第50話 エルフの隠里
愛理たちが休んでいると、どこかから叫び声が聞こえてきた。
愛理は立ち上がり、隣にいたイアンに尋ねる。
「今、誰かの叫び声が聞こえなかった?」
イアンも立ち上がりながら頷く。
「聞こえた。子供の声だった」
愛理は声がした方に駆け出した。
ローナは愛理を追いかけて走りながら言う。
「こんなところに子供? いるわけないよ。獣の声がそう聞こえただけじゃない?」
愛理は指差した。
「いた!」
子供はしゃがみ込み、後ずさりしている。
子供の正面には大きい熊がいて、今にも襲い掛かりそうだ。
愛理は杖を抜いて、魔法を打つ。
「ファイアーボール」
数発撃って、熊の注意をこちらへと向けた。
熊はこちらに向かって走ってくる。
愛理、ローナ、ラウラはファイアーボ―ルを打って威嚇する。
その隙に、イアンとクレイグは木の陰に隠れながら熊に近づいて行った。
ファイアーボールが何発か当たっているのに、熊にはあまりダメージがないようだ。
ローナは、はっと気がついて叫んだ。
「こいつ、ファイアーベアかもしれない! 火を噴くぞ!」
その声とほぼ同時に、木から飛び出したクレイグをファイアーベアは振り返って火を噴いた。
クレイグは間一髪、それを避けて横に転がる。木にぶつかって、うめき声を上げた。
イアンはクレイグに気を取られているファイアーベアの背後から切りつけた。
ファイアーベアは断末魔の叫びを上げて倒れた。
ローナはクレイグのそばに寄ってクレイグに手を貸した。
「大丈夫?」
クレイグはローナの手を取って体を起こす。
「頭を打った。くらくらする」
愛理は少女に駆け寄って、違和感を覚えた。
――耳の形が尖っている。
金髪の少女が愛理を見た。
肌は白く、瞳は大きくて紫色だ。
「エルフ?」
愛理が以前見た漫画やアニメにでてきたエルフに特徴が似ていて、口について出た。
愛理は女の子の傍らに座って、様子を見る。
「大丈夫? 怪我はない?」
女の子に大きな怪我はなさそうだ。
愛理はほっとしながら女の子を立たせ、服に着いた土を払う。
「ありがとう、お姉ちゃん」
少女はか細い声で言った。
すると、そこに女の人の声がした。
「ニーナ! 返事をして、ニーナ!」
「お母さん!」
「ニーナ!」
木々の合間から出てきたのは、ニーナと同じく尖った耳と大きな紫色の瞳をした女性だった。同じ特徴をした男性も一緒だ。
女性はニーナを抱きしめた。
「ああ、ニーナ……。無事だったのね」
「このお姉ちゃんたちが助けてくれたの」
男性は紫色の瞳を愛理に向けた。
「人間族……の旅の方でしょうか? ニーナを助けていただいてありがとうございました」
女性は頭を下げる。
「いいえ。間に合ってよかったです」
イアンたちも愛理のそばにやってきた。
女性は笑みを浮かべて言う。
「近くに村があります。よければ、お礼がしたいので寄っていきませんか?」
愛理がみんなの顔を見ると、イアンたちは頷いた。
愛理は女性の提案をありがたく受け入れた。
「助かります。森に入ってからずっと休めてなかったので……」
女性はニーナの手を引いて歩き、その後ろを愛理たちはついて行った。
愛理たちが休んでいたところから少し行ったところに岩のトンネルがあって、そこを抜けると村があった。
木でできた家々が立ち並び、道は石畳で舗装されている。
愛理たちが村に入ると、人が集まってきた。
「ニーナ、無事だったか」
「よかった、よかった」
そこへ杖をついた白髪の男性がやってきた。
女性が愛理たちを紹介する。
「お父様、人間族の旅の方たちがニーナを助けて下さったんです」
それを聞いた白髪の男性は愛理たちへと視線をやって、頭を下げた。
「村長のグレアムと申します。旅の方、孫娘を助けていただき、ありがとうございます。小さな町ですが、どうぞゆっくりと体を休めてください。今宵はわしの家に泊るといい。案内しましょう」
「ありがとうございます」
愛理は頭を下げた。
ニーナが愛理の手を取る。
