問いの傘
雨粒が傘を打つ音が一定の間隔で空間を支配していた。
黒い傘は完全に開かれていなかった。ガブリエルが右手に提げるように持っているが、少女はそれを半開きにさせるよう言った。
「完全に開くと、“記憶”が落ちてくる気がする」と。
マスクの男はその傘を横目に見ながら歩いている。口にした台詞は少ないが、思考の速さと精度は明らかに塔の仕組みそのものに対する理解を示していた。鏡の男は時折鏡を覗き込みながら周囲の反響を検証している。
雨域には音楽が流れていなかった。代わりに、壁面や天井を伝う管から規則的な液体の脈動が聞こえていた。時計塔は外側だけでなく内側からも時間の音を漏らしているらしい。
ある建物の一角、アーケードのような構造の通路に差し掛かると、その中央に奇妙な光が揺れていた。
光は透明な柱の形をしており、内部には数字と文字列が回転しながら浮かび上がっている。
文字はいくつか読めなかった。ただ一文だけが繰り返されている。
――「誰に会いに来た?」
観測者の声ではない。塔のシステムでもない。だが確実に何かに“問われていた”。
少女は立ち止まった。
傘の影が揺れる。ガブリエルの手元がわずかに緊張している。
マスクの男は黙って視線を送るだけだった。
少女は口を開こうとしたが――
鏡の男が先に言った。
「問いには答えられないよ。この塔で名乗るということは、“役割を与えられる”ということだ」
ペストマスクの男が言う。
「“誰に会いに来た”かは重要じゃない。“誰かと出会って帰ってきたか”が問題になる」
空気がまた湿る。
雨の粒子が顔の肌を打ち始めていた。
少女はようやく呟く。
「……私は、まだ“何も終わらせたくない”」
光の柱はその言葉を受け取るように明滅し、文字列を書き換えた。
――「帰り道を探しているなら、“出口”と“終着点”は違う」
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