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笑う事を禁じられた令嬢は婚約破棄される

作者: おかき
掲載日:2026/02/10

※※※※※


笑わない令嬢。


社交界での私は、そう言われている。


いつからそうなってしまったのか、自分でも解らない⋯⋯。

ただ、私は笑顔を出せなくなっていた⋯⋯。

心の中では、ちゃんと笑っているのに表情に出せない。


公爵令嬢である私は、アルカイックスマイルすら出せなくなってしまった。


(いつからだろう⋯⋯。

思い出そうとすると、思考に靄がかかる。

思い出したら、この状況から逃れられるのかしら⋯⋯。)


私の目の前には、婚約者であるアーネス王太子殿下が蔑んだ眼差しを向けている。


(婚約者に向ける視線ではないのだけれど……。)


恋人と噂されるオリビア伯爵令嬢と仲睦まじく腕を組み、私の目の前に並び立っている……。


「イザベルとの婚約は破棄される。微笑みすら浮かべない者を王太子妃にも、ましてや私の妻にすらしたくなどないからなっ!」


吐き捨てられるような殿下からの婚約破棄の言葉を、私はただ無表情で受け入れるしかなかった……。


私を見世物とし、楽しむ貴族達。

周囲からは王太子殿下に同情する声ばかりが聞こえる。


美しかろうと、人形の様な妻を迎える殿下が可哀想だと⋯⋯。

オリビア嬢の笑顔は可愛らしい。

オリビア嬢の方が婚約者に相応しいと。


いつも同じような言葉を浴びせられ、少しばかりうんざりする。


笑顔を出せなくなってしまった私は、より一層王子妃の教育にも慈善活動にも力を尽くしてきた。

執務も公務も懸命に取り組んだ。


国の為に、殿下の為にと⋯⋯。

笑えない私でも出来る事をと……。


全てが無駄な事だったと、今更ながらに痛感するしかない⋯⋯。


「畏まりました。至らぬ婚約者で申し訳ありません。」


軽くカーテシーをし、その場を後にしようと殿下達に背を向けた。


「昔は良く笑っていたのにな。」

殿下はため息と共に、そう呟いた。


その言葉を背に受け、嘲笑う者達の不躾な視線や言葉を浴びながら私は会場を後にした⋯⋯。


邸に帰ろうにも、公爵家の馬車は既にない。私を会場に降ろすと、そのまま邸に戻ってしまったから。

両親は今夜の夜会には参加していない。


両親は私が今夜の夜会で殿下から婚約破棄を伝えられる事を事前に知っていた。

両親は笑わなくなった私をとうに切り捨てていた。

邸では愛想の良い妹だけが可愛がられ、私はいない者扱い。

私が邸に居れた理由は、殿下の婚約者だったから。

ただそれだけでしかなかった。


邸を出る前に、両親からは公爵家からの除籍も伝えられていた⋯⋯。

王家から婚約破棄をされる娘はいらない。

そう言われた……。


(いったい私は何の為に生まれてきたのかしら⋯⋯。)


王宮を出る為に、ただひたすら歩く⋯⋯。

足元は月の光で明るく、灯がなくても暗くはない。


(これから私は一体どこに行けば良いのかしら⋯⋯。)


行く当てなど無い私は一体どこに向かって歩けば良いのかと考える。


行く当てはないけれども、立ち止まる事はしたくない。


立ち止まってしまえば、生きて行く勇気も無くなってしまう⋯⋯。


月の光に照らされながら、私はひたすら王宮を出るべく歩き続けた⋯⋯。



※※※※



父上の命で、この国に留学する事になった。

自国との友好国として相応しいかどうかを見極めて来るように、皇帝である父から密命を受けたからだ。


この国に留学してみて解った事がある。


この国は腐っている。

国王も王妃も国を担う者として、相応しくはない。


婚約破棄を見世物にするような者が、次の国王になるとはな⋯⋯。


見世物に興味もなければ、この国にも興味は失せた。

学園のレベルも低すぎて、通う気すら初日で失せていた。


(明日、自国に戻ろう。)


私は王宮の外壁の上に寝転び、今頃は見世物で騒いでいるであろう会場を眺めた。


(誰か出て来た?)


月の光の中に、黒髪を靡かせ凛とした姿勢で歩く女性がいた⋯⋯。

遠目からでも解る程に美しい女性。


(夜会の最中なのに?)


気になって魔眼を使うと、その女性の魔力の美しさに驚いた。

彼女の魔力は、穢れのない純粋な白色なのだ。

(あの様に穢れなき魔力など見たこともない⋯⋯。)


だが、彼女からは真っ黒な魔力も見える。彼女を覆う黒い魔力は、【言霊】の魔術のようだ。

興味を持った私は言霊を解除し、彼女の前に降り立った。


彼女を一目見ただけで衝撃が体を走り抜けた。

彼女に興味を持った自分を褒めたいくらいだった。


黒髪に紅い瞳の美しい女性。

じっと彼女を見つめていると、様々な感情が湧いてくる。


美しい彼女を手に入れたい。

美しい彼女の声を聞いてみたい。

美しい彼女の魔力を手に入れたい。


私の鼓動は速くなり、胸の奥からはどろりとした感情が湧いてくる。


「夜会の最中にどちらに行かれるのですか?」


私から逃げようとする彼女を、逃がす訳がない。


私は昂ぶる感情を抑え、平静を装い優しく彼女に言葉をかけた。



※※※



これからの事を考えなければ⋯⋯。

考えなければならないが、考えても何も答えが出てこない。


何度も同じ事を考える⋯⋯。


ぼーっとなる思考を無理に叩き起こしていると、突然目の前に人が降って来た。


(この方、空から降りてきたわよね?)


思考がはっきりすると、目の前の男性は私をじっと見つめ観察しているようだ。


私も同様に観察してみる。


してはみるが、誰かは解らない⋯⋯。

学園にいたのかもしれないけれど、私は殿下の執務全てを熟していたので、学園には通えていない。


公爵家から籍を抜かれ既に貴族ではない私は、この人が誰であろうと関係ないのだ。

貴族ではない以上、私は平民となる。

服装や佇まいを見る限り、この人は多分高位貴族であろう⋯⋯。


私は失礼が無いように一礼をすると、男性から逃げる事を選んだ。


立ち去ろうとする私に、男性が声をかけてきた。

無視する事も出来たかもしれないが、貴族籍を抜かれ平民になった私は逆らう事は許されない。

逆らえば殺されてしまう可能性もある。


何の為に生まれたのか⋯⋯。

とは思うけれど、別に死にたい訳では無い。


何と答えて良いか解らず、無意識に出た言葉は、

「どこに行けば良いのでしょうか⋯⋯。」

私はポツリとそう答えていた。


「王宮の中とは言え一人では危険です。私が邸まで送りますよ?」


彼の言葉に、私は首を振る。

帰る家など、もうどこにも無いのだから⋯⋯。


「事情がおありですか?」


私は少し考え、頷いた。


「私はもう貴族ではなくなりました。貴方様と会話をする事すら許されないのです。ご容赦下さいませ。」

私はカーテシーをし、離れようと再び歩き出す。


「貴族で無くなるとは、どう言う事です?貴女程の美しい女性を手放す馬鹿が、この世にいると言うのですか?」


彼の明け透けな言葉を王太子殿下が聞いたら怒りそうだ。

私を手放したのは、王太子殿下。

ならば、王太子殿下を馬鹿だと言うのかと⋯⋯。

想像してみると可笑しくなり、クスリと笑った。


「笑った顔すら美しいのですね。」


彼の発した言葉に、わたしは固まってしまう。


(笑った?私が?!)


「笑った⋯のですか?私が⋯⋯笑ったと?」


声が震える⋯⋯。

(笑えないはずの私が笑ったと、この人は言ったわ。)


「可愛らしい笑顔で笑われました。」


男性は美しい笑顔で私にそう告げた。


「笑えたのね⋯⋯。」

私の頰を伝う雫を、彼が拭ってくれる⋯⋯。


甘く優しい笑顔と声で私を誘う⋯⋯。


「事情を話してみませんか?貴女は言霊の魔術に縛られていました。私が解除したので縛りが解けたのでしょう。

美しい貴女を手放すのならば、私が手に入れても?」


返事を聞く事もなく彼は私を優しく抱きしめ、包み込む。


初めて人から抱きしめられた私は、その温もりに身を委ねた。


(言霊とは何の事なのか⋯⋯。)


彼に尋ねたいが、目を開けていられない。

言葉を出す事も億劫になってしまった。


私は抱きしめられたまま、温かな彼の腕の中で意識を手放していた⋯⋯。



※※


彼女を傷付けた誰かがいる。

私は影を呼び、彼女の素性を調べさせた。


意識を失った彼女を抱きかかえ、急ぎ馬車に乗り込む。

目を閉じ眠る彼女の美しい顔をずっと眺めた。

彼女の紅い瞳を思い出すと、身震いする。


彼女の燃えるような紅い瞳に映る自分を見付けた時の歓喜を、どろりとした感情が覆いつくす。


(彼女の瞳に映るのは、私だけで良いのだ。他の者は映させない。)


一瞬で私は彼女の虜となった。

彼女に溺れる自分も悪くない⋯⋯。


私の腕の中で眠る彼女の可愛らしい唇に口付けを落とす。

湧き上がるどろりとした感情を制御するつもりは無かった。彼女を存分に味わい尽くす頃、滞在先の邸に到着した。


執事に彼女の着替えを一通り用意するように伝えた。

今は時間がないので仕方ないが、次からは私の選んだ衣装を着てもらおう。


抱きかかえる彼女の衣装の事を考えるだけで、楽しくなる。

彼女を抱えたまま自身の部屋へと入ると、侍女がやって来た。


自身の寝台に彼女をそっと横たえ、とりあえずドレスを脱がせ私の服に着せ替えさるように指示を出した。


その間に私は衣装を脱ぎ着替えを終え部屋に戻ると、侍女達はおらず彼女が一人寝台で眠っていた。


目覚めて驚くであろう紅い瞳に、私が映る為にも一緒に寝てもらう。

寝台に横たわる彼女を引き寄せ抱きしめて眠る。


彼女がもぞもぞと動き私の胸に抱きついてきた。

温もりを確かめるように私の胸に頬を寄せ、一つ息を吐くと穏やかな寝息をたてる⋯⋯。


(ふふ……。可愛らしいな。)


