第14話 文化祭
悟志は、文化祭の準備が進む教室へ戻りながら、どこか落ち着かない気持ちでいた。京子の無邪気な笑顔が頭に浮かび、その明るさに安堵するものの、彼女を巻き込むことへの不安が胸の奥でくすぶり続けている。教室に足を踏み入れると、京子はクラスメイトたちと文化祭の企画について楽しげに話していた。彼女の顔にはいつもと変わらない、心から楽しんでいるような笑顔が浮かんでおり、その姿を見た瞬間、悟志はようやく肩の力を少しだけ抜くことができた。
しかし、そんな安堵も束の間だった。彼女の無邪気さを思い浮かべれば浮かべるほど、自分が抱えている問題に彼女を巻き込むことになるのではないかという不安が再び胸を締め付けた。悟志は意を決し、京子を呼びかけた。
「京子、ちょっと話がある。外に出よう」
突然の誘いに戸惑いを見せながらも、京子は素直に彼に従い、二人は廊下へ出た。教室内のにぎやかな声が遠くに聞こえ、廊下には二人だけの静けさが広がっていた。京子は悟志を見上げ、問いかけるような視線を向けた。
「どうしたの?何かあったの?」
悟志は答えようとしたが、言葉が喉の奥に詰まり、どう切り出していいか分からなくなった。彼は何か重要な話をしようと思ったわけではない。ただ、京子と話をしたかっただけだ。しかし、こうして彼女を外に連れ出しておきながら、理由を見つけることができない自分に、悟志は苛立ちを覚えた。
「いや、特に何もないんだ。ただ…文化祭、楽しみだよな」
結局、無難な言葉が口をついて出た。京子は少し驚いたようだったが、すぐに笑顔を見せた。
「そうだね、すごく楽しみだよ!みんなで頑張って準備したもんね」
その笑顔に、悟志は改めて彼女の強さを感じた。自分が不安や迷いを抱えている時でも、京子は常に前を向いている。そんな彼女に対し、悟志は何も隠すことなく自然体でいられるのだと思い、少しだけ気が楽になった。
二人は再び教室に戻り、文化祭の準備に合流した。悟志たちのクラスは、「メイドカフェ&執事喫茶」という一風変わった企画を立ち上げた。男子がメイドの衣装を、女子が執事の衣装を着て接客するという、逆転の発想が話題となり、クラスメイトたちは皆、その準備に熱中していた。悟志も例に漏れず、友人たちと一緒に教室を装飾したり、メニューを考えたりしながら、日々の準備に没頭していった。
文化祭前夜、悟志は緊張していた。普段はあまり表情に出さない彼も、この特別なイベントに対してはやはり心が高鳴っていた。京子やクラスメイトたちと一緒に過ごした時間が脳裏に浮かび、明日が成功することを祈るような気持ちだった。
そして、いよいよ文化祭当日。校内は早朝からざわめきと活気に包まれ、校門をくぐるとすぐに文化祭のにぎわいが感じられた。悟志たちのクラスも例外ではなく、開店前から忙しく準備を進めていた。教室はカフェ風に装飾され、メイドや執事に扮したクラスメイトたちが手際よく準備を進めていた。
悟志も、黒いメイド服を着て接客の準備をしていた。普段とは全く異なる自分の姿に多少の恥ずかしさを感じながらも、周囲の友人たちが同じような格好をしていることで、少し安心していた。教室内がにぎやかになり始めた頃、京子が彼に近づいてきた。
「悟志、すごく似合ってるよ!」
京子は執事の衣装を完璧に着こなし、笑顔で悟志に声をかけた。その笑顔に、悟志は一瞬戸惑ったが、すぐに照れくさそうに返事をした。
「おい、からかうなよ…」
そう言いながらも、内心では京子とこうして楽しい時間を共有できることが嬉しかった。日常の中で感じていた不安や葛藤が、この一日だけは忘れられそうな気がした。
午前中は順調に進み、昼休憩に入ると、教室内は満席となっていた。生徒たちは次々と来店し、悟志たちのクラスは大繁盛していた。男子生徒たちのメイド姿に、女子生徒たちは大笑いしながらも楽しんでいたし、逆に女子執事たちの凛々しい姿に感動するお客さんも多かった。
午後のピーク時、店内はさらににぎわいを増し、悟志たちもてんてこ舞いになっていた。お客さんの注文を取るたびに、悟志は慌ただしく動き回りながらも、京子との軽い会話が心の支えになっていた。時折、彼女と目が合うと自然と笑みがこぼれ、その瞬間だけは文化祭の熱気を忘れ、静かな安心感に包まれていた。
文化祭が終盤に差し掛かると、生徒たちの疲れも見え始めたが、それと同時に満足感が漂っていた。店内の片付けを手伝いながら、悟志は一日を振り返った。クラスメイトたちと協力して成功させたこの文化祭は、彼にとって特別な思い出になった。普段は一歩引いて見ているだけの悟志も、この日は自ら積極的に参加し、皆と一緒に過ごすことで得られた充実感が胸に残った。
「お疲れさま、悟志。今日は本当に楽しかったね!」京子が笑顔で声をかけてきた。
「そうだな、本当に…」悟志も笑顔で返しながら、この一日が無事に終わったことに感謝していた。いつもとは違うこの特別な時間が、自分にとって大切なものだと改めて感じていた。




