番外編 新たな教皇
支部運営試験を終えて、南部から戻ってきた愛理は教皇のマーガレットに報告をしていた。
マーガレットの執務室で二人は向かい合って座っている。
愛理は南部支部の実情を話した。
「南支部はやはり人手が不足しています。人員を増やせなくても、せめてブラザーの派遣はできませんか? 男手がなく、教会の維持も難しそうです」
「そうですね。わたくしも南支部にブラザーがいないことは懸念していました。検討しましょう」
「それから、南部では女神ララーシャへの信仰心が薄れています。若い人の教会離れが激しいです。それで、子供向けのイベントを開催してみました」
「そう。どんなことをしたのですか?」
「女神ララーシャと四大精霊の神話を子供向けに分かりやすく話すイベントです。数回やってみたら、教会が子供を持つ母親たちの憩いの場になりました。思った結果とは少し違いましたけど、若い方たちも教会には来てくれるようになりました」
マーガレットは微笑む。
「そうですか。それをきっかけに、若い世代の女神ララーシャへの信仰心に繋がるかもしれません。よい案を示しましたね。アイリーン」
「ありがとうございます」
愛理は頭を下げた。
「報告は以上です」
「分かりました。支部運営試験、お疲れ様でした。退出してよいですよ」
愛理は会釈してから退出した。
その日の夜のお祈りの時にマーガレットが言った。
「アイリーンが南部から戻り、教皇選抜試験の全日程は終了いたしました。これより、審議に入ります。結果が決まり次第、報告いたします」
それから約二週間が経ち、今日は新教皇の発表の日だ。
教会には大勢の人が集まっている。
一階席には教会の職員と学院生、二階席には王のジャレッドと王太子のアルフレッド、騎士団長のアーサー、主要な貴族たちが座っていた。
教会のドアは開かれ、外には入れなかった人たちが立ち見している。
候補者たちは一階席の最前列に座って、発表を待っていた。
マーガレットが登壇し、お辞儀をしてから口を開く。
「これより新教皇を発表いたします。その前に、候補者たちに教皇選抜試験の日程を力の限り尽くしてくれたことを感謝いたします」
マーガレットは候補者たちに一礼した。
候補者たちも一礼で返した。
マーガレットは少し間をおいてから発表した。
「次の教皇は、シスターアイリーンに決定いたしました」
教会内に拍手が沸き起こる。
愛理は信じられなくて、震える手を口に当てた。
隣に座るアンジェリカが拍手をしながら言う。
「まぁ、仕方がないですわね」
ジョアンナもアンジェリカの向こう側から拍手しながら言う。
「聖女様が相手じゃ勝ち目はなかった」
レイチェルも笑顔で拍手している。
「しかも、魔王討伐の立役者ですもの」
マーガレットが杖を掲げると会場はしんと静かになった。
マーガレットは愛理に視線を向ける。
「アイリーン、こちらへ」
愛理は驚きすぎて震えながら登壇し、マーガレットの横に立った。
マーガレットは泣きそうになっている愛理の背を撫でて言う。
「アイリーンはまだ学院生です。残りの学院生活でしっかりと学びなさい。卒業後、一年間で教皇の仕事をあなたに引き継ぎます。そして、わたくしは引退いたします。アイリーンからも皆へ言葉をかけられますか?」
愛理は頷く。
深呼吸してから口を開いた。
「わたくしは今までの教皇様方、女神ララーシャに恥じぬ教皇になります。皆様のお力添えをどうぞよろしくお願いいたします」
愛理は頭を下げた。
わぁっと会場中から歓声と拍手が沸き起こる。
愛理は前を向いた。
涙を湛えたその瞳は力強く、輝いていた。
その後。
愛理は教皇選抜試験と魔王討伐のため遅れた分を取り戻すべく、他の二年生とは別のカリキュラムで講師のシスターから一対一で授業を受けていた。
午前の座学の授業が終わると、ソフィーたち他の二年生と食堂で昼食を食べる。
そんな日々を過ごしていた。
そして、訓練では上級クラスへと上がった。
そして、愛理が三年生の三月三十一日。とうとう卒業の時がきた。
朝のお祈りで、マーガレットが言う。