可愛らしい事をする彼女を、絶対に手に入れる為に先ずは何をすべきか考えを練っていく。





温かい何かにもっと触れていたくて、私は手を伸ばす。


すると、手を握りしめられた感覚がした。私の意識がゆっくりと浮上する。

薄っすら目を開けると、目の前に男性がいる⋯⋯。


「えっと⋯⋯?」

ぼんやりする思考から必死に思い出す。


(確か夜会でアーネス殿下に婚約破棄されて、会場を出てから彼に声をかけられた⋯⋯?そして抱きしめられ…た⋯⋯。

その後は……。)


意識がハッキリと覚醒した。

「申し訳ありません。」


私は直ぐ様起き上がり頭を下げると、彼の手が私の顎を掬い上げる。


「顔をあげて下さい。」

顔を掬い上げられたままの私と、彼の視線が重なる。


「イザベル嬢ですね。王太子殿下の婚約者の。」

彼の言葉を私は否定する。


「違います。元、婚約者ですわ。」


私の言葉に彼は頷き、私を抱きかかえ立ち上がった。

私は寝台にいたようで……。

つまり彼と共に眠っていたと⋯⋯?


急に恥ずかしくなり、顔が熱くなる。

ソファーに座るが、彼は私を抱えたままだ。

暫しの沈黙の中、彼が先に口を開いた。


「貴女の事が気になり、調べました。」


そう言葉を発すると、彼女の肩が小さく跳ねた。

「そうですか⋯⋯。」


彼女はそれ以外の言葉を発しない。


「貴女は全てを奪われてしまいまいた。」


私の言葉に彼女が小さく頷く。


「貴女が奪われたもの全てを、これからは私が与えます。捨てられてしまった貴女を、私が見付けたのです。私の全てを与えたいと思える程の女性を、初めて見付けたのです。」


彼女は俯いていた顔をあげてくれた。

彼女の紅い瞳に私が映っている。


(父上。貴方が以前私に話した事はこの事だったのですね。)


皇帝の血筋には、膨大な魔力を持つ者が時折産まれる。その者は愛すべき人を見つけると、酷く執着し自身の檻に閉じ込める性質があると。


私は婚約にも結婚にも興味が無かった。

だが、父上から話を聞いた後は、密かに愛する人を見つけたいとも思っていた。


愛する人を見つけられなければ、血筋を残す為の結婚もするつもりでいたのだ。


だが、彼女を一目見た時からそんな考えは消えていた。


私は抱きかかえた彼女をきつく抱きしめた。

彼女は疲れもあるのだろう、体を強張らせる事もなく私に身を任せてくれた。


「私は隣国の者です。この国に捨てられたのならば、私と共に隣国に行きませんか?」

私がそう伝えるが、彼女から何も反応がない。


私は少しだけ彼女の答えを待ってみる。

彼女の答えがどちらであろうと、国に連れて帰る事に変わりはないのだが。



(彼は一緒に隣国にと言ったわよね⋯⋯。)


私は彼の膝の上で、抱きしめられている。

私は彼にされるがままになっていた。

彼の膝の上も、抱きしめられるのも嫌ではなかった。

不思議と、この温もりにずっと包まれていたい気持ちでいる。


だがその前に、彼に聞かなければならない事がある。


「貴方様は私に言霊の魔術がかけられていると。そうおっしゃいました。言霊とは何でしょうか?」


彼女に説明をしていなかった事に気が付き、彼女にかけられていた魔術の話をする。


「イザベル嬢にかけられていたのは、【言霊】と言う魔術で、呪いに近い魔術ですね。」


呪い⋯。

その言葉に、イザベルの顔が強張る。


「呪いに近いだけで、命に何か関わる事はないのです。ただ、その魔術をかけた者の言う通りになるだけなのです。

イザベル嬢の場合は、笑うな。でしたね。」


(笑うな。ね⋯⋯。その通りになってしまったわ。)


「暫くすれば、魔術が完全に抜けきると思います。いつか、魔術をかけた相手を思い出すかもしれません。」


彼の説明に今は納得するしかない。

誰が私に魔術をかけたのか……。

いつか思い出すことを信じるしかなかった。


「魔術の説明はそれくらいですね。誰かが貴女に魔術をかけた事は事実で、そのせいで貴女は全てを奪われた。」


彼の説明を聞いて考える。


(この国に残ったところで私の居場所はもうどこにもない。隣国でなら、私の知識で何か仕事があるかもしれない。全て一から始めるならば、どの国であっても同じではないかしら⋯⋯。)


「私にはどこにも行く場所がありません。私は捨てられてしまいました。そんな私を拾って下さる貴方様について行こうと思います。宜しくお願い致します。」


私の答えに満足した彼は、私を抱え上げベットに寝かせた。

身を固くする私に彼は優しく頭を撫で、

「まだ何もしませんよ。少し眠って下さい。帰国する準備をするので暫く休んで欲しいのです。」


そう言うと、私をポンポンと子供をあやすように寝付かせる。

甘やかされているような安心感の中、私はまた眠りに就いてしまう……。



私の手で彼女を寝かし付けた。

悪くない⋯⋯。


スゥスゥと、小さく可愛らしい寝息をたてる彼女を暫く眺めた。

漆黒の美しい髪を撫で、帰国してからの生活をどうするかに考えを馳せる。


自分が誰かの為に、ましてや女性に熱を上げるなど以前の自分からは考えられなかった。

ずっと彼女を眺めていたい。

その願望を叶える為にも、早々に帰国するべく動く事にした。


執事に彼女の事を任せ、早朝であったが王宮へと足を運んだ。

馬車の中で影からの報告書を読むが、その内容は不愉快としか思えなかった。


(それにしても、短い時間でよくここまで調べたものだ。)

影の仕事の素晴らしさに、褒美を何にするかを考えている。

と、馬車がゆっくりとなり王宮に着いた事を伝えられる。



両陛下への謁見を伝えると、直ぐに許可が降りる。


当然である。我が国の方が国力は遥かに格上。大陸一なのだから。


「クレメン殿。早朝から如何されたのですか?」


謁見の間に入ると陛下に直ぐに問いかけられた。


「急ではありますが、本日自国に帰る事になりましたので挨拶をと思いまして。」

そう伝えた。


さっさと帰りたい私は、説明する事すら面倒だった。

黙って帰国も出来たが、彼女とのこれからを考えれば、きちんとした方が良いと考えただけに過ぎない。


「なっ!そんな!まだ留学して半年も経っておりません。卒業まで後半年ではありませんか。」

陛下は慌てて立ち上がると、私を引き留めようとする。


「何か不都合な事でもありましたか?改善するように手配致しますゆえ、何なりとおっしゃって下さいませ。」

ギラギラ眩しい衣装を身に纏い、私を引き留めようとする。


「敢えて言うならば、昨夜の夜会の見世物が不愉快。だからでしょうかね?」

嫌味を込めて、小さく笑い言葉にする。


「あれは、致し方ないと⋯⋯。」

王妃がそう口にした。


王妃の言葉に苛立つ。


「仕方ない?大衆の面前で婚約破棄を口にする事が仕方ないと、そう思われるのですか?

婚約は家門を結びつけ血筋を守り、また領地領民を守る為にあるもの。その大切な婚約を見世物にする事が仕方ないと、そう言われるのですね。」


両陛下は口籠り、何も言い返せない。


「同じ女性として、大衆の前で婚約破棄された令嬢の先行きを心配なさらないのですか?

笑えない⋯⋯。

ただそれだけで、一生を犠牲にしなければならない程の罪が彼女にありましたか?」


王妃は私の言葉にハッとなるが、自身の息子が行った愚行を考えると何も言えない。

可愛い息子を否定出来ないのだろう。


「彼女は王太子妃として、未来の王妃として十分な資質を持っている。

少し調べただけで素晴らしい女性だと解る。

笑わない?それが何の問題があるのです?

