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第61話 魔王との戦い

 明朝。

 隊列を組んで、指揮官である騎士団長のアーサー、副指揮官の教皇のマーガレット、エルフ族の隊長ダレンが前方に立った。

 女神ララーシャはそこから少し離れた後方に立っている。

 アーサーは剣を抜き、地面に差した。


「これより作戦を開始する。この戦いは世界の存亡をかけた戦いである。負けは許されない。我らに後退の文字はない! 必ず勝利を掴むぞ!」


 地響きするような雄叫びが上がった。

 アーサーは女神ララーシャを振り返り、跪いた。


「ぜひ女神ララーシャからも騎士たちを鼓舞する言葉をお与えくださいませ」


 その場にいる全員がアーサーに倣って跪く。

 ララーシャは頭を掻いて、困惑した顔を浮かべる。


「うえぇ。困ったな。ええっと……」


 整列している兵たちの前に立ったララーシャは、すっと顔を真顔にした。手を前へと差し伸べる。

 まるで教会の女神ララーシャの石像がそのままそこに現れたようだった。


「我は女神ララーシャである。皆の者、我が依り代を死守しろ。さすれば、我はそなたらに勝利を約束しよう。さぁ、立ち上がれ、勇気ある者たちよ。さぁ、行こう、我らの未来へ!」