「お姉ちゃんたち、今日うちに泊まるの? こっちだよ」
愛理はニーナに手を引かれて歩きはじめた。
ローナはほっとしたように言う。
「引き返さなくてよかったね」
クレイグもほっとしたように頷く。
「そうだな。これで、もう少し探索ができる余裕ができそうだ」
少し進むと広場があり、その中央に噴水があった。
そして、広場に面するようにグレアムの家があった。
リビングでニーナの母親がお茶を入れてくれた。
久しぶりに魔獣や獣を気にせずにゆっくりとした時間が取れて、愛理たちは一息ついた。
グレアムがそんな愛理たちに尋ねる。
「みなさんはどうしてこのような場所へ? 人間族とエルフ族の盟約で、立ち入りが禁止されておるはず」
それを聞いたクレイグは申し訳なさそうに言う。
「そのような盟約があるとは知らず……。立ち入ったことを詫びよう」
グレアムは白い髭を撫でる。
「もう千年近く昔の話。人間族の寿命では何世代も昔の話でしょう。忘れ去られていたとしてもしかたがない。旅の方々がいなければ、ニーナは今ここにはいなかったかもしれない。お気になさらないでください。それで? なにか目的があってきたのでしょう?」
愛理はグレアムの言葉に頷く。
「火の精霊サラマンダーを探しています」
すると、グレアムの紫色の瞳が険しくなった。
「なにゆえ、火の精霊サラマンダーを探しているのですか?」
愛理は怯んだが、ゆっくりと答えた。
「火の精霊サラマンダーの加護を頂きたいのです。魔王と戦うために」
「魔王? また物騒な名を口になさる。それで、お嬢さんは精霊たちの加護を得ているのか」
愛理は驚いて尋ねた。
「分かるのですか?」
グレアムは頷き、視線を愛理の膝にいるシルフへとやった。
「そして、そこのドラゴンはシルフ様でしょう?」
シルフは浮かび上がり、腕を組んだ。
「よくぞわたしの正体を見破ったな」
グレアムは笑った。
「分かりますとも。精霊様の気配は澄んでいますから。お嬢さんの名前を聞かせていただいてもいいですか?」
「名乗るのが遅くなってすみません。アイリーン・エヴァンスと申します」
愛理は頭を下げた。
グレアムは頷いて微笑んだ。
「アイリーンさん、あなたが火の精霊サラマンダーを探す理由は分かりました。あなたは運がいい。ここは火の精霊サラマンダーを護る隠れ里。この村の奥から火の精霊サラマンダーのいる洞窟へ行くことができます。今日はもう日が暮れるので、明日ご案内いたしましょう」
愛理は嬉しそうに手を合わせて言った。
「本当ですか! ありがとうございます。手がかりがなくて、諦めて帰るところでした」
それを聞いたグレアムは笑う。
「この村には結界が張ってあって、村人と一緒でないと入れないのです。これもなにかの縁なのでしょう。今宵はゆっくりとお休みください」
愛理たちは夕食をごちそうになり、二階の部屋を借りた。
ベッドが六つあり、中央にはテーブルと六つ椅子がある。
ローナはベッド飛び込んだ。
「ベッドだぁ! 今日はぐっすり眠れるね」
イアンは椅子に座って言う。
「まさかエルフがいるとは……。おとぎ話だと思っていた」
クレイグはベッドに腰掛けて言う。
「第四野営地から三日ほどの距離なのに知らなかったな」
ラウラは頷きながらイアンの正面に座った。
愛理は少し風に当たりたくて、窓の側に椅子を置いて座った。
夜の村を眺めながら、愛理は物思いに耽る。
――明日、火の精霊サラマンダーの加護を得たら、すべての精霊の加護を得られるんだ……。
その時、広場の噴水のところで何かが動いた。
気になった愛理は村人が散歩でもしているのだろうかと目を凝らす。
突然肩にブランケットをかけられて、愛理ははっと見上げた。
イアンが愛理の肩に手を置いて言う。
「暖かくなってきたとはいえ、風邪をひくぞ」
「ありがとう、イアン様」
愛理はイアンに微笑んだ。
それから、愛理は噴水のところで動いたものが気になって再び外を見たが、噴水のところにはもうなにもいなかった。
愛理は首を傾げながら窓を閉めた。