ご自身の息子の浮気を正当化したいだけにしか見えませんよ。

王太子殿下の執務を全て行う彼女は、学園すら通えていない。その間、殿下は何をしていたか知っていますか?」


呆れた声で両陛下を問いただす。

知らないとは言わせない。

息子可愛さに、彼女を良いように使っていたのを知っているからだ。


「息子可愛さに彼女を犠牲にするような国に興味はない!この先、我が国との友好国関係は維持されない。この事を全て私が皇帝陛下に伝えますので。」


話は終わりと、謁見の間を出ようとするが後ろから聞こえる両陛下の嘆願の声が煩い。


「そうだった。彼女が笑えなくなった理由を知っていますか?」

振り向いて両陛下に問いかけた。

両陛下はお互いを見て首を振る。


「彼女は王太子殿下に【言霊】の魔術をかけられていました。【笑うな】と、縛りをかけていたようですね。

ご自分で笑う事を禁止しておきながら、笑わないから婚約破棄。

随分とご自身の都合の良いことをなさる。

彼女の【言霊】は、私が解除しましたから今の彼女は可愛らしく、美しく笑いますよ。」


そう告げると、振り向く事なく謁見の間を出た。

イザベル嬢の魔術を解除した時に、王太子の魔力だと解っていた。

たが彼女には教えない。


笑った彼女を見たら、王太子が手放す訳がないからだ。

この国を出るまで、彼女には何一つ伝えない。

影が調べ上げた事で、魔術具を誰が王太子に渡したのかも⋯⋯知っている。



邸に帰ると、彼女が目を覚ましていた。

執事には急ぎ国に帰る旨を伝えてある。邸は今は慌ただしい荷造りの音が響いている。


「おかえりなさいませ。」

小さく微笑み、出迎えの挨拶をしてくれる。

その可愛さに、胸が張り裂けそうだ。


「ただいま戻りました。騒がしくて目が覚めましたか?」

こちらに歩いて来た彼女を抱きとめ、優しく頬を撫でた。


「いえ。騒がしくはなかったですわ。」


また可愛らしく微笑む彼女に聞いてみたいことがあった。

彼女をエスコートし、ソファーに座らせる。

「聞きたい事があるのですが、質問しても?」

彼女は私の目を見て頷いた。


「イザベル嬢は、婚約者であったアーネス王太子を好いていましたか?」

私が一番気になる事を聞いてみた。


彼女は暫く考えていた。

アーネスの事を思い出していると思うと腹が立つが、今は我慢する。


「幼き頃は確かに好意がありました。ですが、ここ数年は好意は無かったと思います。ただ、いずれ結婚する相手だと。そう捉えていただけです⋯⋯。」


少しだけ悲しそうな彼女に苛立つが、ここも我慢しなければならない。

腹にグッと力を込め、感情を抑え込む。


「公爵家や様々な人間関係を含め、この国に未練はありますか?」


私は彼女に率直に聞いてみる。


「公爵家でも私の居場所はなく、学園に入る前から殿下からは疎まれていました。そんな私に近付く人はおらず、学園にも通えず人間関係を繋ぐ事は出来なかったですね。」


淋しそうに語る彼女は儚く微笑む。

誰一人として彼女に寄り添わなかったのか⋯。

辛く淋しいに決まっている。一人で戦うには相手は王族であり敵うはずもない。


諦める以外、選択肢は無かったのだな⋯⋯。


「それならば、遠慮なく貴女を攫って行けますね。私と共に隣国に行って貰います。」

彼女の手を取り、指先に口付けを落とす。


「貴方様のお名前をお聞きしていないのですが、何と呼べは宜しいのでしょうか⋯⋯。」

彼女の言葉で、自身の失態に気が付いた。


「申し訳ありません。名前すら名乗っていませんでしたね。

私はクレメン・エイザイル。エイザイル帝国の皇太子です。」


私の名前を聞いた彼女が瞬時に身を引いた。

引いた体を強引に引き寄せるが、彼女は私の胸を強く押し戻す。


「お戯れは良くありません。貴族でない私では、貴方様の側にはいられません!」


私から逃げようと、ジタバタ暴れる彼女を無理やり抱き込み、

「私が貴女が良いと決めたのです。この国の令嬢でなくなったのならば、逆に有難いくらいです。皇帝である父上と母上は絶対に反対はしない。」


私は抱き込んだ彼女の瞳を覗き込む。


「私が好いた相手ならば身分は問われない。国に帰れば貴女を養女に希望する貴族で溢れかえるでしょう。大丈夫です。私が守り抜きます。一緒に行ってくれますね?」



彼の瞳にギラリと光る何かを見付けてしまった⋯⋯。

(きっと、この人からは逃げられない⋯⋯。

そもそも今の私には逃げる場所もないけれども。)

私は覚悟を決めるしかなかった。


先程の指先の口付けで、彼が女性慣れしている事が解る。

「連れて行く」

それは、私が彼の何かになるからかしら。


私が彼の正妻となれる訳がない。

公爵令嬢ではない私が皇太子妃や側室などなれる筈がない。


例え愛妾や愛人であったとしても、生きる術がない私には良いのかもしれない……。


でも、婚約者の方に私と同じ気持ちを味合わせる訳にはいかない⋯⋯。


生きる場所は欲しいが、オリビア嬢のような立場にはなりたくない⋯⋯。


私は一人で生きて行く事を決心した。


「大変有難いお話ではあります。」

彼女がそう口にし、私を見据えた。


「私は誰かを傷付けてまで生きたいとは思わないのです。一人でも生きて行く手立てを探します。貴方様に付いていく事はお断り致します。」

彼女が頭を下げるが、意味が解らない。

誰かを傷付けるとは?


「誰を傷付けると?」


彼女に問いかける。

彼女は話しにくそうに、小さな声でとんでもない事を口にした。


「その⋯⋯。私のような者がいれば、婚約者様が悲しみますし不愉快になりますわ。それに⋯⋯私自身、オリビア嬢のような立場にはなりたくないのです⋯⋯。」


彼女の答えに、

「イザベル嬢。私には婚約者はおりませんよ?皇太子だから必ずしも婚約者がいる訳ではありません。私は自分で婚約者を見付けて良いと、両親にも許可を得ています。何故婚約者がいると勘違いを?」


そう話をすると、彼女は驚いている。

確かに皇太子妃になる為の教育は早い方が良いが、帝国は想い人を妻にする者が多い。

理由は、家庭を大切にする方が良い働きをするからだ。

好いた相手を大事にしたいと、仕事や任務に励む。また妻もそんな夫を支える為に家政をきちんと熟すのだ。

皇室とて同じようなものだ。

皇帝と皇后の仲の良さが国の繁栄に繋がる事は、民が一番理解している。


イザベル嬢の勘違いをきちんと正す為に、なぜそう思うのか聞いてみたかった。


「えっと⋯⋯。女性慣れしてらっしゃいますし⋯⋯。その…女性の扱いがお上手でしたので、婚約者様かもしくは恋人様がいるのだと⋯⋯。」

段々声を小さくしながら、話を終えた。

彼女は居心地悪いのか、視線をススーと外して行く。


「女性の扱い。ですか⋯⋯。」

ため息交じりに呟いた。


(女性に触れたのは彼女が初めてなのだが、今それを伝えても納得しないであろう。

まぁ、国に帰れば周りの反応で理解してくれる筈だ。)


「婚約者はいませんし、過去にも恋人はいません。貴女を連れ去る事をするのに、そのような人がいればしませんよ?」

(遊び人を払拭する事は今は出来ないが、不誠実な男では無い事だけは理解してもらいたい。)


「申し訳ありません。」

ポツリと呟いた彼女は、何やら思案しているようだった。

彼女の何がそう悩む事になるのか問いただそうとしたが、扉のノックで会話が終わる。


「帰国の準備を終え、何時でも出立出来ます。」

扉の外から執事が報告する。

「解った。直ぐに出る。」


私は彼女を抱きかかえ、部屋を出た。

二階から降りると、従者や騎士が並び出迎える。

玄関を抜けると帝国の紋章がついた馬車があり、それに彼女を抱えたまま乗り込む。


彼女を席に降ろし、私は隣に腰を降ろした。

「公爵家に大切な物があるならば取りに寄りますよ?」

そう聞いたが、彼女は首を横に振るだけだった。


馬車はゆっくりと進み走り出す。

彼女は王都の街並みを静かに眺めているが、何も感情がない目をしている。

ただ景色を見るように眺めているだけのようだ。


(思い入れの無い国。大切な物が無い邸。彼女の今迄の苦労がこの事で全て解る。)


私は彼女を引き寄せ、抱きしめた。

大丈夫だと伝えたくて。



(彼は想い人も婚約者もいないと言っていたわ。では、私は何の為に連れて行かれるのかしら……。)

イザベルは自分の彼の中の位置づけが解らずにいた。

クレメンはイザベルを婚約者として、未来の皇太子妃として連れて行くのだが肝心なそれを伝えていなかった。

平民となったイザベルは、自身の今の立場を十分理解している。

自分が婚約者になるなど頭の中にないのだ。


(愛妾か愛人か、良くて側室。それでも今の私には十分な贅沢だわ。

平民となった私の扱いはそれ以下かもしれない。でも、この国から出れるのであれば、私の今の立ち位置などどうでも良い気もする⋯⋯。)


イザベルの思考は昨夜からの疲労で上手く働かないでいた。


静かに窓の外を眺めるイザベルを見て、疲れ果てているであろうと勘違いをしたままクレメンは見守る事にした。

この時にクレメンがイザベルを問い詰めていればすれ違う事もなく、道中も穏やかに過ごせたのかもしれない。


帝国に帰るまで幾日も一緒に過ごしたが、クレメンはイザベルの心を掴む事が出来なかった。

イザベルは少しだけ距離を置き、抱きしめると体を強張らせるのだ。


クレメンは焦りと、小さな怒りを心に浮かべながら帝城へと着いたのだった。


彼女を馬車から降ろしエスコートするが、やはり少しの距離を取られる。


苛立ちを抑える事に限界を迎えていた為、イザベルの手を離すといきなり抱きかかえた。

「なっ!お、降ろして下さい!」

ジタバタ暴れる彼女を強く抱きしめ、

「暴れると落ちますよ?」


それだけを伝え、抱きかかえたまま皇帝との謁見に向かう。


イザベルはどこに連れて行かれるのか解らず、オロオロするしかなかった。

まさか着いて早々に皇帝と皇后に謁見するとは思う筈もなかった。


彼の進む先を見ていると、豪奢な扉が見えて来た。

その扉には帝国の紋章が大きく刻まれている。


イザベルは顔を青褪めさせながら、

「まさか⋯⋯。」

ポツリと呟いた。


「そのまさかですよ。」

クレメンがイザベルの呟きに答えた。


イザベルがより一層暴れ、逃げようとする。

が、そのような事を許すはずもなく、扉は開きクレメンはイザベルを皇帝と皇后の前に連れて行った。


前を見ると壇上には皇帝と皇后が座り、こちらを見ている。

イザベルは意識を失いそうな程、顔色が悪い。皇帝や皇后に、きちんと礼をとる事も出来ないからだ。


「皇帝陛下、並びに皇后陛下。ただいま戻りました。」

クレメンが挨拶をする。


イザベルはどうして良いか解らず、両陛下を顔色悪いまま見つめる事しか出来なかった⋯⋯。


「無事の帰国、喜ばしいが。

クレメンよ。抱える令嬢が今にも気を失いそうだが?」


皇帝の言葉にクレメンがイザベルを見ると、顔色がとても白く視線が合わない。


「イザベル嬢。大丈夫ですか?」

クレメンがイザベルの瞳を覗き込むが、焦点が合わない。


ヤバい!

