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残念令嬢ですが、毎日が楽しいので問題ありません  作者: 九葉(くずは)


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第6話 防弾チョッキのようなドレス

 テーブルに置かれた白い招待状を見るたび、胃の奥で冷たい石が転がるような感覚に襲われる。


 あれから三日。

 私の部屋は、まるで戦場への補給基地のように物資で溢れかえっていた。

 すべてヴァーミリオン公爵家から送りつけられてきたものだ。

「お嬢様、また新しい箱が届きました! 今度は靴ですわ!」

 侍女のマリーが興奮気味に、大きな包みを抱えて入ってくる。

 私はベッドの端に腰掛けたまま、引きつった笑みを浮かべた。

 逃げ場はない。外堀は完全に埋められ、さらにコンクリートで固められている。


「……開けてみて」

 マリーが包みを解く。

 現れたのは、夜空のような深い青色のドレスと、それに合わせた銀色の靴だった。

 美しい。息を呑むほどに洗練されたデザインだ。

 けれど。


「重っ!?」

 マリーがドレスを持ち上げようとして、よろめいた。

「な、なんですのこれ……見た目はシルクなのに、まるで鎖帷子でも縫い込んであるみたいにずっしりと……」

 私は眉をひそめて立ち上がり、ドレスの裾に触れた。

 指先に伝わる感触は滑らかだが、生地の芯に異様な硬度がある。

 持ち上げてみる。

 確かに重い。優雅に踊るための衣装というより、冬山登山の装備に近い重量感だ。


「……嫌がらせかしら」

 思わず口に出た。

 これを着て踊れと? ただでさえ足がもつれる私に、重りをつけて海に沈むような真似をさせようというのか。

 それとも、転んだ時に私が怪我をしないための配慮? いや、転んだ衝撃で床の方を破壊するための強化外骨格かもしれない。


「失礼いたします」

 タイミングよく(あるいは悪く)、部屋のドアがノックされた。

 執事の声だ。

「リード・ヴァーミリオン様が、衣装の具合を確認しに見えられました」


 監視だ。

 装備の点検に来たのだ。

 私は慌てて姿勢を正し、ドレスをマリーに持たせたまま「お通しして」と告げた。


 部屋に入ってきたリード様は、今日も今日とて隙のない立ち姿だった。

 私の視線が、彼の胸元から冷ややかな瞳へと吸い込まれる。

「ミレーネ嬢。サイズはどうだ?」

 挨拶もそこそこに、彼はマリーが抱えるドレスに視線を向けた。

「あ、はい。サイズはぴったり……だと思いますが、少し生地が、その、しっかりしすぎていると言いますか」

 重いです、とは言えなかった。文句を言ったら、さらに重い鉄球とかを追加されそうで。


「特注の『特殊織り』だ」

 リード様は平然と言った。

「万が一、君が何かに衝突したり、鋭利な刃物……いや、装飾品に引っかかったりしても、破れない強度を確保した。動きやすさより防御力、いや、耐久性を優先した結果だ」

 今、刃物って言った?

 聞き間違いだろうか。夜会に刃物なんてあるわけがない。あるとすればステーキナイフくらいだ。


「靴も見せてくれ」

 言われて、私は箱から銀色のヒールを取り出した。

 踵は低く、太い。安定感重視のデザインだ。

 リード様は靴底を指でなぞり、満足げに頷いた。

「グリップ加工も施してある。これなら、急な方向転換や、滑りやすい床での『制動』も効くはずだ」

 制動。

 まるで暴走する馬車のブレーキの話をしているみたいだ。


「……一度、履いてみてくれ。歩行のバランスを見たい」

 断れない雰囲気だった。

 私はマリーの手を借りて靴を履き替える。

 足を入れた瞬間、ガチッという硬質な感触があった。靴というより、拘束具に近いホールド感。

 私は恐る恐るカーペットの上に立った。

 リード様が腕組みをして見守っている。試験官の目だ。


 一歩、踏み出す。

 右足。

 グリップが効きすぎて、カーペットに引っかかった。

「あっ」

 身体が前のめりになる。

 倒れる!

 私は反射的に左足を前に出し、体勢を立て直そうとした。しかし、重いドレス(想像)の重心移動を脳内でシミュレーションしすぎて、逆に後ろへとよろめく。

 タタタッ、と不規則なステップを踏んで、私はなんとか直立不動の姿勢に戻った。

 心臓がバクバク言っている。

 危なかった。彼の前で無様に転ぶところだった。


 恐る恐る顔を上げる。

 きっと呆れている。あるいは、「やはり危険だ」と招待を取り消してくれるかもしれない。

 淡い期待を抱いて彼の顔を見た。


「……素晴らしい」

 リード様は、感嘆のため息を漏らしていた。

「予測できない重心移動。今のステップは、攻撃を躱しつつ即座に反撃へ転じるための予備動作か? グリップの効き具合を瞬時に把握し、身体操作に組み込んだのか」

「は、はい?」

 違います。ただ躓いただけです。

 けれど、否定の言葉は喉の奥で詰まった。彼の瞳があまりにも真剣で、キラキラと輝いていたからだ。


「この装備で問題なさそうだ。君なら、どんな状況でも『踊り』きれるだろう」

 彼は満足そうに踵を返し、部屋を出て行こうとする。

 私はその後ろ姿を見つめながら、ふと、強烈な違和感に襲われた。


 おかしい。

 いくらなんでも、おかしい。


 私はこれまで数々の失敗をしてきた。父様には怒られ、使用人には呆れられ、世間からは「残念令嬢」と蔑まれてきた。

 それが普通だ。それが正しい反応だ。

 なのに、なぜこの人だけは、すべてを肯定するの?

 壺を割っても、テントを壊しても、変な動きをしても。

 「計算通りだ」「見事だ」と称賛し、さらに高価なドレスまで用意して……。


 もしかして。

 心臓が冷たくなる。

 これは、もっと大きな「失敗」をさせるための罠ではないのか?

 私を高く持ち上げておいて、夜会という公衆の面前で盛大に落とす。そうして公爵家の権威を示し、我が家を取り潰すための……?


「……リード様」

 呼び止める声が震えた。

 彼はドアノブに手をかけたまま、半分だけ振り返る。

「どうして、ここまでしてくださるのですか? 私なんて、ただの……」

 ドジで、役立たずな令嬢なのに。


 リード様は少しだけ目を細めた。

 その表情から、感情を読み取ることはできなかった。

「君が必要だからだ」

 シンプルな答えだった。

「この国には、君のような『規格外』の存在が必要なんだ。……既存の枠組みでは守りきれないものが、あるからな」

 謎めいた言葉を残し、彼は静かに出て行った。


 ドアが閉まる音だけが部屋に残る。

 私は重たい靴を履いたまま、その場に立ち尽くした。

 規格外。

 それは褒め言葉なのだろうか。それとも、廃棄処分待ちのラベルなのだろうか。


 足元の銀色の靴が、窓からの光を反射して鈍く光る。

 その輝きは、私を華やかな舞台へ連れて行くための魔法ではなく、逃げ場のない檻へと誘う鎖の色に見えた。

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