 兵たちは立ち上がり、先ほどよりも大きい雄叫びを上げた。

 女神ララーシャはふうと息を吐くと、やれやれといった風にその場を去った。



 作戦は開始された。

 一番前にアデルが立ち、そのすぐ横にララーシャが立つ。

 その周りを愛理、イアン、クレイグ、ジュリアス、ローナ、ラウラ、アンジェリカ、ジョアンナ、アデルで守りを固めた。

 そのうしろに、指揮官であるアーサー、副指揮官であるマーガレット、エルフ族のダレンが立っている。

 更にその背後に二百三十人が整列していた。


 アデルがララーシャに視線をやると、ララーシャは頷いた。

 アデルは杖を上に構え、魔法を放った。

 一筋の白い光が雲を抜けていく。

 すると、すぐに黒い渦が現れて、黒い靄を纏ったケヴィンがアデルの前に立った。

 ケヴィンは撫でるようにアデルを見た。

 そして、地を這うような声で言った。


「なぜ貴様は生きている。なぜ魂が半分で生きていられるのだ?」


 アデルは一歩引くと、ララーシャが代わりに一歩前に出た。

 親しい友達と再会したかのように、ララーシャは笑顔で手をあげた。


「やぁ。久しぶり、魔王。復活するのが早かったね。びっくりしたよ」


 ララーシャは一昨日から消していた気配を全開にした。

 ケヴィンは驚いたような顔をして、逃げようとした。


「逃がさないよ、魔王。ここでまた封印してやるよ」


 ララーシャは金色の光と風を放ちはじめた。ポニーテールにしていた茶色い髪はほどけて風になびいている。

 手をかざすと金色の帯状の物が飛び出し、黒い靄の渦に消えようとしていたケヴィンを捕えた。

 ケヴィンは逃げることを諦めたのか黒い靄を放ち、それは形をとりはじめる。それはどんどんと大きくなっていった。

 ララーシャの金色の光もそれに比例するように大きくなり、金の髪をなびかせて、金の瞳をした女性の姿になった。白い絹を纏っている。

 シルフも緑髪の女性の姿になって、顕現したララーシャの背後に控えた。

 そして、どこからか大地の精霊ノーム、水の精霊ウンディーネ、火の精霊サラマンダーがララーシャの背後に現れた。

 魔王が雄叫びを上げると、どこからか魔獣や獣たちが押し寄せてきた。

 アーサーは叫んだ。


「女神ララーシャの依り代を護れ!」


 人間族とエルフ族の合同軍は雄叫びを上げた。

 上空ではララーシャと魔王が激しい戦いを繰り広げている。

 地上では愛理、イアン、クレイグ、ジュリアス、ローナ、ラウラ、アンジェリカ、ジョアンナ、アデルが、ララーシャの依り代であるシルビアを囲み、臨戦態勢を取った。

 迫りくる魔獣や獣をイアン、クレイグ、ジュリアスは切り伏せていく。

 愛理、ローナ、アンジェリカは攻撃魔法で応戦し、ラウラ、ジョアンナ、アデルは魔法でそれを支援する。

 アデルは戦いながらケヴィンに呼びかけ続けていた。


「ケヴィン、魔王に負けないで! 目を覚まして!」


 すると、ケヴィンの焦点が合っていなかった目がアデルを捕えた。

 それを見た愛理はアデルに叫ぶ。


「アデル様、ケヴィン殿下が反応しています! 続けてください!」


 アデルのケヴィンを呼ぶ声が戦場に響き渡る。

 すると、ケヴィンの薄い茶色の瞳に光が戻った。


「ア……デル?」


 アデルはゆっくりとケヴィンに近づく。


「そうよ。アデルよ。ケヴィン」

「アデル! 生きていたのか!」


 ケヴィンは、はっきりと意識を取り戻した。

 しかし、すぐにケヴィンは頭を抱えて苦しみだした。

 アデルが駆け寄ろうとしたので、愛理はアデルの腕を掴んで止めた。


「だめです! アデル様、危ない!」


 アデルは愛理の制止を振り切って、ケヴィンに抱きついた。


「ケヴィン……!」

「アデル……」


 ケヴィンもアデルの背に腕を回して抱きしめた。

 けれど、すぐにケヴィンはアデルの首に手をまわした。


「どこまでも邪魔なやつだ……」


 地を這うような声。魔王の声だ。

 苦しげな顔でアデルは声を絞り出す。首を絞めるケヴィンの手に自らの手を添えた。


「ケヴィン、お願いよ。魔王に打ち勝って……」


 ケヴィンはアデルを突き放した。

 アデルは地面に腰をつき、喉に手を当て咳き込みながらケヴィンを見上げる。


「くるな。来てはいけない。アデル。俺では魔王を制御しきれない……」


 今度はケヴィンの声だった。

 ケヴィンはもがき苦しむように頭を抱えている。

 近くにいた騎士たちがアデルの腕を掴み、その場から離れた。

 それを見届けてケヴィンはぐっと踏ん張るように地面に足をついた。


「俺を撃て……。撃てー!」

 

 ケヴィンは薄い茶色の瞳を愛理に向ける。


「頼む……。俺が魔王を抑えている間に撃ってくれ……!」


 空中で戦っている魔王の動きが悪くなり、ケヴィンへと戻ろうとしている。

 愛理はそこで気がついた。


 ――そうか。ララーシャ様は依り代を失うことを恐れていた。きっと魔王も同じなんだ。なんで、こんな簡単なことに気づかなかったんだろう……。


 愛理はケヴィンに杖を向けた。

 アデルは騎士たちに抑えられたまま叫ぶ。


「お願い! やめて、愛理!」


 ――私はこれから人を、ケヴィン殿下を殺すんだ……。


 愛理はそんな考えが浮かんでしまい、手が震えて照準が定まらない。

 イアンは横から愛理の手を掴む。


「大丈夫だ、アイリ。俺がついている」


 愛理はイアンを見上げ、覚悟を決めて頷いた。

 ケヴィンを見据えて魔法を打った。


「フレイムバースト!」


 愛理の杖から一筋の赤い光がケヴィンに向かって飛んでいく。

 ケヴィンは愛理に笑顔を向けた。


「ありがとう」

「やめろぉぉぉ」


 地を這うような声が空中から聞こえてきた。

 赤い光がケヴィンに当たり、大規模な爆発を起こした。

 爆風が押し寄せてきて、愛理は顔を腕で覆った。

 イアンは愛理を護るように抱き寄せる。

 黒い靄はケヴィンから離れると、空からララーシャの声がした。


「よくやった。アイリーン」


 それと同時に、魔王の直下の地面に巨大な魔方陣が浮かび上がった。


「また千年後に会おう。……できれば、会いたくはないけどね」


 ララーシャの言葉と共に魔王は魔方陣に吸い込まれていく。

 魔王の言葉にならない叫び声は、魔方陣が消えたと同時に聞こえなくなった。

 ララーシャは地上に向けて言う。


「魔王の封印は終わった! 我らの勝利である!」


 地上では地鳴りがするような雄叫びが上がった。

 愛理は魔法の威力でできた窪地に倒れているケヴィンに駆け寄る。

 服は焼け焦げ、酷い怪我を負ったケヴィンは動かない。

 愛理はケヴィンの横に膝をついた。


「ごめんなさい。ケヴィン殿下……」


 愛理の背後ではアデルが泣きじゃくっている。


「ケヴィン、ケヴィン……!」


 その時、ケヴィンの指先がわずかに動いたのを愛理は見逃さなかった。


「まだ生きている!」


 愛理は迷うことなくケヴィンの胸に手を翳した。


「ハイヒール!」


 ケヴィンは水色の光に包まれて、焼けただれた皮膚は治り、深い息をした。

 そして、薄い茶色の瞳を開いた。

 アデルはケヴィンを抱き起こした。


「ケヴィン! よかった……!」

「アデル……。俺は生きているのか……?」

「ええ! ケヴィン! あなたは生きているわ!」


 ケヴィンはアデルを強く抱きしめ、涙を流した。


「弱かった俺を許してくれ……」

「あなたは弱くない。弱かったら魔王を抑えることなんてできないもの……」


 ケヴィンとアデルはキスをした。

 それを目の当りにした愛理が顔を赤くして背けた。

 そんな愛理の様子を横で見ていたイアンは小さく笑った。

 むっとした顔で愛理はイアンを見上げ、イアンは愛理に手を差し伸べる。

 愛理はその手を掴んで、立ち上がった。

 背後では魔王が呼んだ魔獣や獣との戦いが続いている。

 愛理とイアンはそちらに向かった。



 夕刻には魔獣や獣との戦いも終わった。

 松明を焚き、人間族もエルフ族も入り乱れて宴会が開かれている。

 その中にはクレイグ、ジュリアス、ローナ、ジョアンナの姿もあった。

 愛理、イアン、ラウラ、ララーシャ、シルフは端の方で座って、食事をしていた。

 愛理は宴会を眺めながらしみじみと言う。


「終わったんですね……」


 ララーシャは骨付き肉をかじってから言った。


「うん。終わったね」


 愛理はララーシャに尋ねる。


「ララーシャ様はこれからどうするんですか?」

「うん? うーん。ルイスフィールドを回ってから天界に帰ろうかな。でも、しばらくは王都も見たいから、イアンの家に居候する」


 ララーシャはそう言って、また肉にかぶりついた。

 それを聞いていたイアンは、頭痛のする頭に手を添えた。

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