クレメンがそう思った時には遅く、イザベルは自身の不敬と緊張の余り意識を手放した。


クレメンは膝を突き、イザベルの名を何度も呼ぶ。


従者が侍女を連れてきて「令嬢を別室に運び休ませましょう。」

そう説明するが、クレメンは誰一人としてイザベルに指一本触れる事を許さずに拒んだ。


「クレメンよ。令嬢を無理矢理連れてきたのですか?」


皇后は側近に指示を出しながら、クレメンに問いかける。


「国に連れ帰る事は伝えています。私の身分も話しました。」


息子の答えに皇后は眉を上げた。

(皇帝もクレメンも、急ぐ余り肝心な事を伝えない事が多い。ならば、この令嬢は自分がなぜ私達の前に連れて来られたのか、理解出来ていないのかもしれない⋯⋯。)


「令嬢を休ませる為の部屋を用意させました。そこで話を聞きましょう。」

皇后の言葉に、謁見の間を出ると別室に向かった。


部屋に皇帝と皇后が入り、ソファーに座る。対面にクレメンが座るが令嬢を抱えたままだ。

膝に乗せたまま、寝やすいように体制を変えている⋯⋯。


「ベットで休ませなさい。」

皇后が扇子でベットを指すが、クレメンはそんな母親を無視しニッコリ微笑んだ。


「はぁー。」

皇后がため息を大きく吐く。


「令嬢には何と言って連れて来たのです?きちんと婚約者として、未来の皇太子妃として我が国に来て欲しいと伝えたのですよね?!」

皇后の強い口調に、クレメンがハッとなり自身がイザベルに伝えた言葉を思い出す。


(そのような言葉を伝えていない⋯⋯。)


クレメンの様子を見て伝えていないと察した皇后は、

「令嬢の事は、先に来た文にて理解していますよ。王太子妃の教育も終え、王太子の執務までも執り行っていた。ならば、未来の皇后としての資質は十分であり、為人も先程の対面で十分解りました。

挨拶する事も出来ず自身の不敬を恥じ、極度の緊張で倒れたのでしょうね。」


皇后の言葉に、クレメンが強張った表情を浮かべる。


「それに、令嬢を見る限り婚約者として来たのではない。と、理解もしました。

きっと彼女はクレメンとの婚約なと頭に無かった筈です。

令嬢から断られる事も覚悟なさい!」


皇后の言葉を聞き、イザベルが何故あんなにも道中ずっと距離を取っていたのかを理解した。


「彼女にはきちんと説明します。」

クレメンの言葉に皇后は呆れた顔をする。


「私達にきちんと礼をとる事も出来ず、面前で気を失う失態をしてしまった彼女が、クレメン如きの説明で納得するとでも?

彼女は筆頭公爵家の令嬢であり、王太子の婚約者だったのです。誇りを傷付けたお前の説明で納得するのかしらね?!」


皇后の話す内容は最もであり、自身が失態をしてしまった事をクレメンは自覚する。

彼女をこの様な姿にしてしまったのは、クレメンなのだと。

イザベルに対する申し訳なさに、胸が潰れそうだった……。


腕に抱えるイザベルをクレメンは泣きそうな顔で見つめ続ける。


((この令嬢を愛したか⋯⋯。))


皇帝と皇后はクレメンの姿に、本気で彼女を愛しているのだと感じとった。


「クレメンよ。令嬢にきちんと詫び、言葉を惜しまず伝えなさい。わたしも言葉や説明が足りぬと皇后によく叱られるのだよ?」

皇帝は苦笑いでクレメンに伝えた。


「本当にそっくりです事。」

皇后は呆れた顔と声で二人に言葉を放った。


「クレメン。貴方は彼女を愛していますか?」

皇后の問いに、クレメンは深く頷いた。


「彼女を愛しています。出会って間もないのは解っています。ですが、手放したくありません。

彼女の瞳を見た時には、もう彼女に溺れていました。こんな感情は生まれて初めてです。私だけのものであって欲しいと⋯⋯。」

クレメンは正直に皇帝と皇后に胸のうちを話した。


「解りました。暫く二人を見守る事にしましょう。彼女には礼を尽くし、正直に気持ちを伝えなさい。彼女はきっとクレメンの気持ちを理解してくれます。

ですが⋯⋯。理解する事と受け入れる事は違う事を覚えおきなさい。」


皇后がそれだけ伝えると、皇帝を連れ部屋を出て行った。


(受け入れてもらえるまで、気持ちを伝え続けよう⋯⋯。)


