14人目と“視られる”記憶
男が、コーヒーの残りを飲み干しながら問い返す。
「14人目のことか?」
「いや……14人目で“終わり”じゃない可能性さえある」
その瞬間、街の奥――廃墟化したビルの壁が“裏返る”ように捻じれ、そこから誰かがこちらを覗いた。
目を持たない顔。
表情を刻む肉もない。
代わりに、頭部全体が“鏡面”でできていた。
塔で見た観測者と似ていながら、違う。
観測者が“案内する鏡”だとすれば、こいつは――
“記録する鏡”だ。
足元でガブリエルがダイヤモンド片を強く握る。手の中の光が痛みの代わりに震え出す。
「嫌だ……こいつ、知ってる……見られたことがある……!」
彼の声には、記憶と恐怖が混ざっていた。
◆
そのとき、塔から離れていた少女――黄色いカッパの彼女が、くるりと振り向いた。
ただし彼女は13人のほうを見ていない。
視線の先は“空”だった。
空の鏡面にいた“14人目”の影。
それと目が合った瞬間、少女は小さく笑った。
「やっと来たんだ」
誰も、その言葉の意味を理解できなかった。
少女はナスビを放り投げ、その影から再びカマキリを呼び出す。虫とは思えない眼光を持つそれを指先に乗せ、彼女は小さく尋ねた。
「この世界、もう食べちゃっていい?」
カマキリは、顎をゆっくり鳴らした。
◆
一方、塔の入口に留まっていたペストマスクの男はひとり、静かに歩み出す。街の中央へ向かいながら、彼は懐から紙片を取り出した。
そこには、滲んだ文字でこう記されている。
――「終わりがない」旅の目的
――“あのとき”に戻る権利
――忘却の代価と選定される魂
――“誰?”と問われたときの回答者枠
紙を収めると同時に、ペストマスクの男は懐中時計を持つ別の男とすれ違った。すれ違いざま、どちらともなく呟く。
「この層は長くもたない」
「“14人目”が侵入した層だからな」
その言葉にガブリエルが反応する。
「14人目って……誰? さっき空にいた人?」
ここは“旅の途中”じゃない。おまえたちはずっと――」
言葉の続きは、世界全体の“巻き戻し”によってかき消された。
空が逆流し、建物が再構成され、人影が影に戻る。
そして一瞬だけ、“時間軸そのもの”が固有名詞を失った。
――誰が“いつ”ここにいたのか。
――誰が“最初の渡航者”だったのか。
――誰が“消された記録”なのか。
全てが混ざる。
そしてただ一つだけ、揺るがず残る問いがある。
――誰?
◆
雨は止まない。
だが、止まない雨を“最初に経験した記憶”が、全員からそっと抜け落ちていった。
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