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第58話 女神ララーシャ

 愛理たちは夕食を食べた後、客室で今後のことを話していた。

 シルフがはっとあらぬ方向を見たので、愛理は尋ねる。


「シルフ様、どうかしましたか?」

「今、一瞬だが女神ララーシャの気配を感じた」


 みんなの視線がシルフに注がれる。

 ローナはシルフに尋ねる。


「じゃあ、女神ララーシャはメイスンにいる?」

「恐らく。だが、もう気配は感じない」


 クレイグは言う。


「もうしばらくメイスンで探してみるか」



 翌日。

 愛理たちは部屋のドアを叩く音がして、目が覚めた。

 クレイグがドアを開けた。


「どうかされたのか?」


 そこにいたのは侍女で、焦った様子で言う。


「シルビアお嬢様の容態が急変して……。シスター様、診ていただけませんか?」


 部屋の中で話を聞いていた愛理は、ローナとラウラを連れてシルビアの部屋へ急いだ。

 シルビアの部屋には領主のポールがいて、シルビアに寄り添い、必死に名を呼んでいる。

 ベッドに横たわるシルビアは意識がないようで、浅い呼吸を繰り返していた。

 愛理はシルビアの横に立った。


「領主様、失礼します」


 ポールは愛理の声に顔を上げると、頷いてからシルビアの手を離した。

 ラウラはシルビアの様子を見て、治癒魔法をかける。


「ヒール」


 けれど、シルビアの容態はよくならない。

 シルビアは昨日よりも青白い顔をしていた。

 愛理はポールに言う。


「人払いをお願いしてもいいですか?」


 ポールは頷いて、部屋にいた侍女たちとともに部屋から出ていった。

 愛理がシルビアの胸に手を翳すのを見て、ローナはその手を取った。


「まさか水の精霊ウンディーネの加護を使う気? 残り二回しかないんだよ」


 愛理は泣きそうになりながらローナを真っすぐに見た。


「分かっています。でも、目の前で死んでしまいそうなシルビア様を見捨てることはできない!」


 シルビアの意識がわずかに戻ったようで、虚ろな茶色の瞳でこちらを見た。


「シスターアイリーン、助けて……」


 その声は弱々しく、息も絶え絶えだった。

 愛理が訴えかけるようにローナに視線をやると、ローナは愛理の腕を掴んでいた手を離した。

 愛理はシルビアに水の精霊ウンディーネからもらった加護の治癒魔法をかける。


「ハイヒール」


 シルビアの体を水色の光が覆っていくと、頬に赤みが戻り、髪は白髪から茶髪へと変わっていく。苦しげだったシルビアの顔が穏やかになった。

 水の精霊ウンディーネの加護の治癒魔法はシルビアに効いたようで、愛理はほっと息を吐く。

 シルビアはゆっくりと上体を起こした。


「苦しくない……。それに、髪が茶色に戻っている……」

「今、領主様を呼んできますね」


 愛理はドアを開けて、ポールを室内に入れた。

 ポールはシルビアの姿を見て泣き崩れた。


「ああ、シルビア……。奇跡だ……」


 そして、ポールは涙を流しながらシルビアを抱きしめた。



 一段落して、愛理たちは客室に戻った。

 愛理が一通り説明をすると、クレイグは顔を顰め、愛理を諭した。


「水の精霊ウンディーネの加護を使った? アイリーン嬢の気持ちは分かる。だが、この世界すべての病を癒すことはできない。心を鬼にしなければならない時もある」


 愛理は居たたまれずに俯いた。


「分かっています。だから、昨日は使わなかった……」


 イアンは愛理の黒髪を撫でる。


「使ってしまったものはしかたがない。アイリーンが得た加護だ。使いどころはアイリーンが決めればいい」


 実際のところ、愛理はシルビアにハイヒールを使ったことを少しだけ後悔していた。

 魔王との戦いを控えているのに残りはあと一回だ。

 もし、この中の複数人が怪我をした時、愛理はひとりを選ばなければならなくなるかもしれない。



 昼食はシルビアの回復祝いを兼ねたものだった。

 ダイニングには元気になったシルビアの姿もあった。

 愛理は楽しげに笑っているシルビアを見て、その時だけは助けてよかったと心から思った。



 昼食後、領主邸を出て、愛理たちは宿屋に戻った。

 テーブルに地図を置いて、話し合っている。

 クレイグは言う。


「明日はメイスンを歩いてみよう。シルフ様がなにか感じるものがあるかもしれない」


 ローナは頷く。


「そうだね。手がかりはシルフ様がメイスンで感じた気配だけだ」


 愛理は頷いた。


 ――魔王の完全復活は近い。早く女神ララーシャを探さないと……。




 翌日。

 愛理たちはメイスンの石の家と石畳の道でできた統一感のある綺麗な街を歩いた。

 道は狭く、入り組んでいるため、うっかりすると迷子になりそうだ。

 時折、シルフが女神ララーシャの気配を感じ取り、その方向を差した。

 愛理たちはその度にシルフが差す方角を目指すが、この日は女神ララーシャを見つけられずに終わった。



 さらに翌日。

 愛理たちは朝からメイスンの街を練り歩く。

 昨日は楽しめていた景色も、さすがに慣れてきた。

 シルフの指差す方向に進むが、建物を避けながら歩いているため、女神ララーシャに行きつく前に、気配が途切れてしまう。

 けれど、昨日よりもシルフが女神ララーシャの気配を感じ取る頻度は多くなっていた。

 シルフは首を傾げながら言う。


「ふむ。どうして急に女神ララーシャの気配を感じるようになったのだろうか」


 クレイグは、はっとしたように言う。


「もしや、女神ララーシャの目覚めが近いのでは?」


