名縄(めいじょう)~三題噺【スーパー・縄・嗅ぐ】~
それは霧が視界を遮る早朝のことであった。
日本一有名な山がそびえ立つとある県、海のように広大な森林が広がる場所の近くにある24時間営業のスーパーマーケット。
その外観は塗装が少し剥げて店の場所を示す看板も錆が目立ち、ひと目でこの店がかなり前から営業していることがわかる状態であった。
そこに一人の男が訪れた。
所々コンクリートがひび割れたお世辞にも広いとは言えない駐車場に、これまたお世辞にも綺麗とは言えない白い軽自動車を運転していた男は店の前に車を停車させる。
その車検切れ寸前の白い車から、生気のない表情と無精髭を蓄えた推定年齢40~50ほどの男が姿を現す。
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バンッ!と運転席の扉を強めに閉めると彼は足早に店内へ、そして食料品や日用雑貨には目もくれず店内の奥へ足を運んだ。
男は目的の場所へ到着すると、びっしりと並んだ青いプラスチックの容器へ雑に詰め込まれた商品の中から、目的の物がないかと物色し始めたのだ。
◇
このスーパーには特殊なコーナーがある。
それは【リサイクルコーナー】であり、倒産し行き場を無くした商品や店に来た人たちが売却した中古品、さらには店員の自宅にある不要な物や拾ってきたガラクタなどが破格の値段で売られているのだ。
コーナーの広さは12畳程か、広くは無いが玉石金剛で足を運んだ者たちはまるで宝探しのような感覚を得ることができた。
最初は状態の良い製品が多い印象であったが、SNSで話題になってからはそれらは根こそぎ奪われ、今は店員が面白半分で追加したお世辞にも売り物とは言えない物たちばかりで溢れかえっていた。
◇
艶のない脂ぎった長髪が生えている頭をボリボリと掻きながら彼は一つ一つ箱の中を確認する。
その中には壊れた時計や使用済みの電池……それらを掻き分けやっとお目当ての物を発見した。
それは5メートルほどある太い縄であった。
それを手に取るとジッと目を見開く。
その姿はお宝を鑑定している時の鑑定士のようだった。
「違う……違う……」
次々と縄を手に取っては蚊の泣くような小さな声でそう呟く。
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こうしてどれだけの時間が経過したのだろうか、スーパーにもチラホラと家族連れが見え始めた時、男は遂に"それ"を見つけたのだった。
「これだ……これこそがあの"名縄"……この血や汗で汚れた見た目、そして何より……くんくん、くんくん……この独特な香り……!」
店の奥で小汚いロープを手に取り、一心不乱に匂いを嗅ぐその光景はまさに異様そのものである。
◇
男は縄を持ち複数台あるうちの年配の店員が担当しているレジへ足を運ぶ。
「これください……」
男から力ない声が発せられると、年配の店員はチラッとレジに置かれた縄を見る。
しばしの沈黙の後、口を開いた。
「お客さん、これタダでいいよ」
「えっ、でも売り物じゃ……」
「こんなのはガラクタ、私が数日前にこの店の近くにある樹海を散策していた時、木に括りつけてあった物を回収しあそこへ入れたのさ」
「あなたが……そうか、噂は本当だったのか……」
「噂?」
眉間にシワを寄せ店員が尋ねると男は静かに語り出した。
「この世には"名刀"という言葉がありますよね。いつら使用しても刃こぼれのしないような刀……それと同じように劣化せず半永久的に使用できる伝説のような縄、一部界隈ではそれを名縄と呼んでいるんです」
「ほう、それじゃこれがその……」
「はい、間違いありません。この禍々しいオーラを放ち、そして人の様々な"モノ"が混ざりあったこの匂い、スーッ……ハァ、これこそ会社をリストラされてから三日三晩探し求めた名縄! これで私も……」
興奮し語る男に店員は無料だけど規則だから、と縄をレジに通す。
【ナワ 0円】
レジに表示され、商品の名称と代金・スーパーの名前と店がある山梨県の印字がされたレシートが発行される。
店員が男から目線を外し、レシートを手に取って渡そうとした時には彼はそこから姿を消していた。
しばらく年配の店員はそのまま立ち尽くしていたが、レシートをゴミ箱に捨て小さくため息をついて呟く。
「さて、また回収しにいかなくちゃな……」
男の方はというと、足早に車へ向かい急いで車のエンジンを始動させる。
多少荒い運転をして意気揚々と富士の樹海へ車を走らせるのであった。
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名刀という物があるのと同時に、妖しい雰囲気や気配を持ち所有者を不幸に陥れる"妖刀"という物がある。
今回の話にも登場した縄、正しくそれは妖刀と同じような魅力と持ち主を死に至らしめるほどの不幸を招く力を持っていたのだ。
そしてそれらはこの世から姿を消すことは無い。
巡り巡って終焉を望む者の前に姿を現すのだ。
そして今日も……
[完]