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影に名を与える

裂け目の声は続く。

淡々と、感情を持たず、だがどこか懐かしい声で。


――《還るべき名前はあります》

――《ですがそれは、“いまのあなた”には不適切かもしれません》

――《故に与えるか否かは、あなたが決めるのです》


少女はその言葉に反応した。無意識に手が伸びる。

円盤の裂け目に指を触れようとして――

「触るな」

ペストマスクの男の声が鋭く響く。


その声は空間全体を突き抜けた。

まるで時間が一瞬停止したかのように、星々の海が凍結した。


少女は驚いて手を引いた。彼の目はペストマスクに隠れて見えないはずなのに――“怒り”が見て取れた。

鏡の男が苦笑しながら鏡をしまう。

「怒ったね。珍しい」


ペストマスクの男はゆっくりと歩み寄りながら言った。

「あの中にあるのは名前じゃない。“器”だ」

「誰かの記憶に名を与えてしまえば――お前が、その誰かになってしまう」


少女は何も言えなかった。

ただ自分の胸に触れる。鼓動は確かに“自分のもの”だと信じたい。

だがその名前の響きが、“外から与えられたもの”だとも理解していた。


裂け目はなおも光を放つ。

その輝きの中に、「誰かの名前」が浮かび上がりかけていた。


「選ぶ必要なんてない」

マスクの男が言う。「捨ててしまえばいい。“自分以外の誰か”を演じるために来たんじゃないだろう?」


少女は深く息を吸った。

そして、裂け目に向かって言い放つ。


「その名前は、私のものじゃない。だけど……」





「いずれ自分で見つけなければならない」


その瞬間――

裂け目の光が弾け飛び、星々の海が再び流れ始めた。


裂け目は塞がる。名前はそのまま虚空に消えた。

少女の胸にはほんの僅かな痛みだけが残る。



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