第56話 聖女の称号
翌日。
愛理は教皇のマーガレット、イアンとともに馬車で王城へ向かい、王のジャレッドの執務室に通された。
執務室には執務のための机と、その前に八人掛けの大きなテーブルが置かれている。
愛理たちは出されたお茶を飲みながらジャレッドが来るのを待った。
しばらくすると、ジャレッドと王太子のアルフレッドが入室してきた。
事前に人払いをお願いしていたので、執務室には愛理、ジャレッド、アルフレッド、イアン、マーガレットの五人だけだ。
愛理たちは立ち上がり、ジャレッドとアルフレッドにお辞儀をする。
ジャレッドは軽く手を上げて着席を促す。
愛理たちは席に着いた。
まずはマーガレットがジャレッドに頭を下げた。
「陛下。突然の訪問、申し訳ございません。急ぎ伝えたいことがございます」
ジャレッドは頷く。
「教皇が急ぎと言うときは、大抵よからぬこと。前置きはよい。話しなさい」
マーガレットは頷いた。
「では、お話しさせていただきます」
マーガレットは魔王の復活と、その魔王が取り憑いているのが王兄のケヴィンであることを中心に告げた。
それを聞いたジャレッドは眉間に手をやり言う。
「兄上が魔王に取り憑かれているだと? ずっと行方が分からなかったのは、記憶を失っていてエルフの隠れ里にいたからだったとは……」
ジャレッドはしばらく黙ったのちに問う。
「アデル嬢は魔王の片割れに取り憑かれていたと言うが、今はどうなのだ?」
マーガレットは答える。
「アイリーンの治癒魔法で一命をとりとめております」
ジャレッドは頷く。
「ならば兄上も、もしかしたら助かるかもしれぬということか。それで、アイリーン嬢が四大精霊の加護を得たというのは本当か?」
「はい。間違いございません」
ジャレッドはそう答えた愛理をじっと見る。
「そなたにはいつも驚かされる。王家の言い伝えでは、四大精霊の加護を得た者は聖女、聖人と呼ぶ。最後の聖女は九百年近く昔に教皇になった女性だそうだ。それに倣って、アイリーン嬢に聖女の称号を与えよう」
愛理は王の前だと言うのに取り乱し、どうしたらいいか分からず、イアンに視線を送る。
イアンは頷いた。
「落ち着きなさい、アイリーン。陛下から賜った称号だ。丁重に頂戴しなさい」
愛理は頷いてから立ち上がり、お辞儀をした。
「聖女の称号をお与えくださり、感謝いたします」
「本来ならば聖女の誕生を盛大に祝いたいものだが、今はそうは言っていられない状況。こののち、女神ララーシャを探しに西部へ立つのであろう」
愛理とイアンは頷く。
イアンが言う。
「そのつもりです。陛下」
「なら、これを持っていけ」
ジャレッドが差し出したのは竜の紋章だった。
愛理はそれを受け取るが、イアンが驚いてジャレッドに問う。
「これは……! よろしいのですか?」
「これを見せれば、大抵の貴族は協力してくれるはず。聖女に託す」
愛理は竜の紋章に見覚えがあった。
豊穣祭や新年会の時に飾られていた旗に刺繍されていた紋章だ。
イアンは愛理に言う。
「これは王家の紋章だ。これを持つ者には権限が与えられる、持っている者は俺が知る限り、騎士団長と教皇様だけだ」
愛理は頂いたものの重さに気がつき、ジャレッドを見た。
「余が聖女にできる唯一の支援だと思ってくれ」
愛理は頭を下げた。
「お心遣いありがとうございます」
ジャレッドは頷く。
「それで、教会はどのように動くつもりか」
マーガレットは答える。
「我々は魔王に取り憑かれているケヴィン殿下の捜索を考えています」
「そうか。しかし、どこにおるか分かっていないのであろう。ルイスフィールドは広いぞ」
ジャレッドの隣に座るアルフレッドが言う。
「陛下、ひとつ進言をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「申してみよ、アルフレッド」
アルフレッドは机の上に青い小竜の紋章を置いた。
「これは王太子の紋章です。叔父上が赤い小竜の紋章を持ったまま行方不明になったため、わたしの紋章は青。つまり、小竜の紋章は今この世に二つあるということです。わたしが叔父上だったら、どこかに身を寄せて、まずは力の回復を図るでしょう。安全な場所、たとえば地方貴族の邸宅などです」
アルフレッドの考えを聞いたジャレッドは髭を撫でる。
