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第54話 アデル

 わたくしが王太子だったケヴィン殿下と出会ったのは五歳の頃。

 同い年のケヴィン殿下と、その弟のジャレッド殿下の遊び相手になるために、教皇だった母と、父と、双子の妹のマーガレットと一緒に王城に上がった時だった。



 それからすぐに貴族学校に入学し、ケヴィン殿下と同級生になった。

 わたしくしたちは気が合って、マーガレットも含めた三人でよく一緒に行動していた。



 年齢が上がるにつれて、わたくしはケヴィン殿下に惹かれていった。

 けれど、わたくしは教皇を目指していたし、ケヴィン殿下はいずれ王位を継ぐ。

 教皇と王族は婚姻ができない決まりで、わたくしはケヴィン殿下への想いをずっと胸に秘めていた。



 状況が変わったのは、わたくしが教皇選抜試験の候補者になった頃だった。

 ケヴィン殿下はわたくしを湖に呼び出したのだ。

 思いつめた様子のケヴィン殿下に、わたくしは尋ねた。


「どうしたの? こんなところに呼び出して……」


 ケヴィン殿下はしばらく黙っていたが、わたくしの肩を掴んで言った。


「教皇候補を辞退してくれないか?」


 思いがけないお願いに、わたくしはケヴィン殿下の手を払った。


「わたくしの目標が教皇になることなのは、あなたも知っているでしょう」

「……なら、俺は王位を継がない」


 わたくしはケヴィン殿下の腕を掴んだ。


「どうしてそんなことを言うの? そんなこと許されるわけがない!」

「俺はアデルが好きなんだ。愛している……」


 ケヴィン殿下はわたくしの目を見て言った。

 わたくしの心は揺れた。


 ――わたくしだって許されるなら……。


 わたくしはそう思ったが、それを自分で許せなかった。


「できないわ!」


 わたくしは耐えられなくなって、ケヴィン殿下の前から逃げた。



 それから、わたくしは教皇選抜試験が終わるまでに、ケヴィン殿下から何通も手紙をもらった。

 『愛している』『教皇候補を辞退してほしい』『王位を捨てる』

 そんなことばかり並びたてられた手紙を見て、わたくしは困惑していた。

 わたくしは、ケヴィン殿下とはお互いに責務があることを理解し、お互いに支えあえているのだと勝手に思っていた。

 それなのに、その責務を投げ出そうとしているケヴィン殿下を心のどこかで軽蔑していたかもしれない……。



 教皇選抜試験が終わって、わたくしは教皇になることが決まった。

 わたくしはケヴィン殿下からまた手紙を受け取った。

 今度は、一言『会いたい』とだけ書かれていた。

 わたくしは悩んだが、このままにして置けないとも思って、ようやく羽ペンを取った。


『明日の五の鐘の時、あの場所で』


 そう手紙に綴って、ケヴィン殿下に送った。



 翌日の五の鐘の時、わたくしは湖に行った。

 ケヴィン殿下はすでに来ていて、わたくしを見て嬉しそうな笑顔を向けてくれた。

 けれど、わたくしはケヴィン殿下の変わりように足を止めた。

 ケヴィン殿下の頬はこけ、顔色も相当悪かった。


「アデル?」


 ケヴィン殿下は立ち止まったわたくしを不思議に思ったのか、わたくしに手を伸ばして尋ねるように名前を呼んだ。

 わたくしはその手を取って尋ねた。


「どうしてしまったの? ケヴィン殿下」

「どうもしないさ、アデル。それで、考えてくれたか? 俺とのこと」


 わたくしは一度目を閉じて、覚悟を決めて開いた。


「わたくしは教皇になります」


 すると、ケヴィン殿下は今までに見たことがないような怖い顔をして怒鳴ってきた。


「なぜ分かってくれないんだ! アデル!」


 ケヴィン殿下はそう言うと苦しそうに頭を抱えた。


「ケヴィン殿下こそ、わたくしたちの未来を考えていない!」


 わたくしの中にケヴィン殿下を憎む気持ちが湧いた。

 すると、ケヴィン殿下から黒い靄が噴き出して、それはどんどんと大きくなり、目が開いた。


「ほぉ、そちらの方が我の器によさそうだ」


 地を這うような声がしたと思ったら、黒い靄がわたくしの中に入ってきた。

 ケヴィン殿下に対する憎しみがより深くなるのを感じた。

 それと同時に、この黒い靄はいけないものだと感じた。

 わたくしが力を振り絞って、黒い靄を体の中に抑え込もうとすると、黒い靄は、わたくしの中に入ってくるのを止めた。

 そして、わたくしの中から出て行こうとするのを感じた。

 ケヴィン殿下の方に戻って行くのを見て、わたくしは念じた。


 ――だめ! ケヴィン殿下のところには行かせない!


