境界の声
海の底から浮上するような感覚と共に意識が戻る。
瞼を開いたとき、そこは先ほどまでの鳥居の前ではなく――
巨大な時計盤が天井一面に投影された空間だった。
針は回っていない。数字も書かれていない。ただ円盤の中心には“裂け目”があり、そこから青白い光が溢れている。
塔そのものが、ここでは“時”ではなく“虚無”を映しているように感じられた。
床は透明で、遥か下には星々の海が透けて見える。宇宙とも思えない空間。現実と幻想の境目を溶かしたような景色だった。
少女はその円盤の中央――裂け目の真下に立っていた。
ガブリエルも鏡の男もマスクの男も同じく、等間隔で配置されている。
だが、ペストマスクの男だけがその円盤の外周――星々の海を挟んだ反対側に立っていた。
遠い。とても遠い。
裂け目が小さく震える。
そこから**“声”**が染み出した。
それは人の声ではない。機械でもない。ただ――記憶と感情の断片を重ね合わせて作られたような音だった。
――《あなたたちはここで選択する》
――《還るべき“誰”であるかを》
――《あるいは、“誰でもない”ことを受け入れるかを》
少女の掌が熱を持ち始めた。
胸の奥にしまい込んでいたはずの言葉が浮かび上がる。
「私は、誰に会いにきたんだったっけ」
その独り言を聞いた鏡の男が鏡を掲げる。
映るのはやはり少女ではない。だが、“少女によく似た影”だった。
マスクの男がゆっくりと語りかける。
「選べ。“記憶の正体”と“感情の終点”。どちらを信じる?」
ガブリエルは無言で少女に傘を差し出した。
黒い傘。今度は完全に開いている。
その内側には、“少女の顔”が反射していた。
だがそれは――“今の”少女ではなく、“少し成長した”少女の顔だった。
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