クレメンは腕の中で眠るイザベルを暫く眺めると、ベットに運び眠らせた。


気を失い眠るイザベルは、目覚めて早々にクレメンから謝罪をされ沢山の愛の言葉を伝えられる事をまだ知らない⋯⋯。



✿✿✿✿



アイマー王国の王太子である私の婚約者は、大陸一美しいと言われる令嬢だった。


幼いながらも彼女の笑顔はとても可愛らしく、所作も美しい彼女は誰をも魅了した。

笑わないで欲しいと思う時も度々あり、イザベルにそう伝えた事もあった⋯⋯。


だが、私の言葉で笑わなくなるなんて思いもしない。

私以外に微笑みかけないで欲しかっただけであり、笑顔を捨てろとは言っていないのだ。

彼女の意思で笑わないのかは解らないが、微笑みすら浮かべない。

そんな婚約者を少しずつ疎ましく感じるようになった……。


学園に入る前の交流会でオリビア嬢と知り合った。

彼女の笑顔は昔のイザベルのように可愛らしかった。

笑顔でいつも私の話を聞き、楽しませてくれる彼女に直ぐに好意を持った。


だが、私には婚約者がいる。

オリビア嬢と仲を深めるが、イザベルを忘れる事は一度も無かった。

昔のイザベルを知る私は、簡単にはイザベルへの想いを消せずにいた。


私は笑わなくなってしまったが、イザベルを好きだったのだ。

何か理由があるのだろうと思いつつも、オリビア嬢への好意も消せずにいた⋯⋯。


学園に入り、イザベルともう一度だけ婚約者として過ごしてみようと考えていた。

なのに蓋を開ければイザベルは学園に通っていない。

公爵家に聞いても、知らないとの返答が来た。


イザベルと連絡手段が無い事に気が付いたが、この先どうするのか考える事すら億劫になっていた。


周囲からもイザベルとの婚約を解消し、新たにオリビア嬢を婚約者に据えれば⋯⋯。

そんな話も出て来た。


オリビア嬢も私との婚約を望んでくれている。


私は次の夜会で、ある決意をする。

イザベルが夜会に共に行ってくれるならば、婚約を続ける。

断るのならば婚約を解消する。

と、自身の中で賭けたのだ。



✿✿✿



私の姉のイザベルは、とても美しく聡明で優しい女性。


そう社交界では言われていた。


今は家族にも婚約者にも疎まれている。

家族は私を溺愛し、姉をいない者扱い。

姉の婚約者は浮気をし、姉を放置している。


ざまぁみろ。


私は姉が大っ嫌いだ。

物心ついてから、ずっと姉と比べられ生きてきた。

姉さえいなければ⋯⋯。

ずっと、ずーっとそう願っていた。

いつか姉を蹴落としてやる⋯⋯。

私はそれだけを毎日願っていた。


その機会は姉が王太子殿下と婚約して直ぐにやってきた。


公爵家の宝物庫に、母から頼まれた宝飾品を取りに行った時だった。

ふと、ピンクの液体の入った小瓶が目に入る。それを手に取り見てみると、キラキラした液体だが入っていた。

小さな紙には、説明書きがされている。


【この液体を飲み望みを口にすると、言霊の魔術が発動する。その祈りは必ず成就される。】

そう書かれていた。


私は姉を貶める為に使えないか⋯⋯。

そう考え、小瓶と説明書きをポッケに入れた。


私は小瓶をお守りのように感じ、肌身はなさず持っていた。


イザベルに会いに我が家に訪れた殿下が、

「イザベルの笑顔を封じれれば⋯⋯。」

そう呟いたのを耳にした。


これは絶好の好機だと感じた私は、殿下にこっそり小瓶を渡した。


「姉の笑顔を封じれますよ。」

殿下にそう囁いた。


説明書きは渡さず、その場で読んでもらい返して貰った。小瓶も空になったら返して貰う約束もした。


殿下は一瞬悩んたが、小瓶を握りしめ帰って行った。


暫くすると私の手元に、小瓶だけが返って来た⋯⋯。


本物であれば、姉は笑えなくなる。

そうなれば周りはどう変わるのか⋯⋯。ワクワクが止まらなかった。


暫くすると、笑わなくなった姉からは徐々に人が離れて行った。

両親もいつしか私だけを可愛がるようになり、姉を疎み始めた。

王太子殿下も姉に会う頻度も減り、学園に入る前からオリビア様と仲睦まじくしている。


いくら美しかろうと、殿下の婚約者であろうと、今の姉の惨めさを心の中で笑ってやった。


殿下からのお茶会や夜会のお誘いの文を全て捨てたのは私。

姉が王太子殿下から捨てられる見世物を楽しみながら、晴れやかな気持ちで見物した。


これで私の心はやっと穏やかになる。

大嫌いな姉がいなくなり、わたしは幸せになれる。


そう思っていたのだ⋯⋯。



✿✿



伯爵令嬢の私が、殿下の恋人となり殿下の婚約者を押しのけて新たな婚約者となった。

公爵令嬢であり美しいイザベル様を下に見て、殿下から言い渡される婚約破棄を眺めるなんて、爽快としか言いようがない。


幼い頃、イザベル様の劣化版と言われていた事は、一生忘れはしない。


その劣化版が本物に勝ったのだ。

酔いしれるには十分だった。


今夜は殿下の婚約者となってからの初めての夜会。

殿下に優しくエスコートされ、沢山の貴族からも祝福を受けた。

高位貴族ですら、私に媚を売る。

心地よい気持ちに浸っていると、他国の使者の方々から次々と挨拶を受けた。


私は異国の言葉は余り解らない。

殆どが聞き取れずにいた。でも殿下がいるのだから大丈夫!と、微笑みながら殿下に視線を向けると殿下の顔か強張っていた。


殿下と使者の会話が通じあっていないのは、会話の様子で何となく解った。

使者が呆れ顔で一瞬だが視線を殿下に向けたからだ⋯⋯。


時折、「イザベル」

その名前が使者の方々から出てくる。

不愉快ではあるが、使者に失礼は出来ない為に黙って聞くしかなかった。


言葉を口にしない私と殿下を、使者達は早々に見捨て夜会から退席してしまった。

その様子を見ていた貴族達が、話の種にし会話を弾ませていく……。


私は居心地悪く夜会を退席した。

会場を抜けると、殿下が追いかけて来てくれた。


「なぜ私の補佐をしないのだ!!」


私を心配し、追いかけてくれた!

そう喜んでいた私にかけられた声は、私を非難する言葉だった。


「なぜ私が殿下の補佐をするのです?私は他国語は話せませんよ?殿下こそ国を背負う方です。他国語くらい話せて当然では?」


非難された私は苛立ち、殿下に嫌味を返した。


「私は他国語が苦手なのだ。イザベルは私を立て影から通訳をしてくれていた。オリビアとの付き合いの中でも、ちゃんと説明したはずだ。貴女は他国語は得意だから大丈夫だと。そう言ったではないか!」


(私を婚約者にしたのは、他国語が出来る前提があったからとしか受け取れない……。)


「他国語は書く事は得意です。ですが、会話を得意とは申していませんよ?私が他国語が出来なければ婚約しなかった様に聞こえますが。そうなのですか?」


私が殿下にそう問いかけると、プイっと顔を反らしそのまま立ち去ってしまった⋯⋯。


(嘘でしょ?否定しないの?)


私は呆然としたまま、立ち去る殿下の背中を見つめていた⋯⋯。




「はぁー……。」


イザベルと婚約破棄をしてから、何もかもが上手く行かない⋯⋯。


オリビアとの仲も少し冷えて来て、最近は会えていない⋯⋯。

執務が多過ぎて、学園には午後からしか通えないからだ。

最近は執務の量が増え、学園から帰ってからも執務をしている。


王太子の仕事だと言われれば、やるしかなかった。


だが、オリビアとの仲が冷える程の執務の量に限界が来た。


「こんな量を熟していては、学園に通えないだろうっ!!」

書類を持って来ていた宰相に抗議をした。


「そうですよ。だからイザベル様は学園に通う事すら出来なかったのですよ?

殿下がオリビア嬢と遊び呆けている時間があったのも、全てイザベル様が執務を熟されていたからです。今更何を仰るのか⋯⋯。」

宰相は呆れ顔で私に説明をするが、そんな話を聞いた事のない私は信じられないでいた。


「イザベルは自分が学園に行きたくないから行かなかったのであろう?私がイザベルではない女性といるのを見るのが辛くて、学園に通っていないと⋯⋯。そう聞いているが?」


私は宰相に、そう問いかけた。

私の言葉を聞き、宰相は大きなため息を吐いた。


「イザベル様が殿下達に、嫉妬していたとでも言いたいのですか?

それこそ、あり得ませんよ。イザベル様はただ、婚約者としての役目を果たしていたに過ぎませんから。」


私は宰相からの答えに、ショックで呆然となった。

椅子にドサリと座り、頭を抱えた。


(イザベルは学園に来なかったのてはなく、来れなかったと?私との婚約が役目でしかないと。ずっとそう思っていたのか⋯⋯?)


「婚約者がいながら他所に目を向け、自分を蔑ろにする相手を好きになるとでも?

笑わないからと、何も事情も聞かず支えもせず自分の欲望を満たすだけの相手に、好意などある訳ないでしょう?アーネス兄上。」


そう言い放ったのは、義弟のキースリルだ。

一つ下のキースリルが執務室の扉にもたれ掛かり、そう言い放った。


「イザベル様がどれだけこの部屋で仕事をしていたか、私は知っています。勿論、宰相達もね。兄上達が遊び呆けている間、一人この部屋で執務をするイザベル様を助けていたのですから。

今の兄上の仕事は、イザベル様がしていた仕事の半分もありませんよ?

王太子の仕事に加え、王妃様の仕事をイザベル様は熟していたのですからね。」


アーネスはキースリルの言葉に引っかかる。

「なぜ母上が出てくるのだ?」


キースリルはため息を吐きながら、私の前までやって来た。


「可愛い息子に新たな恋人が出来た。

可愛い息子とその令嬢が一緒にいる為には、イザベル様が邪魔になる。

ならば、仕事を与え学園に通わせなければ良い。そう両陛下は考え、イザベル様をこの執務室に縛り付けた。

王妃様に愛されてますねー?兄上?!」


嫌味満載で伝えられ、カッとなるが宰相の次の言葉に青褪める。


「キースリル殿下と、私達大臣達がアーネス殿下に何も言わなかったのは、イザベル様とアーネス殿下との婚約の解消を私達が待ち望んでいたからですよ?

自身の役目の為だと、冷遇されながらも殿下に尽くし国に尽くす令嬢を見て、幸せになって貰いたい。

そう願う事は罪ではありません。そう思わせる殿下達に問題があるのです。」


(私を思って何も言わなかったのではなく、イザベルを思って何も言わなかったのだと⋯⋯。それに冷遇されていたと。)


「冷遇までした覚えは無いが⋯⋯。」

私がポツリと呟く。


「そこからですか?兄上がオリビア嬢と浮気を始めた辺りから、社交界ではイザベル嬢に直接侮辱の言葉が投げかけられていましたよ。

それに、公爵家はイザベル様を切り捨てていました。兄上の婚約者だから、公爵家にいられたのです。

婚約破棄をしたあの夜会の時には、イザベル様は既に公爵家から籍を外されていましたからね。」


キースリルの話を聞き、

「嘘だ⋯⋯。」

(イザベルが⋯⋯。そんな状況だったなんて。誰からも聞いていない……。)


「イザベル様を養女にしたい大臣達は沢山いましたから、公爵家から籍を抜かれても別に良かったのです。私達が助ける予定でしたから。ですが、イザベル様は既に別の幸せを見付けられたので私達はただ見守る事にしました。」

宰相の話を聞いても、何も言い返せなかった。


周りがお膳立てしたとは言え、決断したのは私自身。

全て自業自得であると理解した。


私がイザベルときちんと向き合い話をしていれば、何かが今とは違ったのだろうか。

笑わないだけで、彼女は完璧な婚約者だったのだ。


イザベルがいなくなってからは、オリビアの出来の悪さが次々と露呈していく。

イザベルという婚約者がいたから、私に好かれたく可愛らしい令嬢の演技をしていたようだ⋯⋯。

最近のオリビアは、イザベルには無かった散財や我が儘が酷くなる一方だったのだ。


オリビアは、イザベルを破棄という形で捨ててまで手にした令嬢なのだ。

再び婚約解消など出来るはずもない⋯⋯。


イザベルとの婚約時代を思い出せば思い出す程に、イザベルがどれだけ婚約者として、未来の王太子妃として相応しかったのかが解る。

オリビアでは王太子妃になどなれる筈がない。そう痛感する。


今、この時に気が付いたとて、全て手遅れなのだが⋯⋯。


イザベルの事、自身の事を考えている間に執務室からは人がいなくなっていた。


(私はこれからどうなるのか⋯⋯。)

先の見えない不安を抱え、残された執務を熟すしかなかった⋯⋯。



❀✿❀✿



イザベル嬢とアーネス殿下の婚約破棄の夜会から一年が経ち、ようやくアーネス殿下とオリビア嬢の正式なお披露目の夜会が開催される。


国内では二人の婚約は周知されていたが、他国への正式な婚約は発表されてはいなかったのだ。


オリビア嬢の教育に時間がかかり、お披露目出来る日が先延ばしされていた。

イザベル嬢と変わらぬ知識の令嬢だと話があったのだが。

実際は普通の貴族令嬢であり、高位貴族の所作すら知らなかったのだ……。


夜会の会場は国の貴族が沢山参加し、二人の婚約を祝福していた。


祝福するしかなかった。

が、貴族達の本音であった。


会場にいる者は自分達がイザベルを虐げていた事実を忘れ、オリビア嬢の出来の悪さを嘲笑っていたのだ。


アーネス殿下とオリビア嬢が会場入りし、両陛下とキースリル殿下が次に会場入りした。


貴族達は礼をとり、陛下の言葉を待った。


「楽にせよ。今宵、アーネスとオリビア嬢の婚約を対外的にも正式に公表する。」


陛下の言葉を受け、会場中が湧き上がる。

祝福の言葉を送られるアーネス殿下とオリビア嬢は、ようやく安堵の笑顔を見せた。


この一年、少しだけ冷めた関係を二人は修復し始めていたのだ。


アーネス殿下とオリビア嬢のダンスが披露され、各貴族達が殿下達に挨拶しようとしたその時、会場に何者かの到着を知らせる声が響き渡った。


「エイザイル帝国より使者の方がご到着されました。

エイザイル帝国皇太子クレメン様。婚約者のイザベル様のご入場です。」


会場がエイザイル帝国からの祝いの使者に湧き上がったが、「イザベル」の言葉に一瞬にして沈黙となった⋯⋯。

イザベルとは、あのイザベルなのかと……


会場の扉が開き、美しい二人の男女の姿が現れた。


皇太子は銀髪で青い瞳の背の高い美丈夫だ。

イザベルは黒髪をハーフアップにし、以前よりも美しさを増した姿で現れたのだ。


クレメンが宝物を扱うかのように、イザベルをエスコートしている。

クレメンのイザベルを見つめる瞳は愛情に溢れていて、イザベルを大切にしている事が見ていて解る……。


イザベルもまた、愛しい人を見るように紅い瞳をクレメンに向け小さく微笑んだ⋯⋯。


((微笑んだっ!!))


