第57話 魔力0の少女
翌日。
愛理、イアン、クレイグ、ローナ、ラウラ、シルフは再びメイスンへと立った。
クレイグが御者を務める馬車の中で愛理たちは話していた。
ローナは言う。
「シスタージョアンナから西部の話を聞いてきたよ。西部で珍しい人や有名人はいないかって尋ねたんだ。そしたら、大道芸人とか力自慢の鉱夫だとか、しょうもないのばかりだったんだけど、ひとつ気になったのが魔力0の少女の話」
ラウラは言う。
「魔力0と言うことはEランク。Aランクと同じくらい珍しい。生活が大変」
「なんでもメイスンの領主の娘でとても病弱らしい。めったに屋敷から出てこなくて、シスタージョアンナも一度しかあったことがないらしい」
愛理は首を横に傾げた。
「でも、女神ララーシャの依り代になる人って、とっても魔力があって強そうな感じがします」
「あたしもそう思っていたけど、だとしたらAランクの誰かってことにならない?」
愛理は考えてから頷いた。
「それもそうですね」
「でも、シルフ様はそのAランクの全員と会っている。そうでしょう?」
イアンは顎をさすった。
「確かにそうだな。シルフ様、女神ララーシャに近づけば分かりますか?」
シルフは愛理の膝の上で少し考えた。
「目覚める前の女神ララーシャにお目見えしたことがないから定かではないが、気配を消していらっしゃるとしても多少漏れ出すものはある。きっと分かるだろう」
愛理もシルフに尋ねる。
「そもそも、依り代になっている人は、自覚はあるのでしょうか?」
「ないだろうな。恐らく」
イアンは言う。
「情報もないんだ。一度その伯爵令嬢に会ってみてもいいかもしれない」
愛理たちは頷いた。
愛理たちは女神ララーシャの手がかりを探して村々に立ち寄りながら、九日かけてメイスンについた。
まずは宿屋に荷物を置いてから、さっそく領主邸に向かった。
領主邸は階段の多い街の中でも一番高いところにあった。
到着する頃には、みんな息が上がっていた。
ローナは膝に手をつき、呼吸を乱しながら言う。
「これは病弱じゃなくても家から出たくないよ」
愛理は玄関のドアをノックすると、ひとりの侍女がドアを開けた。
愛理は一礼してから言う。
「わたしはアイリーン・エヴァンスと申します。突然の訪問、大変失礼いたします。メイスンに来ましたので、領主様にご挨拶をさせていただきたいのですが……」
侍女は愛理たちを見た。
「シスター様と騎士様ですか。申し訳ございませんが、こちらで少々お待ちください」
侍女はドアを閉めた。
しばらくして侍女が戻ってきた。
「お待たせしました。ご案内いたします」
愛理たちは侍女に応接室に案内された。
侍女はノックをしてからドアを開ける。
そこにはがたいのいい男性がひとり立っていた。
「ようこそ、メイスンへ。領主のポール・ルーカスと申します。さぁさ、シスター様、騎士様。お掛けください」
愛理たちも自己紹介してから席に座った。
四人席だったので、愛理とクレイグが座り、その後ろにイアン、ローナ、ラウラは立った。
愛理はポールに頭を下げる。
「突然の訪問、申し訳ございません。こちらに病弱なお嬢様がいらっしゃると聞いて、わたしたちにできることはないかとお伺いいたしました」
それを聞いたポールは苦々しい笑みを浮かべる。
「お気遣いいただき、ありがとうございます。しかし、先日、教皇候補のシスタージョアンナにも診ていただいたのですが、手の施しようがないと言われてしまいまして……」
「そうだったのですか……。一度お会いすることはできますか?」
「そうですね。ぜひ一度娘のシルビアに会ってやってください。家にこもりっぱなしのせいか、旅の話が好きなので、聞かせてやってください」
大勢で押しかけるのもどうかと思い、愛理とシルフだけでシルビアと会うことにした。
ポールに案内されて、シルビアの部屋に行く。
ポールはノックしてから扉を開けた。