「三年生は今日で学院を卒業します。よく三年間、学びを頑張りました。明日からは各自、配属先に行くことになります。地方に行く者たちもいますね。これからはなかなか会うことはできなくなります。同期が各地で頑張っていることを忘れずに、配属先で励みなさい。卒業、おめでとう」
愛理たち三年生は立ち上がり、一、二年の学院生や職員たちから拍手を受けた。
三年生は各自部屋で荷造りをしていた。
地方に行かなくても、女性職員寮や自宅に移るための準備をしなくてはならない。
ソフィーは洋服をたたみながら言う。
「三年間、あっという間だったよね。名残惜しいよ」
愛理もトランクに制服を詰めながら言う。
「ソフィーと同じ部屋でよかった」
ソフィーは愛理に抱きつき、涙を流した。
「それはわたしのセリフだよぉ。アイリーン」
ソフィーは東部にある地元の村のシスターになる。
午後は食堂に集まり、三年生は卒業パーティーだった。
パーティーといっても、昼食と教会からお菓子が用意されて、三年生八人でそれを囲んでいた。
ドロシーが眉を下げて言う。
「アイリーンの教皇就任式が見られないのが残念」
ドロシーは東部のソフィーとは別の地元の村のシスターになる。
カレンもドロシーと同意見なようで頷いた。
「アイリーン、遠くから応援しているね」
カレンは西部の地元の村のシスターになる。
キャサリンが微笑みを浮かべて言う。
「まさか同期から教皇が出るなんて思っていなかったわ」
キャサリンは王都本部の総務課への配属になった。
アンソニーはにこにこした笑顔で言う。
「僕は最初からアイリーンだと思っていたよ」
アンソニーは王都本部の人事課だ。
ルイーズは頷く。
「わたくしもですわ。あの雷の魔法を見せられた時から、信じて疑っていませんでしたわ」
ルイーズも王都本部の人事課である。
ダイアンは教皇の発表の時を思い出して笑った。
「ルイーズったら、次の教皇がアイリーンに決まった途端、大号泣だったよね」
ダイアンは王都本部の経理課に配属が決まった。
愛理たちは三年間の思い出話が止まらない。
そして、終わりの時が近づいてくると、急にしんみりとした空気に変わってくる。
愛理が机の上に手を差し出すと、みんな手を乗せた。
「いろいろあったけど、みんなと仲良くなれてよかった。亡くなったマージェリーも含めて、私たち九人はこれからも仲間だよ」
そして、それぞれの道に進んで行った。
それから、一年間、愛理はマーガレットについて教皇の仕事の引継ぎをした。
儀式の動作や言葉、教皇の業務など、覚えることは多岐にわたった。
あっという間の一年間だった。
そして、愛理の教皇就任式の日。
愛理は王のジャレッドから賜った儀式用の杖を持ち、事務所で待機していた。
事務所のドアが開かれ、愛理は歩み出す。
登壇しているマーガレットの前までゆっくりと歩いて行く。
マーガレットと向き合い、愛理は少し膝を折った。
マーガレットは自分の頭に載せていたシルバーのティアラを次の教皇である愛理の頭に載せた。
愛理は女神ララーシャの像に跪く。
「わたくしは教皇として日々励み、皆を導いていくことをここに誓います」
わぁっと教会は湧き上がった。大きな拍手が教会を包む。
愛理は振り返り、参列者たちにお辞儀をした。
それから、新枢機卿のアンジェリカから花束を受け取り、マーガレットと向き合った。
「シスターマーガレット、今までお疲れ様でした。シスターマーガレットのような教皇になれるよう努力します」
愛理は引退するマーガレットに花束を渡した。
マーガレットは微笑み、花束を受け取る。
「シスターアイリーンは、シスターアイリーンらしい教皇を目指せばよいのです。とりあえずは顔に感情が出ないようにだけ心がけなさい」
愛理は力強く頷いた。
マーガレットが退場していくのを職員も学院生もみな起立して、拍手で見送った。
マーガレットが事務所に戻ったのを見てから愛理は杖を掲げた。
教会はしんと静かになった。
「それでは、朝のお祈りをいたしましょう」
新教皇、愛理の初仕事だ。