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第52話 魔王の片割れ

 愛理がいつもより少しだけ大きなドラゴンの姿になったシルフの背に乗って、洞窟の中から戻ってきた。

 ぐったりとしている愛理を見て、洞窟の外で待っていたイアン、クレイグ、ローナ、ラウラが急いで駆け寄る。

 イアンは心配そうに愛理に呼びかける。


「アイリーン! どうかしたのか?」


 少し顔色の悪い愛理は、シルフの背からゆっくりと降りた。


「サラマンダー様の試練を受けたの。魔力消費が多くて疲れた。シルフ様が見かねて、背に乗せてくれたの。もうだいぶ良くなったから大丈夫。シルフ様、ありがとうございました」


 愛理はシルフに頭を下げた。


「よい。サラマンダーが悪い」


 まだサラマンダーへの怒りがおさまっていないシルフはぷんぷんしながら、いつもの小さなドラゴンに戻った。

 イアンは愛理に尋ねる。


「それで、火の精霊サラマンダーから加護はもらえたのか?」


 愛理は笑顔で頷いた。


「一時はどうなることかと思ったけど、なんとかもらえたよ」


 その答えに、イアンは愛理の頭を撫でる。


「よくここまで頑張ったな」


 ローナは感心したように言う。


「これで四大精霊すべての加護を得たのか」


 愛理は頷いた。


「グレアムさんの家に戻ろう。早く休みたい」


 愛理はそう言って、エルフの隠れ里の方を見た。

 そこに長い茶髪を下ろした男性がひとり歩いてきた。

 イアンはその男性を見て、驚いた顔をしている。


「アルフレッド殿下……?」


 ――違う。あれは……。


「ケヴィン・ラッセル・ルイス殿下……」


 愛理はそう口にした。

 イアンが怪訝そうに愛理を見る。


「ケヴィン・ラッセル・ルイス殿下って、行方不明になっている王の兄君か? まさか……、そんなわけない。殿下と変わらない年頃に見えるぞ」


 愛理も信じられないものを見る目でケヴィンを見た。

 年を取っていないのもそうだが、ここはエルフの隠里だ。


 ――なぜここにケヴィン殿下がいらっしゃるの?


 グレアムが眉を顰めて近寄ってくる男性に声を掛けた。


「ヒュー、なぜここにいる。お前は立ち入りを禁止しているはずだ」


 愛理が尋ねるようにグレアムを見た。


「先ほど話した、数年前に里の外で倒れていた男です。アイリーンさんたちの知り合いでしたか?」


 愛理は首を横に振る。


「会うのは、はじめてです。彼は二十年前に失踪しているんです」

「二十年前? たしかにヒューと出会ったのはそのくらいの頃だった」


 愛理は動揺を隠せずにケヴィンに視線を戻した。

 グレアムが重ねて言う。


「ヒュー、なぜここにいるのだ? 里へ戻りなさい」


 ケヴィンは愛理たちと少し距離を取って止まった。

 ケヴィンの様子がおかしい。

 目はうつろで、禍々しい気配を纏っている。

 シルフは愛理に耳打ちした。


「気をつけろ。あの者は魔王の片割れに取り憑かれている」


 愛理はシルフをはっとした顔で見た。


 ――そうだ。グレアムさんが言っていた。里の外で倒れていた人間族の男性を助け、その男性に魔王の片割れが取り憑いていると……。まさかケヴィン殿下のことだったなんて……。