会場中が息をのむ。

一年前まで笑わない令嬢と蔑まれていたイザベルが、美しく微笑んだのだ。


幼い頃のイザベルを知る者は思い出す。

彼女は誰をも魅了する笑顔の持ち主だった事を⋯⋯。


クレメンにエスコートされたまま、イザベルはアーネス殿下とオリビア嬢の前までやって来た。


クレメンは胸に手をあて、軽く一礼する。

イザベルはカーテシーをし、殿下に礼をとる。


イザベルのカーテシーを見た貴族達は、その美しい所作に再び息をのむ。


「アーネス殿下とオリビア嬢の婚約、おめでとうございます。今宵はエイザイル帝国の使者として、祝福を伝えるべく二人で参加を致しました。」

クレメンがアーネスに祝福を伝える。


アーネスはクレメンの言葉など、全く耳に入っていない。

先程のイザベルの美しい笑みに、見惚れたままなのだ。

イザベルはアーネスの視線を受け、困った顔でまた笑った。


会場中の者が ((可愛い⋯⋯。))

そう心の中で呟いていた。


見惚れて微動だにしないアーネスに気が付いたオリビアが、先に挨拶をする。


「クレメン様。イザベル様。祝福をありがとうございます。」


広間にいた貴族達が息を飲み、固まってしまう……。


オリビア嬢がアーネス殿下よりも先に挨拶をしてしまった。

オリビア嬢はただの婚約者でしかなく、王族ではない。

オリビア嬢がアーネス殿下より先に挨拶をする事は、相手にこの国の王族が挨拶をする価値は貴方には無い。

そう言った事になる⋯⋯。


((そんな事も知らない令嬢が、未来の王太子妃とは……。))


オリビア嬢の帝国への無礼の行方がどうなるのか……。

その行方を見届けようと、会場は静まり返る。



((アーネス殿下とオリビア嬢では、この国は駄目になる。))

一方で一部の高位貴族や大臣達が、完全に二人を見放した瞬間でもあった。


呆けていたアーネスはオリビアが先に挨拶をした事で我に返るが遅かった⋯⋯。


クレメンは苦笑いをし、イザベルも困った顔でアーネスを見つめた。


「申し訳ない。先程のオリビアの挨拶を訂正させて頂きます。私の不手際により、不愉快にさせた事をお詫び致します。」


アーネスがクレメンに謝罪をした。

オリビアが顔を真っ赤にし、アーネスに詰め寄ろうとするがキースリルに腕を引かれ、従者によって会場から出されてしまった。


格上の帝国に喧嘩を売ったのも同然なのだ。


「まだ教育が行き届いてないだけでしょう。間違いは誰でも犯します。気にしないで下さい。」

クレメンが許した事により、会場はホッと安堵の息を吐いた。


「クレメン殿、イザベル様。お久しぶりです。」

キースリルが礼をとり、二人に声をかけた。


「キースリル!久し振りだね。また我が国に遊びに来てくれると妹が喜ぶよ。」

クレメンがキースリルに気軽に声をかけている。


隣に立つアーネスは驚いている。

「キースリル。いつの間に皇太子殿下と知り合いになったのだ!」


キースリルに詰め寄るアーネスだが、

「いつの間に。ね⋯⋯。」

アーネスがため息と共にアーネスに話す。


「あの夜会の日。イザベル様が会場を出られて、公爵家からの除籍の話を聞きました。

帰る家のないイザベル様を心配し、探しましたから。

クレメン殿が保護して帝国へと共に向かわれたのを確認した為、クレメン殿へ文を送りイザベル様が落ち着かれるまで待ちました。クレメン殿から許可を頂き会いに行きましたので、その時からですかね?」


ジト目を向け、アーネスに話す。

騒ぎを聞きつけた両陛下がアーネスの後ろに来た事をキースリルは確認し、再び口を開いた。


「兄上はあの婚約破棄をした夜会の日、イザベル様の身の上がどうなるかすら考えなかった。

それは、両陛下も同様です。

公爵家と言えど、王族からしてみれば一貴族にしかすぎない。王族から解消ではなく、破棄を言い渡された令嬢が何事もなく過ごせると思っていたのですか?

そんな事すら考えに至らないのであれば、国を担う者として失格ですよ?!」


キースリルの言葉にカッとなったのは、アーネスではなく王妃だった。


「キースリル!側室の子の分際でよくも王太子に向かってそのような口を聞けたな!!」

王妃は歩み寄ると高く右手を上げ、キースリルを扇子で打った。


だが、キースリルが打たれる事はなかった⋯⋯。

イザベルがキースリルを庇い、抱きしめていたからだ。王妃の扇子はイザベルの背中を打ったのだ。

王妃の扇子は宝石がはめ込まれており、扇としては使わないお飾りで鉄扇なのだ。


鉄扇で打たれたイザベルは痛みに震えていた⋯⋯。

背中の開いたドレスには、血が流れていく。


「イザベル様!」

キースリルが抱きしめるイザベルの手を解き、床に座らせた。


宰相が直ぐ様かけより、傷を見る。

近くの補佐に指示を出し医師を呼び付け処置をさせる。


王妃はイザベルの背中に流る血を見て、顔色を悪くし立ち尽くしていた。

「私は悪くない⋯⋯。勝手に庇ったイザベルが悪いのよ⋯⋯。」

そう呟いた。


膝を突き、イザベルの容体を確認していたクレメンが立ち上がった。

ゆっくりと振り返り、怒りの表情で両陛下を見据える。


「王妃よ。使者の口上を聞いていなかったのか?イザベルだと?

たかが一王国の王妃である貴様が、私の婚約者であるイザベルを敬称もなしに呼ぶだと?しかも怪我を負わせたにも関わらず、謝罪の一つもないとはなっ!!」


クレメンの瞳は、怒りに燃えていた。


「この国は腐っている!この場にいる貴族達、お前達もだ!

王太子の婚約者を見下げ嘲笑う者達しかいない。まともな貴族は、この国には少ないようだ⋯⋯。

王太子の浮気を咎めず正当化し、国の為に尽くすイザベルを虐げ続けた。王太子が浮気をしている間、執務を執り行っていたのは誰か。学園に通えない程の仕事量を押し付けていたのは、誰なのか。」


クレメンは両陛下に厳しい視線を向けた。


「私が何も知らないとでも?」


クレメンから向けられる視線の圧に、両陛下の顔色はどんどん青褪めていく。


「自身の息子の浮気を正当化させる為に、大量の執務をイザベルにさせ、学園に通えないように仕向けたな。否定しても無駄だ。各国に送られた書簡の筆跡を調べ上げている。王妃の筆跡ではなく、全てイザベルの筆跡であると確認済みだ。」


クレメンの話を聞き、広間の貴族達から王妃に対して非難の声があがる。

たが、貴族達の声をクレメンは無視して話を続ける。

アーネスに視線をやると、アーネスの肩がビクリと跳ねた。


「貴方は覚えていないのか?イザベルが笑えなくなったのは、貴方のせいですよ?

貴方が言霊の魔術を使い、イザベルの笑顔を封じたのですよ!」


クレメンの言葉に、会場は大きくざわついた。


イザベルの笑顔を奪ったのが婚約者である王太子本人でありながら、笑わない事を理由に婚約者を捨てたのだから。

王太子の行動の意味が理解出来ず、貴族達はざわめきあった。


一方のアーネスはそんな事をした覚えが無かった。

覚えが無いのではない。記憶にないのだ。


魔術を使ったが子供騙しだと決めつけ、魔術の効果を信用していなかった為に記憶に残っていなかったのだ。


「誰かに淡いピンクの液体を渡されませんでしたか?」


クレメンの言葉に、ハッと思い出す。


「イザベル嬢の妹のセシーリア嬢に渡された記憶がある⋯⋯。あるが、あんな物で笑顔を奪ったと言うのか!?」


アーネスは魔術を信じてはいなかった。


「あの液体は、我が国の筆頭魔術師が贈った物と記録にある。長く生きる筆頭魔術師は、公爵家の数代前の当主にお礼の品として幾つもの魔道具を贈ったと。そう言っていた。」


帝国の筆頭魔術師は、この世界に君臨する大陸一の魔術師である。


「セシーリア公爵令嬢!出て来い!」


クレメンの怒りの声が会場に響き渡る。


セシーリアの周りからは人が離れ、セシーリアと公爵夫妻がポツンと会場に現れた。


「セシーリアよ。私がそなたを敬称付けで呼ぶ事はない。

お前はずっと姉であるイザベルを憎んでいたな?お前が王太子を使い、姉を貶めた事は調べ上げている。

王太子からの茶会や夜会の招待状を全て破棄し、王太子からのイザベルへの問いにも全てお前が返答していた事も知っている。」


クレメンの話は、イザベルも初耳であった。


処置を受けキースリルや宰相達に守られているイザベルを、セシーリアは睨みつけていた。


キースリルに支えられ、儚く座る美しい姉が目の前にいる。

キースリルが寄り添い並ぶ姿に怒りを抑えられず、セシーリアは扇子を折ってしまう⋯⋯。


「キースリルがイザベルを構うのが疎ましいか?キースリルがイザベルを慕うことに嫉妬するのか?」


セシーリアは、クレメンの言葉に心の内を暴かれ顔面蒼白になって行く⋯⋯。

そう……。セシーリアは密かにキースリルを慕っていたのだ。


「姉を嫌うお前が言霊の小瓶を王太子に渡したのは解っている。お前の部屋から瓶と魔術師が書いた説明書きが出て来たからな。」


そう言葉を発すると、クレメンの隣に淡い光と共にフードを深く被る魔術師が現れた。

魔術師が空の小瓶と紙をクレメンに渡す。


「この文と瓶から、私の魔力を感知しました。確かに私が作り渡した物です。」

彼が話す内容で、フードの魔術師が筆頭魔術師であると解った。


「イザベルが社交界で嘲笑われ、家族からも婚約者からも疎まれる様は楽しかったか?