「なるほど。小竜の紋章は王太子の証明になる。貴族が兄上をアルフレッドと勘違いして匿う可能性もなきにしもあらずということか」
「はい。その通りです、陛下」
「しかし、匿われているとなれば探し出すのは至難の業。一軒ずつ当たるわけにもいくまい」
「公表してしまえばよいのです。赤い小竜の紋章は偽物である、と」
ジャレッドは目を閉じて、しばらくして口を開いた。
「では、こうしよう。赤い小竜の紋章を持つ者が現れたら、悟られぬよう秘密裏に通報するように貴族に通達を出そう。赤い小竜の紋章を持つ兄上を捕えようとして、国民に被害が出ては困る。今は魔王の居場所を把握できればそれでよい」
マーガレットは頷く。
「そうですね。陛下のおっしゃる通りです。わたくしは魔王と一度会いましたが、人の手に負えるものではありません」
イアンも頷く。
「そのような通達であれば、きっと貴族たちはアルフレッド殿下がふらっと地方を歩き回っていて、王家は居場所の把握をしたいだけと思うでしょう」
アルフレッドは得意げに言う。
「わたしの放浪癖も時には役に立つでしょう。陛下」
ジャレッドは白髪の混じった茶髪を掻きながら溜息を吐いた。
こうして、ジャレッドとアルフレッドとの会談は終わった。
愛理たちはランドール邸に戻った。
すると、出迎えた執事から騎士団長のアーサーがマーガレットを訪ねてきていると報告があった。
アーサーは応接室で待っているそうだ。
マーガレットは愛理とイアンを連れて、応接室へと向かい、ノックしてからドアを開けた。
そこにはアーサーとクレイグの姿があり、アーサーは立ち上がり、一礼した。
愛理たちも一礼を返す。
マーガレットは手を差し出した。
「お掛けください」
みんな席に座ったのを確認してからアーサーは言う。
「クレイグから事情は聞きました。まだ公にするのもいかがなものかと判断し、教皇様の私邸の方へ参った次第です」
マーガレットは頷く。
「正しい判断です。わたくしも教会の関係者では、シスターゾーイにしか話していません。わたくしも騎士団長とは面と向かってお話ししたいと思っておりました」
「それで、陛下にお会いしてきたとか。魔王捜索についてはどのように」
「陛下は貴族にお触れを出すと申しておりました。王太子の証である小竜の紋章は二つあり、アルフレッド殿下を装い貴族邸に匿われている可能性を考えておられます。その想定が当たれば、魔王の居場所はいずれ把握できるでしょう。しかし、問題はそうではなかった場合です。わたくしは捜索隊も出すべきだと考えています」
アーサーは頷く。
「わたしもそれを想定してここへ来ました。教会と協力して、小隊を各地へ送るのはどうかと提案をしに来ました。あまり大人数では周囲に不安を抱かせてしまいよくない。四、五名の小隊をいくつか編成してはいかがでしょう」
「そうですね。偵察に長けたものを選抜してみましょう」
「こちらも同様に。魔王の復活など国民にいらぬ不安を抱かせては混乱の元です。今は内密に動きましょう」
マーガレットは頷いた。
アーサーは一礼してから部屋を出て行った。
愛理たちは昼食をとるためにダイニングに集まった。
お留守番をしていたローナ、ラウラ、シルフ、アデルも合流した。
愛理は一通り、説明して情報を共有する。
ローナは目を見張って言う。
「聖女か。アイリーンも出世したなぁ。実際はまだ学院生の身分なのに」
愛理は困ったような控えた笑みを浮かべる。
クレイグは愛理に問う。
「それで、俺たちが西部に行くのは変わりないんだな?」
愛理は頷く。
「明日には立ちましょう。シルフ様、女神ララーシャの気配を感じた時にいた場所はどこですか?」
「メイスンにいた時だった」
「なら、まずはメイスンに行ってみましょうか」
ローナが言う。
「西部と言えば、シスタージョアンナだ。あとで聞いてみるよ」
マーガレットはローナに釘を刺す。
「シスターローナ。我々は、魔王と女神ララーシャのことはまだ公表するつもりはありません。情報の取り扱いにはくれぐれも気をつけてください」
「承知いたしました。シスタージョアンナには西部の話だけ聞いてみます」
マーガレットは頷いた。
昼食後、愛理たちは一度解散することにした。
ローナとラウラは教会の寮に、クレイグも騎士団の寮に、愛理とイアンはエヴァンス邸に戻った。