 ケヴィンはやっと口を開いた。


「なぜお前はあの女の魂を持っている」


 地を這うような低い声だった。

 愛理の背中に寒気が走り、無意識に足が後退りする。

 ケヴィンは頭を抱えて叫んだ。


「憎い……。憎い。あの女が憎い!」


 ぶわっと黒い靄がケヴィンを包んだ。

 グレアムは戸惑うようにケヴィンに尋ねた。


「ヒュー、まさか記憶が戻ったのか……?」


 ケヴィンはグレアムの問いには答えなかった。

 真っすぐに愛理を見ている。


「我の片割れをどこにやった?」


 愛理は目を逸らせずに額に嫌な汗をかいた。


 ――たぶんこれは、魔王が話している。


 愛理は杖に震える手をかけた。

 そして、ケヴィンの問いかけに愛理は心当たりがあった。


 ――魔王の片割れは、たぶんアデル様だ。


 ケヴィンとアデルの二人には共通点がある。

 愛理がアデルと会った時、アデルも年を取っていなかった。

 ケヴィンは答えない愛理に痺れを切らして叫んだ。


「我の片割れは、今どこにあるのかと聞いている!」


 その言葉と同時に、凄まじい風圧が愛理たちを襲った。

 愛理は風圧に耐えながら杖を抜いて、ケヴィンに向けた。

 ケヴィンがそれを見た瞬間、纏っていた黒い靄が晴れた。

 その表情はとても悲しげだった。


「アデル……」


 地を這うような声ではなく、普通の男性の声だった。

 次の瞬間、ケヴィンはまた頭を抱えて苦しみだし、黒い靄が包んだ。


「くそっ! 忌々しい……」


 今度は地を這うような声で言うと、黒い靄は渦を巻いて、その中にケヴィンは消えた。

 愛理は魔王の片割れと対峙しただけで、肩で息をしていた。どさっとその場に座り込む。動悸が激しく、胸が苦しかった。


 ――あれが魔王……。完全に復活していないのにこの威圧感。


 愛理は息が乱れて咳き込んだ。

 イアンが愛理の横に座った。


「大丈夫か?」


 そう尋ねるイアンの顔色も悪い。

 愛理は咳き込んだせいで涙目になった顔で頷いた。


「大丈夫……」


 背後を見ると、クレイグ、ローナ、ラウラ、グレアムも座り込んでいる。

 ローナは青い顔で尋ねる。


「あれは何だったの?」


 愛理はそれに答える。


「魔王の片割れ……ですよね? グレアムさん」


 グレアムは頷いた。


「ヒューが記憶を取り戻してしまった……。奴はもう一方の片割れを探すでしょう。先に見つけ出し、完全復活を防がねばなりません」


 クレイグは眉に皺を寄せて尋ねる。


「どういうことだ? 俺たちにも分かるように説明してくれ」


 愛理はサラマンダーとグレアムから聞いた話を説明した。

 そして、愛理は言う。


「魔王の片割れに心当たりがあります」


 グレアムは驚いた顔で愛理を見た。


「それはどこにいるのですか?」

「ルイスフィールドの王都です。アデル・ランドール様が恐らく魔王の片割れ。彼女も年を取っていなかった……」


 イアンがまた訝しげに愛理を見た。


「アデル・ランドールは死んだんじゃないのか」


 愛理は首を横に振った。


「生きているの。ランドール家の地下で眠っている」

「なぜアイリーンがそれを知っているんだ?」

「前に、ジュリアスに頼まれて、一緒にランドール家の地下に行ったことがあって……。その時にアデル様を見た」


 教皇のマーガレットと言わない約束をしていたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 グレアムが立ち上がりながら言う。


「そのアデルという女性も年を取っていないというのなら、魔王の片割れである可能性は高いでしょう。とりあえず、まずは我が家へ戻りましょう」


 愛理たちも続いて立ち上がった。



 愛理たちはグレアムの家のリビングで昼食を取った。

 サラマンダーの試練を受け、魔王の片割れと対峙した愛理の顔色はすこぶる悪い。

 イアンは見かねて愛理に尋ねる。


「少し休むか?」


 愛理は首を横に振った。


「大丈夫。それより早く王都に向かわないと。アデル様が危ない」


 イアンたちは心配そうに愛理を見ている。

 グレアムも具合が悪そうな愛理を労うように言う。


「お疲れでしょうから、今日は我が家に泊り、明日立った方がいい。少しお休みください」


 クレイグは愛理を説得する。


「グレアム殿の言う通りだ。アイリーン嬢が倒れたら、それこそ困る」


 クレイグの言葉に愛理は大人しく頷いた。

 グレアムは立ち上がった。


「わしはこれからエルフの王に会いに行きます。消えた魔王の片割れを探すように進言してきます。アイリーンさんたちはもう一方の魔王の片割れを頼みます」


 グレアムは支度をして家を出て行った。



 愛理は二階に上がるなり、ベッドに横になった。

 今はぐっすりと眠っている。

 ローナは椅子に座って、愛理の様子を見ながら言う。


「休ませて正解だったようだね」


 イアンは愛理の掛布団を直した。


「ああ。アイリーンはいつも無茶をする。目が離せない」


 それからイアンも椅子に腰かけた。

 クレイグ、ラウラも椅子に座っている。

 クレイグが地図を眺めながら言う。


「明日、王都に向かうとして、歩いたら一週間はかかるぞ」


 みんなの視線が自然と地図の横に座っているシルフに向かった。

 シルフはひとつ溜息を吐いて、お茶を持ちながら言う。


「愛理に授けた加護がある。行ったことがある場所なら、転移魔法が使える」


 クレイグはシルフに尋ねる。


「アイリーン嬢の転移魔法は、俺たちも連れて行けるのですか?」

「愛理に掴まっていれば大丈夫だ」


 ローナは寝ている愛理に視線をやった。


「そういうことなら、明日のアイリーンの調子次第だね。まだ疲れているようなら休息させよう」


 イアンたちはそれに同意して頷いた。

 イアンは地図を指差す。


「転移先だが、人目につくのはよくない。第一野営地はどうだろうか?」


 クレイグも地図を指差した。


「討伐隊がいるかもしれん。第二の方が使われている可能性が低い。第二からなら歩いて一日で王都に着ける」


 ローナは頷く。


「そうだね。朝に出れば、夕方までには王都に着けるだろうね。けど、アイリーンは転移魔法を使った後、そんなに歩けるかな?」


 イアンが顎をさすった。


「以前、鉱山で使っているのを見たが、そんなに疲労はないようだった。いざとなれば、俺が背負おう」


 ラウラは言う。


「街道まで出れば、行き会った商団の荷馬車に一人くらいなら乗せてもらえるかもしれません」


 話が纏まったところで、イアンたちも少し休憩をとることにした。

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