「シルビア、調子はどうだ? シスター様がお前を診てくださるそうだ」
愛理はポールのあとから部屋に入った。
白い家具で統一された可愛らしい部屋だ。
天蓋付きのベッドにシルビアは上体を起こして座っていた。
青白い肌に真っ白な髪。十代前半くらいの少女だった。
「まぁ、シスター様。ありがとうございます。お願いいたします」
愛理はシルビアの横に立った。
ポールが椅子を持ってきてくれたので、そこに座る。
「じゃあ、少しだけ失礼しますね」
愛理は少女の細い腕を取って脈を診たり、首元に手を当ててみた。
愛理はちらりとシルフを見る。
シルフは首を横に振った。
――女神ララーシャの依り代はこの子じゃない。
それから、愛理はシルビアにハイヒールを使うか悩んだ。
ウンディーネから得た加護のハイヒールは三回しか使えない。
そのうちの一回はアデルに使っているため、残りはあと二回。
これから魔王と戦わなくてはならいことを考えると、使う場所はここではないと愛理は判断した。
シルビアは愛理の腕を軽く叩いた。
「シスター様のお名前を教えてください」
「アイリーンと申します。シルビアお嬢様」
シルビアは真っすぐに愛理を見た。
「わたくしの病気が治らないのは分かっているんです。この前、教皇候補のシスタージョアンナも来てくれたんです。シスタージョアンナは王都の治療院の院長をしていると言っていました。そんな方に治せないのなら、きっと誰にも治せないのでしょう」
「ごめんなさい……」
シルビアは首を横に振った。
それから、茶色の瞳を輝かせて言った。
「それよりも、旅のお話を聞かせて。シスターアイリーンの肩にいるのはなあに?」
愛理は肩に乗っているシルフを膝に乗せる。
「ドラゴンですよ」
「わぁ。これがドラゴン? 触ってもいい?」
シルフは頷いた。
シルビアはシルフの頭を撫でる。
それから、しばらく愛理はシルビアに旅の話を聞かせた。
シルフの背に乗って空を飛んだこと、エルフの隠里などを話した。
ポールがそっと話に割って入ってきた。
「そろそろ日が暮れる。シスターアイリーンは帰らないといけないから、そろそろおしまいにしよう」
シルビアは愛理の腕を取る。
「もう帰ってしまうの? シスターアイリーンのお話はとっても面白かったわ。今日はぜひ泊って行って」
「でも……」
愛理は困ったようにポールを見た。
「娘のわがままを聞いてやってはくださいませんか。宿屋の料金はわたしが持ちます」
ポールにもそう言われては、愛理は頷くしかなかった。
シルビアは嬉しそうに笑った。
「やった! 明日もお話を聞かせてね」
応接室で待っていたイアンたちと愛理は合流した。
その後、ポールは愛理たちを客室に案内した。
「夕食の準備ができましたら、お呼びいたします」
ポールが部屋を出て行った。
ローナは愛理に尋ねる。
「それで、シルビア様はどうだった?」
愛理は首を横に振る。
「依り代ではないようです。病状もあまりよくないようで……。泊っていくように言われて断れませんでした」
イアンは言う。
「そうか。そういうことなら、しかたがない。今日は世話になろう」
シルビアの部屋は照明の火が消され、白い月明かりが窓から注いでいる。
シルビアは天蓋付きのベッドの中で横になっていた。瞳が開くと、その瞳は金色だった。上体を起こし、窓の外を見る。
「嫌な気配だ……」
シルビアの瞳が茶色に戻り、しばらく瞬きをした。
「わたくしは一体、何を……」
シルビアは自分の体を抱く。
最近、自分の意思と関係なく体が動いていて、シルビアはいつも恐怖にかられた。
――これも病気の症状なのかしら……。
シルビアの病気はなにか分かっていない。
ジョアンナの話によると、とても衰弱していると言っていた。
しかし、なぜ衰弱しているのかは分からないのだ。
――誰かがわたくしの中にいて、わたくしがわたくしではなくなっていくみたい……。
シルビアは恐ろしくて涙を流した。