婚約破棄の見世物はさそがし楽しめたのであろうな。だがな、お前の魂も魔力も酷く汚く穢れている。

お前はとても醜いな⋯⋯。」


セシーリアは姉が疎まれてからは、蝶よ花よと育てられた。筆頭公爵令嬢となり、周りからも敬われて来たのだ。


クレメンの言葉に反論しようとするが、それを遮りアーネスが叫んだ。


「セシーリア!お前のせいなのかっ!」

アーネスは、怒りの籠った眼差しでセシーリアを睨みつける。


「私の責任ですか?殿下が実行しなければ良かっただけでは?」

セシーリアはアーネスに馬鹿にした視線を向けた。

二人の言い争いが始まりそうな時。


「もう良いのです!」


会場に響くその声はイザベルの声だった。

全員の視線がイザベルに向けられる。


「誰が何を思い、何を企んだのかなど知りたくもありません。過去の事を今更言い募って何になるのです?

これからどのような未来になろうと、全て自身で考え行動にした結果に過ぎません。」


冷静な声で、そう伝える。


「そうだね。全て自身で招いた結果だな。」


クレメンが優しく囁き、イザベルに手を差し出す。

イザベルは手を取り立ち上がり、キースリルと宰相達に微笑みを向けお礼を伝える。


「キースリル様。宰相様。この国で私を支えて下さった事を私はクレメンから聞かされるまで知りませんでした。

申し訳なく思いますが、あの再会の場で伝える事が出来なかった感謝の気持ちを伝えたいと思います。ありがとうございました。」


ふわりと微笑み感謝を伝えるイザベル。


アーネスはずっと見たかったイザベルの輝く笑顔を、ようやく目にする事が出来た。


会場にひっそりと戻されていたオリビアだったが、イザベルの微笑みとアーネスのイザベルに向ける熱い視線に何も言えずに、ただ立ち尽くしていた⋯⋯。


(アーネス様がイザベル様と婚約を続けていたのは、イザベル様に好意があったからなのだわ。あの笑顔を知っていたから、私との婚約に二の足を踏んでいたのね⋯⋯。)


オリビアはイザベルを前に、アーネスの本心を知る事となった。


「さて。祝いの言葉は伝えた。我々は国に帰ります。今の王家では帝国との縁は無いと思って頂こう。これは皇帝陛下からのお言葉だ。」


そう言うと、キースリルと宰相達に軽く一礼をしイザベルを連れ歩き始めた。


「イザベル!貴女は公爵家を見捨てるのですか!」

そう叫ぶのは公爵夫人だった。


イザベルが夫人を見るが、笑みもないまま夫人に答える。


「見捨てるとは?先に私を見捨てたのは、公爵夫妻ですわ。」


感情の無い声と表情でそう言い放ち、クレメンと共に会場を去っていった。


残された者達は先程のクレメンの言葉に不安しか持てなかった。

帝国から見放されれば、この国は終わりを迎えるしかないのだ。


会場は静まり返り、誰かが口を開くのを待っていた。


「今宵の夜会は終わりです。明日の早朝から議会を開きます。

議題は、両陛下の退陣と王太子の変更となります。異議申し立ては受け付けぬ!議会で既に結審された事である!!」


宰相が口を開いたが、内容が内容なのだ。

誰も口を開けない。


宰相が近衛に手で合図をすると、事前に知らされていたのか両陛下とアーネス殿下、オリビア嬢が連れ出された。


喚き散らすかと思われたが、放心状態の四人はされるがままに連れて行かれた。


「皆もイザベル様にした仕打ちを忘れたとは言わせぬ!!過去の事、全て調べ上げている。それぞれに処罰があるものと心得よっ!」

宰相が強く言い放ち、その場を後にする。


キースリルも立ち去ろうとしたが、セシーリアの前で立ち止まる。


セシーリアはキースリルが近くに来た事に頬を染め、甘える視線を向けた。

だが、キースリルは顔色を変える事なく。


「私がこの世で一番嫌いな人物は、イザベル様を虐げた者です。特にセシーリア嬢。貴女が一番嫌いです。貴女の顔を二度と見たくない程にね。」


軽蔑の視線を向け、セシーリアの前から立ち去った。


セシーリアは何を言われたのか理解するまで暫く時間がかかった。

キースリルから拒絶された事を理解すると、泣き喚きその場に崩れ落ちた。


泣き喚く娘を慰める事のない公爵夫妻は、ただ自身のこの先しか頭に無かった。


今宵の夜会は大波乱となり、騒がしいままお開きとなった。



❀✿


翌日の議会は既に全てが結審されており、提出された案はそのまま通された。



・両陛下は退陣の上北の離宮にて生涯幽閉となる。


・アーネス殿下とオリビア嬢の婚約は継続となるが、伯爵位を与え王族からは籍を抜かれる。


・アーネス殿下とオリビア嬢の子供やその子孫には王位継承権は与えられない。


・イザベル様の生家であるギアリー公爵家は子爵まで降格となる。

異議申し立てをすれば、即刻爵位を剥奪する。


・イザベル様を虐げた者には、それぞれ処罰を通達する。


この五つが貴族に通達されると同時に、民にも通達された。


そして帝国にも事の結末がキースリルによって伝えられた。


「そう⋯⋯。」

書面を見たイザベルが一言漏らした。


「イザベル。これで良かったのですか?手酷く処罰も出来ますよ?」

クレメンの言葉にイザベルが首を振る。


「これで良いのです。これ以上の処罰は国が乱れてしまいます。国が乱れ困るのは何も知らない関係の無い民なのです。」


イザベルがそう口にする。

イザベルはこの処罰をもって、王国での過去に区切りをつけたのだ。


クレメンとキースリル達がこれからの話をする中、ゆっくり目を閉じたイザベルは帝国に来てからを思い返していた……。



イザベルは皇帝陛下の前で気を失う失態を犯した自分を酷く責め、目覚めたその足で皇居を逃げ出した。

いなくなったイザベルをクレメンは大慌てで探し、見つけ出したクレメンはイザベルに土下座をし国に連れて来た経緯を全て伝えた。


「たった数日しか知らない貴女を愛してしまいました。私の言葉に信用ならないのは解っています。ですが、私を知り私の想いを見て結論を出して貰いたい。暫くで良いのです。私を見て下さいませんか?」


帝国の皇太子に土下座の懇願をされ、断れるはずも無く頷くしかなかったイザベル。


それからのクレメンは、イザベルに愛情を伝え行動し大切に大切に宝物のように扱う毎日を繰り返す。


誰かに愛され大切にされたかった幼き少女時代の願望を、心の内に秘めていたイザベル。

その秘めた思いに、クレメンの真摯な気持ちが届いたのは半年を過ぎた頃であった。


キースリルと宰相が共にイザベルへの面会に訪れた際、クレメンが側に寄り添ってくれた。


キースリル達が口を開く前に、事の内情を調べ上げていたクレメンが話を始めたのだ。


「貴方がたがイザベル嬢を陰ながら支えていたのを知っています。執務を請け負い、夜会ではイザベル嬢へ手酷く扱う貴族を追いやり、イザベル嬢を支え守っていた事をね⋯⋯。」


クレメンの話に、イザベルが信じられなとばかりにキースリル達に視線を向けた。

苦笑いしながら、キースリルが口を開いた。


「イザベル様が驚かれるのも無理はありませんね。私達は表立って助けていた訳ではありませんでしたし。

私達はイザベル様が兄上との婚約が無くなる事を、ただひたすら願っていましたから。」


申し訳なさそうな顔で、キースリルはイザベルへ伝えた。

イザベルは会話の内容が全く理解出来ずに小さな口をポカンと開けていた。


クレメンがそんな可愛らしい彼女の口元に指をツンとし、彼女の口を閉じさせた。

イザベルは恥ずかしくなり顔を赤くする。


キースリルも宰相も、こんなに表情豊かなイザベルを見るのは幼き頃に見て以来だった。


「私達はイザベル様がどれだけ兄上や国に尽くしてくれていたかを知っています。そんなイザベル様を邪険に扱う兄上や両陛下では、国に未来は無いと密かに有志を募っていたのです。