 すると、黒い靄はぷつんと切れた。

 結局、黒い靄の半分はケヴィン殿下に戻り、もう半分はわたくしの中に残った。

 ケヴィン殿下はよろけるように数歩下がった。

 わたしも意識が霞む中、なんとか失神しないように堪えた。

 そして、護身用に持ってきていた短剣を取り出した。


「あなたは一体なに? ケヴィン殿下ではないのね」

「貴様、我を封印しようとしたな!」


 地を這うような声でケヴィン殿下は叫んだ。

 わたくしはケヴィン殿下の腹部を短剣で刺した。

 肉の弾力、手を熱い血が流れる感覚に、わたくしは震えながら手を離した。

 ケヴィン殿下はその場に膝をつき、洋服はみるみるうちに血で染まっていった。

 わたくしはどうしてこんなことになったのかと涙を流した。

 すると、ケヴィン殿下が刺さったままだった短剣を抜き、今度はわたくしを刺した。

 わたくしは痛みで膝が崩れ、ケヴィン殿下の腕に掴まった。

 ケヴィン殿下の薄い茶色の瞳にわたくしが写っていた。

 その瞳にわずかに光が戻った。


「アデル……。うわぁぁ」


 ケヴィン殿下は短剣から手を離し、頭を抱えて叫びながら黒い靄と共に消えた。

 わたくしは砂浜に横たわりながら咳き込むと、口から血が出てきた。


 ――意識が遠のいていく……。ああ。わたくしは死ぬのね。


 青い空を見上げてそう思った。

 そこへわたくしを探しに来た護衛騎士のマークの声が聞こえた。


 ――万が一のために、マークに行き先を告げてきてよかった。


 わたくしはまた血を吐いた。息がしにくく、苦しかった。

 マークはわたくしを抱え起こす。

 動くと傷が痛んで、わたくしは顔を歪めた。


「アデル、これは一体……」

「わたくしを家へ連れて帰って。このことは内密に……」


 わたくしはひどく咳き込んだ。


「しゃべってはいけない」


 マークは応急処置をしてくれた。

 そして、わたくしは意識を手放した。



 そこから、しばらくわたくしは暗闇の中にいた。

 意識はとてもぼんやりとしていた。

 わたくしの魂はあの黒い靄に半分持っていかれていて、幸か不幸か、その半分を黒い靄が補っていることに気がついた。

 そして、わたくしは、ケヴィン殿下とちゃんと話し合わずに逃げてしまったことを後悔していた。


 ――あの時に戻れれば……。あの時、ケヴィン殿下に寄り添っていれば、また違った結果が生まれていたのかも……。


 そう思ったら、目の前に光が差した。

 わたくしは起き上がり、辺りを見渡すと、そこはわたくしの部屋だった。


 ――マークは希望通りに家に運んでくれたのね。わたくしは助かったんだ。


 刺された個所に触れても痛くない。

 そこへ使用人が朝の支度に来た。

 しかし、いつも通りで変わったことはない。


 ――わたくしは刺されて家に戻ったはず……。目覚めたというのに、なにかがおかしいわ。


「今日は何日だったかしら」

「一月十日ですわ。アデルお嬢様」


 わたくしは耳を疑った。

 その日は、わたくしがケヴィン殿下に告白をされた日だった。


 ――戻ってきた? わたくしが願ったから……?




 そこから、わたくしはできるだけケヴィン殿下に寄り添うようにした。

 教皇候補を辞退し、ケヴィン殿下の願いを受け入れた。

 けれど、わたくしに夢を諦めさせたケヴィン殿下は己を責め、絶望した。

 結局、黒い靄は現れて、それはやはりわたくしを殺すのだ。



 何度、過去をやり直しても結果は同じだった。

 そのうち、過去に行けるのなら、未来にも行けるのではないかと考えるようになった。

 その考えは当たり、わたくしは転生した自分の魂を辿れることに気がついた。

 何人もの人生を見て、わたくしはついに愛理に辿り着いた。

 強い魔力を持つ愛理に。

 けれど、愛理の世界もいずれ黒い靄に覆われて、愛理が十八になる前に滅んでしまった。


 ――もし愛理の世界に現れる黒い靄も、ルイスフィールドに現れた黒い靄と同じなのであれば、ルイスフィールドでどうにかできれば、愛理も助けることができるかもしれない。




 わたくしは過去に戻り、魔法の研究に打ち込んだ。

 ひとりでは結末を変えられないのなら、愛理をルイスフィールドに呼び、共に黒い靄を倒そうと考えた。

 何度も過去をやり直し、わたくしはやっと転送魔法を扱えるようになった。

 生き物は精霊石を介さなければこちらに呼ぶことができない。

 まずは、愛理の手に精霊石が渡るようにしなければならない。

 送る先は異世界だったが、愛理という目印があったのでそう難しくはなかった。

 愛理が精霊石を手に取ったのは、四歳の頃だった。


 ――まだだ。もう少し成長してからでないと……。


 それに、愛理の世界は精霊力が少なく、精霊石はすぐには使えないようだった。

 そのうちに愛理は精霊石をしまい込んで忘れてしまった。

 夢を通じて愛理に訴えかけることができそうだったが、それはなかなかうまくいかなかった。



 そして、時はきた。

 十五歳になった愛理が精霊石に触れた。

 転送魔法が発動し、やっと愛理をルイスフィールドに呼ぶことができた。



 それから、わたくしは魂を通じて愛理の行動を見続けた。

 そして、わたくしは黒い靄の正体が魔王だと知った――。

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