第15話 誘拐
新宿の街は、いつものように人混みで溢れ、賑わいが絶えなかった。京子が突然「買い物したい!」とおねだりしてきた時、悟志は少し驚いたものの、特に断る理由もなく、二人は電車に乗って新宿へ向かうことにした。
「今日はどんな服が欲しいの?」と悟志が何気なく尋ねると、京子は少し考えたあと、「秋だから、ちょっと暖かいコートとか、ニットが欲しいかな」と答えた。
その軽やかな声に、悟志は微笑んだ。京子は何も変わらない。明るく、無邪気で、こうして一緒にいる時間を楽しんでいる。それが悟志にとって、何よりも安心できる瞬間だった。だが同時に、彼の胸の奥では説明のつかない不安がかすかに残り続けていた。
新宿のショッピングエリアに到着すると、二人は早速いくつかの店を巡り始めた。京子はあれこれと服を手に取っては試着を楽しんでいたが、悟志はどこか落ち着かず、なんとなく周囲の様子が気になっていた。
そんな時、ふとすれ違った女性に目を奪われた。彼女は長い緑色の髪をしており、その独特な髪色が悟志の視線を引き寄せた。新宿の雑踏の中ではありふれた光景かもしれないが、その髪色には何かしら奇妙な魅力があった。
「なんか、変わった髪色だな…まさかな....」
悟志がそう思って視線をそらそうとした瞬間、かすかな声が耳元に響いた。
「見つけた~」
驚いて振り返ったが、そこには誰もいなかった。店内は賑やかで、様々な会話や音楽が混ざり合う中、その声だけが不気味に響き、悟志の耳に残っていた。周囲を見回しても、緑髪の女性の姿はどこにも見当たらない。
「まさか!?...気のせいか...」
そう思って、悟志は自分を落ち着かせようとした。しかし、胸の中で不安がじわじわと広がっていくのを感じた。確かにあの声は、耳元で囁かれたかのように鮮明だった。そしてその「見つけた」という言葉は、悟志に向けられているように思えてならなかった。
「京子?」
京子の姿が視界から消えていることに気づき、悟志は再び不安を感じた。たった今まで隣にいたはずの彼女が、どこにもいない。焦って周囲を探すが、京子はどこにも見当たらない。
「さっきまで一緒にいたのに…」
悟志は周りの人混みをかき分けるようにして、店の中や周囲を探したが、京子の姿はない。やがて、焦燥感が胸を締め付け始めた。悟志はスマホを取り出し、京子に電話をかけようとしたその瞬間、突然スマホが鳴り出した。
「京子か?」
すぐに画面を確認すると、見覚えのない番号からの着信だった。少し躊躇しながらも、悟志は通話ボタンを押し、電話に出た。
「…もしもし?」
「うふふ。可愛い坊やの声」
「はじめまして。私は、嫉妬の悪魔のレヴィアタン!あなたの幸せは嫉妬してしまうほどだわ!だから、あなたの恋人を誘拐したの!」
「さぁ、かくれんぼの時間よ。あなたが鬼で、私は隠れる方」
その声は、先ほど耳元で囁かれたあの声だった。低く、ねっとりとした響きで、悟志の心臓は一瞬で冷えた。何かが、非常におかしい。この感覚が急速に広がり、彼の手は震え始めた。
「お前はどこにいる…?」震える声で尋ねたが、電話の向こうからは何の返答もなく、不気味な静寂が続く。そして、わずかに笑い声が混ざり始めた。乾いたような、不快な笑い。
「ゥフフフ」
「京子は…どこだ?」悟志は焦りと恐怖で声を荒げた。しかし相手はただ静かに笑い続け、やがて電話はぷつりと切れた。悟志はスマホを見つめ、そこに写る真っ暗な画面が現実を引き戻すようだった。
何も分からないまま、悟志はしばらくその場に立ち尽くした。緑髪の女性のこと、今の電話の意味、そして京子がいないという事実。すべてが混ざり合い、状況を理解するのが難しかった。
焦りとともに、悟志は再び京子に電話をかけた。しかし、何度かけても「ただいまお繋ぎできません」という無機質な音声が繰り返されるだけだった。
新宿の人混みの中、悟志は次第に混乱と不安に飲み込まれていった。京子の姿が見えないという現実と、あの緑髪の女性の囁き。それらが頭の中でぐるぐると回り続け、心が落ち着かなくなる。
「落ち着け…まずは冷静に考えるんだ…」
悟志は自分に言い聞かせたが、恐怖はすでに彼の心を強く握りしめていた。京子がいなくなった理由がわからない。もしかしたら、何かの偶然で京子が迷子になっただけかもしれない。しかし、あの奇妙な電話がすべてを不気味に変えてしまった。
不安を押し殺し、悟志は再び店の中や周辺を探し始めた。歩き回るうちに、彼はふと再びあの緑髪の女性を見かけたような気がした。雑踏の中、遠くにその鮮やかな髪が見え隠れする。
「待て!」
思わず声を上げた悟志は、その方向に向かって駆け出した。人混みをかき分け、彼女の姿を追おうとするが、緑髪の女性はどんどん遠ざかっていくかのように見えた。そして、ふとその姿が完全に消えた。
悟志は立ち止まり、周囲を見回した。しかし、その鮮やかな嫉妬の悪魔はもうどこにもいなかった。




