついた可愛らしいピンク色のエプロン』が結ばれていたのだ。


「え……? エプロン?」


私が呆然と呟くと、魔王ザガンは私の目の前で恭しく片膝をついた。

そして、神話の化け物とは思えないほど、優しく甘い声で口を開いた。


「セラフィナ。ずっとずっと、この時を待っていた。……お前がフリーになる瞬間をな!」


「は、はい……?」


「あの馬鹿な王子との婚約が破棄されたなら、もう何の問題もないな! 俺と結婚してくれ!」


あまりにも予想外の展開に、私は目を瞬かせた。

人類の敵である魔王様が、私にプロポーズ? なぜ?


「結婚って……あの、私は人間の娘ですが……」


「種族など関係ない! 見てくれ、今日のために徹夜で弁当を作ってきたんだ!」


そう言って魔王様がドォン! と取り出したのは、鎧のごつい手には似合わない、可愛らしい三段重のピクニック弁当だった。


「玉子焼きは甘めと出汁巻き、両方用意したぞ! タコさんウィンナーは足の角度にこだわった! 栄養バランスも完璧だ!」


「あ、ありがとうございます……?」


「俺と結婚してくれれば、家事も洗濯も掃除も、すべて俺が完璧にこなしてやる! 君はただ毎日、俺の作った飯を食べて笑っていてくれればいい!」


「…………ええと。魔王様は、世界征服などはなさらないのですか?」


私が恐る恐る尋ねると、魔王様は心底不思議そうな顔をして首を傾げた。


「世界征服? そんな面倒くさいことより、愛する妻の専業主夫になる方が百万倍重要だろうが」


どうやらこの魔王様は、頭のネジが数本吹き飛んでいるらしかった。

人類の危機を前に、なぜか私だけがお弁当の献立について熱く語られている。


「ほ、放てぇぇぇっ!! その化け物を殺せ!!」


腰を抜かしていたアーサー王子が、震える声で近衛兵たちに攻撃を命じた。

無数の魔法や矢が一斉に魔王の背中へと放たれる。


「危ないっ!」


私が叫んだ瞬間、魔王様は振り返りもせずに、エプロンのポケットから『黒光りするフライパン』を取り出した。

そして、飛んできたすべての魔法と矢を、フライパンの底でカキィィンッ! と野球のように打ち返したのだ。


「ぎゃあああああっ!?」


綺麗に反射された攻撃をモロに喰らい、アーサー王子と近衛兵たちは仲良く壁の向こうまで吹き飛んでいった。


「ふん。俺の自慢の弁当箱に傷がついたらどうするつもりだ」


魔王様はフライパンをフッと吹き、再び私に向き直って、今度は強引に私の手をとった。


「さあセラフィナ、俺たちの愛の巣(魔王城)へ帰ろう! 今夜はハンバーグだ!」


「えっ? ちょ、待って、私まだお返事を――きゃああああっ!?」


こうして私は、婚約破棄からわずか数分後。

有無を言わさぬ魔王様の腕に抱かれ、絶品の手作り弁当と共に、魔界へと強制的に拉致(お持ち帰り)されてしまったのだった。

ご一読いただきありがとうございます!

この度『連載版』として二人のその後やお仕事(魔界の領地経営)を描いていくことになりました!これから魔王様(激甘)の美味しい手料理と、ヒロインの痛快な魔界大改革がスタートします。楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価での応援をよろしくお願いいたします!

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