いつも運ぶ場所
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
やあ、つぶらやくん。ここにいたのか。
いや、ちょっと用事があったんだが、急ぐものでもない。しばし、息を入れておいてくれ。
そういえば、君はよくこのあたりに足を運ぶけれど、何かしら理由があるのかい?
――なんとなく、か。
ものの好き嫌いって、ときに他人へ説明するのが難しいこともあるしな。私自身も、そういったことのひとつやふたつや、みっつやよっつくらいある。
多すぎだって? なあに、長く生きれば勝手に増えていくものだよ。そいつを消化しきるきっかけがないままにさ。
しかし、もし具体的な理由が挙げられない、というときは、何かに誘導されているのかもしれないな。ターゲットにそうと悟られない誘いは、我々もときとして目標にしたりする大事なこと。
以前、友達が話していたことなんだが、聞いてみないか?
友達の場合、そこは長く放置された展望台だったという。
広さは武道場くらいで、低めの柵で囲われた高台には硬貨を入れて見ることできる、望遠鏡が2つそなえられていたとか。
しかし、そこは仕事を終えて久しいらしく、望遠鏡もまた外見の傷み具合どおり、機能しなくなっていたらしい。おそらく処分する予算なり計画なりが立たないまま、放置されていたんじゃないか、と友達は話していたな。
立ち入りは禁じられていなかったものの、友達以外にこの場所を自ら訪れるような人をめったに見なかったという。それは自然と、ひとりになれる時間を作れるということ。
そこからだと、自分の住んでいる街を一望でき、彼方にある海とその水平線も見やることができたらしい。
訪れる時間的に、友達が好みなのは夕方。空が赤くなり始めるころ、水平線に隠れ行く太陽を見るのが好きだったのだとか。
その日も学校から帰るとすぐ、自転車を漕いで、途中のお店でアイスを買い、夕焼けを見に行ったのだという。
高台のふもと前。車止めのすぐ裏側へ自転車を停めた友達は、鼻をひくつかせた。
いつもはしない鉄の香りが漂っている。そうと意識しなくては嗅ぐことのできないほどかすかなものだけれども、それがどこから臭ってくるか、いまひとつつかめない。
ひとしきり周囲を見回すも、やがて友達はこれまでやってきたのと同じように、高台へ続く階段を上っていく。
そなえつけてある鉄製の手すりは、ところどころ表面がはがれてサビが浮き上がっているものの、不思議とあの特徴的な香りは臭ってこなかったという。友達としてはてっきり、これらが源と思っていたのに。
高台は変わらず、無人のままで友達を迎えた。
足を運ぶようになってから数年。当初に比べると敷き詰められたタイルのそこかしこにも割れ目、裂け目が走っていて、下の土があらわになっている箇所もあった。
空はもう紅色に染まり始めている。海を見やると、ここからはハンドボールほどの大きさに思える太陽が、もう半紙数枚ほどの幅を残して没しようとしているところだった。
友達はアイスを包む紙袋を破いていく。いつも食べ続けているラムネ味の氷菓で、すぐれたコストパフォーマンスが、子供の財布にやさしい。
しゃくしゃくと音を立てながらアイスをかじり、あの夕陽の三分の一までが没するまで、こう柵へ身を乗り出しながらのんびりする……いつもやってきたその時間が、今日も訪れると思っていたのだけど。
きっかけは、アイスだった。
臭いに戸惑う時間があったせいか、アイスはいつもよりもほんのわずかだけ、固さを失っていたんだ。
半ばほど食べかけたおり、アイスを形づくっているひとかけらが、友達の口に入ることなく、足元へこぼれる。それはちょうど高台を構成しているタイルの一枚。その裂け目にあたる、むき出しの土の部分だったんだ。
指先に乗るほどの氷のかけら。それは落ちてすぐ、元の水色を失ってしまい、水のしみとなって地面へ溶け込んだんだ。
とたん、友達は不意の地揺れに襲われる。
不意打ちに思わず尻もちついて、くわえていたアイスも話してしまう。
べちゃりとタイルの上に落ちたアイスは、それが熱した鉄板の上だとでもいわんばかりに、みるみる溶けていく。のみならず、溶けたものは磁石にひかれているかのようにタイルの上をおのずと滑っていき、すき間へ飛び込んでいった。
そして、友達自身もまた、急に汗をかき始めている。
氷点下ほどではないといえ、冬場にもかかわらず顔も四肢も、次から次へと汗をひねり出し、厚着の下からみるみる湿り気を染み出させていく。
たちまち濡れ雑巾となった友達の服たち。それでも満足せずにしずくとなって垂れ落ちた汗たちは、アイスたちの後を追う。何に促されるでもなく、タイルの上を滑って間のスキへと入り込む。
そこから数秒ほどして。
友達の左横、数タイル先に大きくひびが入った。揺れも健在のまま、どんどんと広がったそれは、ほどなく穴となって地表へ姿を見せる。
そこから顔をのぞかせたのは、ロケットだったという。ただし、大きさは友達の上半身くらいがせいぜいで、色もまたイメージしがちな銀色ではなく、友達が口にするアイスの色と同じ水色で構成されていたという。
穴から出きったロケットは、そのまま火などの推進力を吐くこともないまま、やがて高台の柵を越える高さまで浮き上がると、くっと頭を夕陽に向ける。
次の瞬間には、まるでピッチャーが剛速球を投げたかのような勢いで、太陽へ向けて飛び立っていってしまったのだとか。
高台に残るひびと穴が、先ほどの光景が現実だと物語っている。
あっけに取られている間に、揺れもまた勝手におさまっていた。このとき、地震に関する情報は出回っておらず、あの高台のみでの局所的なものだと友達は思ったらしい。
そして飛び立っていたコンパクトなロケット。彼らはあれを作るための材料を友達に見出し、さりげなくあの場へ呼び続けていたのかも、と。