 ローナは首を傾げながら言う。


「そうならいいけど。でも、魔王にも感じ取られているんじゃないの? こっちに近づいているかもしれない」


 愛理は頷く。


「そうですね。アデル様の時を考えると、魔王の移動速度は早そうですし……」


 イアンは顎を擦りながら言う。


「早く見つけ出さなければ。なにか目印でもあるといいんだが……」


 ラウラは溜息を吐いてから言った。


「シルフ様しか頼れない状況……」


 愛理たちも溜息を吐いた。



 その日の夜。

 愛理たちは宿屋でメイスンの地図を囲んで話していた。

 ローナはみんなに尋ねる。


「どう思う? 女神ララーシャは本当にメイスンにいるのかな。隣町にいるとか」


 愛理はシルフを抱えて言う。


「そうですね。隣町も近いですし、その可能性もあるかも……」


 シルフは首を横に振った。


「いや。女神ララーシャはメイスンにいると、わたしは確信している」


 ラウラはじっとメイスンの地図を見ながら言う。


「シルフ様が指差していた方向は、すべて領主邸の辺りを指していませんか?」


 イアンが羽ペンを手に取り、線を引いて行く。


「たしか、この辺りにいた時は北東を指していた」


 クレイグも地図を指差して言う。


「ここにいた時は、たしか南東を指差していた」


 ラウラはメイスンの地図を指差す。


「ここにいた時は、真東を指していました」


 そうやって思い出しながら線をつけたしていくと、ほとんどの線は領主邸の辺りで交差していた。

 クレイグはそれを見て興奮したように言う。


「領主邸の近くに女神ララーシャはいるということか! だから、領主邸に滞在していた時に、シルフ様は女神ララーシャの気配を感じ取れた。シスターラウラ、よく気がついたな」


 ローナもやっと掴んだ手がかりに満足そうに頷いた。


「そしたら、明日は領主邸の近くを探してみよう!」


 その時、愛理に抱きかかえられているシルフが言った。


「先ほどから、ずっと女神ララーシャの気配がしている。途切れていない」


 愛理はシルフを見下ろして尋ねる。


「ずっと、ですか?」

「ああ。それどころかこちらに近づいてきているぞ」


 愛理はそれを聞いて目を丸くした。


「ええ⁉ 早く行きましょう!」


 愛理たちは急いで出かける支度をして、宿屋の一階に下りて行く。

 すると、宿屋の受付に見覚えのある顔がいた。

 シルビアは愛理たちに気がついて、手をひらひらとさせる。


「よかった。この宿屋だった」


 シルビアはドレス姿ではなく、冒険者の出で立ちだった。

 Tシャツ、ショートパンツを着て、ニーハイの靴下、ブーツを履いている。腰には短剣を刺していた。

 愛理は驚いて、シルビアに近づいて行く。


「シルビアお嬢様。どうしてこんなところに?」


 愛理はシルビアの異変に気がついた。


 ――シルビアお嬢様の瞳の色は金色だったっけ?


「わたしも連れてってもらおうと思ってきちゃった」


 シルフが愛理に耳打ちした。


「女神ララーシャだ」





 愛理たちはララーシャを連れて部屋へ戻り、ドアを閉めるとララーシャに跪く。

 シルフも緑の髪の女性の姿になり、跪いた。

 愛理は真面目な顔で俯きがちに言う。


「女神ララーシャ、お探し申し上げておりました」


 ララーシャはきょとんとして愛理を見下ろす。


「わたしを探していたの?」


 愛理はその言葉に頷いた。

 それを見たララーシャは近くの椅子に腰掛ける。


「まぁ、とりあえず顔を上げなよ。話を聞かせて」


 愛理たちは各々椅子に腰かけ、愛理は今までの経緯をララーシャに話した。


「ふーん。魔王が復活しているの。どおりで嫌な気配がすると思った。それで、わたしを探していたってわけ?」


 愛理は頷く。


「そうです。シルフ様からララーシャ様は眠っていらっしゃると聞いていたので、目覚めるまでお守りしようと思っておりました。目覚められたのですね?」


 ララーシャは椅子の上で胡坐をかき、首を横に傾げている。


「まぁ、まだ完全にと言うわけではないけど。顕現できるまではもう少しかかるかな。この子を依り代にしたはいいけど、どんどん衰弱しちゃって……。あやうくわたしも魔王を封じる前に、天界に戻るところだったわ。助けてくれてありがとうね、アイリーン」


 それを聞いたローナは目を丸くして言う。


「シルビアお嬢様を助けてよかったってことか。アイリーンの判断は正しかったわけだ。取り返しがつかなくなるところだった……」


 愛理も数少ない水の精霊ウンディーネの加護の使いどころを間違えていなかったようで、ほっと胸を撫で下ろした。

 愛理は首を横に傾げて言う。


「わたしたちと一緒に来ていただけるのは嬉しいのですが、領主様にはどのようにご説明されたのですか?」

「うん? 元気になったから、世界を旅してくるって言ってきた」


 それを聞いた愛理は驚いて、黒い瞳をぱちくりとさせた。


「それで、領主様はなんと?」


 女神ララーシャはにこっと可愛らしく笑った。


「行ってこいって、快く送り出してくれたよ」


 ポールも納得しているのなら問題はないが、病み上がりの若い娘をよく見送ったものだ。

 愛理は立ち上がり、女神ララーシャに言う。


「では、私たちと一緒に来てください」

「うん。そのつもりで来たしね。よろしく、アイリーン」


 ララーシャも立ち上がり、愛理に手を差し出す。

 愛理はその手を握った。

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