殆どの大臣や、高位貴族の一部は賛同してくれました。

イザベル様はずっと辛い立場に身を置く事になってしまいましたが、あの婚約破棄の後は幾つもの貴族がイザベル様を養女に迎えたいと話があったのです。」


キースリルの話を聞く限り、私は一人ぼっちではなかったと⋯⋯。

あの冷たく辛い王宮で見守っていてくれたと⋯⋯。


イザベルは感情の制御が出来ずに、とうとう涙を零した。


「イザベル嬢。真実を知るのが遅過ぎたかもしれませんが、貴女はちゃんと愛されていましたよ?その事を知る事により、貴女の未来はきっと変わりますよ?」


背中を擦りながら、クレメンがイザベルに声をかけた。


「はい。キースリル様や皆さまに大切にされていた事を知り、私の悲しみが薄れるのが解ります。」


泣き顔で少しだけ嬉しそうに語るイザベルは、まさしく天使であった。

いや、女神だろうか⋯⋯。

それ程に美しい微笑みを浮かべていたのだ。


クレメンは我慢ならず、イザベルをきつく抱きしめた。

「貴女への愛を理解してくれる日が来る事を、ずっと祈り続けますよ。」

イザベルの耳元で囁く声色は甘く優しく、イザベルの心にストンと落ちてきた。


「クレメン様。私は貴方様を好きなようですわ。」


ふと囁いたイザベルの言葉を聞いたクレメンだが、目を見開いたまま固まってしまう。


「クレメン様?」

イザベルがクレメンの様子を伺うように顔を覗き込むと、クレメンの瞳は涙が溢れそうになっていた。

慌てるイザベルを再び抱き込み、

「イザベル嬢。愛しています。」


そう囁くと、暫く二人は抱きしめあっていた。


「コホン」

とても小さな咳払いをした宰相だが、話が終わらければ退室出来ないのだ。

二人の邪魔をしたくはなかったが、邪魔をする以外に手立てがなかったのも仕方ない事だった。


「申し訳ない。それで、肝心な話とは?」

クレメンはイザベルを腕から離し、キースリル達に向き直った。


「我が国はこのままでは衰退するしか道がない。私利私欲を優先する両陛下やその側近達を排除しなければ、民が被害を被る。

両陛下は執務を熟さず、陛下は女遊びに明け暮れ王妃は散財ばかり。これを繰り返していけば、国庫も尽きてしまう。

兄上もあんなんだし⋯⋯。」


キースリルは「はぁー。」

と、大きなため息を吐いた。


「キースリル殿は、王太子になるつもりがあるか?」

クレメンが少し考えた後、キースリルに問いかけた。


「両陛下や兄上に任せるくらいなら、私がなる覚悟でいます。

イザベル嬢の執務で仕上げた書類は、全て頭に叩き込んでありますし?」

キースリルが少しだけ、自慢気に答えた。


「そうか⋯⋯。キースリル殿が王太子となり、後に国を担うのならば帝国としては悪くない。」

クレメンは顎に手をやり、何やら思案している。


「因みにだが、キースリル殿に婚約者はいるのか?」

クレメンの突然の質問に驚きはしたが、キースリルが首を振る。


「王妃のおかげで、婚約者はいませんよ。」

キースリルが眉間にしわを寄せ答えた。


「側室への嫌がらせか⋯⋯。」

キースリルは苦笑いするだけで、返事はしない。


「帝国の血筋から婚約者を見繕うが、良いか?

私との繋がりを上手く使い帝国との繋がりを盾に、立派な王太子になってみせよ。」

クレメンがキースリルにそう伝えた。


キースリルは立ち上がり、深く礼をとる。


「クレメン皇太子殿下のお言葉を胸に刻み、我が国を立て直してみせます。」


キースリルと宰相がクレメンに深く礼をし、イザベルへと視線をやる。


「イザベル嬢。幼い頃の私は貴女様に好意を持っていました。笑わなくなろうとも、イザベル嬢の芯の強さは眩く美しく輝いていました。そんな貴女様を支えたい。そう思っていました。

ですが、クレメン皇太子殿下を超える愛情を私は持ち合わせていなかったようです。幼い私は、貴女に憧れていたのでしょうね⋯⋯。」


キースリルはイザベルにそう伝えると、ニッコリ微笑み宰相を連れて退室して行った。


残されたイザベルは、居た堪れずにいた。

クレメンから発せられる不機嫌さを、全身に受けていたからだ。


(私が悪いのかしら?)

イザベルは腑に落ちないが、黙ってクレメンの機嫌が戻るのを待つしかなかった。


機嫌を自力で何とか戻したクレメンだが。行き場のない嫉妬をどうして良いか解らず、イザベルを構い倒すことで発散したのだった。


イザベルへの想いがようやく通じたクレメンと、愛される事を受け入れたイザベルは帝国で婚約をし仲睦まじく過ごした。


時折キースリルが宮を訪れ、王国の動きをクレメンに相談していた。

クレメンと対面する中で、クレメンの妹である第一皇女ティリアがキースリルに惚れ込み、押せ押せで婚約まで持って行ったのだ。

キースリルの婚約は宰相と大臣には知らされたが、機密扱いとなった。


アーネスとオリビアとの婚約披露の夜会まで、クレメンとイザベル、キースリルとティリアはお互いの気持ちをきちんと確かめあったのだった……。




イザベルは今日までの出来事を思い出し、これからは帝国と王国の為に尽くして行く決心をする。



大波乱の夜会から両陛下達の処罰が民に公表され、少しの混乱があった。


キースリルの立太子と、帝国の第一皇女ティリアとの婚約が公表されると民達は落ち着きを取り戻して行った。

目出度い事だと、国をあげてのお祭り騒ぎとなった。


陛下の位の空位。

と、前代未聞の事になるが、帝国の後ろ盾もあり暫くの間キースリルは王太子のまま執務を執り行なう事になった。


キースリルが陛下として民の前に立つのは二年後。

ティリア皇女との結婚式の日と決定された。



クレメンとイザベルとの結婚式はキースリルとティリアも揃って参列してくれた。


よく晴れた春の日の二人の結婚式は、多くの国民に祝福された。

民達への顔見せの馬車の移動では、クレメンのイザベルへの愛情深さが終始見られ、民達からのからかいの声が飛び交った。


クレメンの幸せな笑顔を見るのは珍しいと、貴族達もこぞって顔見せに参列していた程だった。


イザベルはクレメンとの婚約の前に、皇后の生家である公爵家の養女となっていた。

クレメンが最初に伝えた通り、イザベルを気に入った大勢の貴族が養女にしたいとの申し出をする。皇帝も皇后も喜ばしい申し出だが、頭を悩ませる事になった。


クレメンとイザベルの仲睦まじさは王国にも伝わり、キースリルを始めイザベルを支えていた者達の心を癒して行った。


冷遇されても公爵令嬢として、王太子の婚約者として公務と執務を必死に熟し、凛と前を向く美しく悲しき少女。


イザベルを陰ながら支え続けた者達の心に住み着いていたその少女が、やっと幸せになったのだ。

嬉しいに決まっている。



イザベルを支えていた宰相や大臣達は、結婚式の参列から帰国したキースリルを直ぐ様捕まえた。

酒宴のつまみとして、イザベルの幸せな様子を強請りキースリルに結婚式の様子を語って貰う。


王宮でのイザベルを思い出した大臣の数人は涙を流しながら聞いていた。


(イザベル様。貴女は沢山の方に愛されていました。私達がもっと上手く立ち回れたら、貴女の幸せは王国にもあったかもしれない……。)

キースリルは後悔をするも、両陛下を相手にするには力がなさ過ぎたのだ。


「イザベル様のような悲しき令嬢を二度と出したくはない。私が出来る限りではあるが、民が幸せである国にしたい。

皆もそのつもりでいてくれ。」


キースリルの決意に、宰相や大臣達は賛同してくれた。

帝国の後ろ盾もあり、国を繁栄させたキースリルも歴史に名を残す事になる。


帝国も同様にクレメン皇帝陛下の治世は、長い歴史の中で一番の繁栄を極めた。

いつも隣に寄り添う美しい笑みの皇后を深く愛し、共に長い治世を治めたのである。


笑わない令嬢。


そう言われ虐げられた令嬢は、笑顔を取り戻し皇后として愛するクレメン皇帝陛下を支え続けた。





※※※※




我が家には一冊の古い絵本がある。

エイザイル帝国のイザベル皇后のお話を本にした物だ。


イザベル皇后のお話は、アイマー王国でも有名である。

婚約者に知らぬ間に魔術をかけられ、虐げられた美しく悲しき令嬢。


アイマー王国で有名なのは、イザベル皇后の生家があった国だからなのだ。


そして遠い過去、私が治めていた国なのだから……。


私の目の前で婚約者として紹介された令嬢は、可愛らしい容姿の女性だ。

彼女と視線が合うと、ニッコリ微笑んだ。

彼女の笑顔を見て湧き上がる感情を思い出す。


彼女と巡り会えたのだと……。


彼女の可愛らしい笑顔に涙が溢れる。

遠い昔の幼き頃に見た可愛らしい笑顔を、ずっと忘れた事はなかった。


彼女は突然涙を流す私に、ハンカチをそっと差し出してくれた。


「申し訳ありません。」

私は彼女に謝罪した。


彼女は小さく首を振り、

「何かありましたか?」

そう声をかけてくれた。


「先程懐かしい絵本を見つけ読んでいました。エイザイル帝国のイザベル皇后の絵本を見て、思う事がありましたので……。」

私は目の前に座る彼女に、記憶があるのか知りたかった。


「同じ女性として、あのお話は私も読んで悲しくはあります。この国の者があのような事をしていたかと思うと、残念に思います。ですが、帝国で皇后様が幸せになれて、本当に良かったですわ。」


彼女の笑顔で答える姿に安堵する。


どれだけ憧れたか……。

どれだけ触れたかったか……。

どれだけ貴女へ愛を伝えたかったか……。


私のこの手で今世は貴女に愛を伝える事が出来、幸せに出来るのだ。


過去では苦しい想いを心の奥底に、厳重に封じ込んだ。

今は湧き上がる歓喜の想いで張り裂けそうな胸中を、私は必死に隠し彼女に声をかけた。


「始めまして。貴女の笑顔はとても可愛らしいですね。」


そう言うと、頬を赤らめた彼女が恥ずかしそうに微笑む。

その可愛らしい笑みに、私の胸が大きく跳ねた。


過去の彼女ではなく、目の前の彼女をちゃんと愛したい。


私の初恋が今度こそ実るように……。


貴女を大切にしたい……。


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