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記憶の海へ
それは落下でも昇降でもなかった。
水でもなく、空でもなく――記憶だけの海流。
視界は濁流のように混ざり合い、遠くで誰かの笑い声が聞こえた。
幼い頃の誰か。
泣いていた誰か。
背中を預けた誰か。
それらは“自分たちの記憶”ではなく、“塔によって用意された擬似想起”なのかもしれなかった。
それでも溺れる者はいない。
だが浮かび上がろうとする者は一人もいなかった。
少女はそこで見た。
鏡の男が、自分の鏡像に向かって何かを囁いている。
マスクの男は宙に浮かんだ文字を読むでもなく、ただ破ろうとしていた。
ガブリエルは――雨の向こうで誰かの手を掴もうとしていた。
そして、“少女自身”はその手を伸ばしていた。
“過去の誰か”ではなく、“未来の誰か”に向けて。
――「あなたに伝えなければいけないこと」
水中のような視界の中で、誰にも届かぬ言葉を紡ぐ。
だがそれが誰に対してなのか――少女自身もまだ知らなかった。




