表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

「忘却の部屋」

十三人の渡航者たちは、再び階段をのぼり、次なる扉の前に立った。

 その扉には、何の刻印もない。ただ、冷たく沈黙し、呼吸を拒むかのように佇んでいた。


 ペストマスクの男が手を伸ばすと、扉は抵抗もなく開く。

 中は、無数の紙片が漂う空間だった。

 一枚一枚には言葉が書かれている。

 「名前」「思い出」「約束」「夢」――それらは読まれるたび、紙ごと灰になって崩れ落ちた。


 黄色いカッパの少女が紙片をつかむ。そこには、彼女が誰かと手を繋いで笑う記憶が描かれていた。

 しかし、指先が紙に触れた瞬間、その映像は音もなく砕け散る。

 少女は小さく笑った。

「忘れることでしか、先には進めないんだね」


 カプチーノを啜る男が言う。

「これは試練か、それとも救済か?」


 ガブリエルは震える声で叫んだ。

「忘れたら、僕は僕じゃなくなる!」

 彼の握りしめるダイヤモンドの破片が、血で濡れていた。


 その時、鏡が立ち上がる。

 そこに映る「もうひとりの自分」が微笑みながら囁いた。

「記憶は檻。忘却こそが鍵。君はまだ自分を閉じ込めていたいの?」


渡航者たちは、ひとり、またひとりと紙片を手に取り、燃え尽きる言葉を見届けていった。

 思い出を捨てる者、愛する人の名を消す者、己の罪を灰にする者。

 少女だけが、紙を掴まず、ただその雨のような文字を見上げていた。


「私は、忘れない」

 彼女の声は、部屋全体に響いた。


 その瞬間、すべての紙片が一斉に燃え上がり、暗闇の中で光の渦となって消えた。

 扉が再び現れ、塔の上へと続いていた。


 だが渡航者の数は、いつのまにか減っていた。

 最初にいた「十三人」ではなく、「八人」しか残っていなかったのだ。


 ペストマスクの男が呟く。

「……観測されていない者は、存在すら忘れ去られる。ここはそういう場所だ」


 少女はただ、黙って階段を見上げた。

 そこから微かに、時計の針の音が聞こえていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