第49話 狭間の森の奥地
翌日は休息日に当てて、愛理たちは宿屋の部屋で頭を悩ませていた。
机にルイスフィールドの地図を置いて、みんなで眺めながら話している。
イアンはカスティル山を指差しながら言う。
「火の精霊サラマンダーはカスティル山にいるというが、探索するにも場所が悪い」
ローナは同意した。
「そうだね。カティル山にどこから向かうか……。ゴートンか王都だな。ゴートンからカティル山の麓まで歩いたら五日はかかる。王都からは三日といったところかな」
クレイグも地図をなぞりながら言う。
「カティル山のどちら側に火の精霊サラマンダーがいるかによってではないか? 狭間の森の奥地にいるのであれば、ゴートンからでも王都からでもそんなに変わらない。王都まで移動することを考えれば、ゴートンからの方が近いかもしれん」
愛理は頷く。
「そうですね。麓にいてくれたらいいですが、カティル山に登らないといけなくなったら探索にどのくらいかかるか……」
ラウラも言う。
「食料も問題。長旅になるであれば、獣を狩るなどして現地で調達でしょうか」
愛理はちらっとベッドで丸くなっているシルフに視線を投げかけた。
「火の精霊サラマンダーの居場所が少しでも分かればありがたいんですが……」
それを聞いたシルフは伏せながら溜息を吐いた。
「人間の足は遅くて大変だな。わたしならここから一日で麓まで行ける」
愛理はぽんと手を打った。
「その手がありましたね」
愛理の言葉を聞いたシルフが怪訝そうに顔を上げる。
「まさかわたしに乗せて行けと言うわけではないだろうな」
愛理は地図を指差した。
「ここから北に向かって狭間の森に入ります。そこからなら人目につかず、カティル山の麓までシルフ様に乗せてもらえるのでは?」
シルフはのそのそと起き上がった。
「待て、待て。わたしはいいとは言っていない」
ローナは愛理の提案に頷く。
「アイリーンの案で行けば、二日くらいで狭間の森の奥地に行けるけど、狭間の森の奥地から探す? まずは王都側から探した方がいいんじゃない? 一応、狭間の森の奥地は禁域なんだし」
クレイグは腕を組んで言う。
「シスターローナの言う通りだが、狭間の森の奥地が禁域になっている理由も気になる。火の精霊サラマンダーがいるから禁域なのではないか?」
ローナは、はっとしたような表情をした。
「ああ。そういう考え方もあるのか。なぜ狭間の森の奥地が禁域なのかは考えたことなかったな」
イアンもクレイグの投げかけに頷く。
「そうだな。クレイグ様の言うことも一理ある。まずは、狭間の森の奥地を探索してみよう。それで見つからなければ、一度王都へ戻り、王都側の探索をするのもいい。シルフ様に乗るにしても、街から離れたところからでないと騒ぎになってしまう」
シルフはふよふよと飛んで、愛理の肩に乗った。
「精霊遣いの荒いやつらめ。しかたがない。馬車代わりをするのは一度だけだぞ」
愛理はシルフに笑顔を向けた。
「さすがシルフ様。懐が深いですね。ありがとうございます」
シルフはまた溜息を吐いた。
翌日。
一行はキーリーポートから一日かけて北上し、この日は狭間の森で野宿した。
さらに翌日の朝。
大きなドラゴンの姿になったシルフに乗って、カティル山に向かう。
シルフは人目につかぬよう、高度を上げて飛んだ。
イアンは、はしゃぐ愛理の服を青い顔で掴む。
「アイリーン、頼むから落ちないでくれよ。お前はすでに砦と船から落ちているのだから」
「船から落ちたのはイアン様のせいだよ」
愛理は風を受けて気持ちよさそうにしている。
ローナも楽しそうにしている。
「見晴らしいいなぁ」
ラウラも特に問題なさそうで、興味深そうに辺りを見回していた。
クレイグはというと、シルフにしがみつくようにして震えていた。
「あとどのくらいで降りられる?」
そればかりを繰り返していた。
陽が暮れる前に、シルフはカティル山の麓に降りた。
ローナはシルフから飛び降りながら言う。
「思ったより早く着いたな」
クレイグは地面に足をつくとほっとしたのか、その場に座り込んだ。
「二度と乗りたくない……」
みんなが背から降りると、シルフはまた小さなドラゴンの姿に戻った。
「感謝が足りぬぞ。お主ら」
イアンはシルフに頭を下げる。
「シルフ様、ありがとうございました」
愛理も抱えたシルフの頭を撫でた。
「シルフ様のおかげで日暮れ前に着けました。ありがとうございました」
シルフは満足そうに頷いた。
翌日。
一行はさっそく地図もないカティル山の麓の探索をはじめた。
しかし、魔獣や獣が多くいて、なかなか進むことができない。
夜中も襲われるため、寝ずの番は欠かせず、夜中に起きて戦うことも多かった。
日に日に魔獣や獣との戦いと寝不足で疲弊してきていた。
ローナは木にもたれて座った。
「ちょっと休憩。魔獣と獣が想定以上の多さだ」
クレイグもローナの隣に座り込む。
「ああ。どこまでも木ばかりで、火の精霊サラマンダーの手がかりさえもない」
愛理、イアン、ラウラも座り込んだ。
イアンは顎をさすった。
「一度戻り、作戦を立て直した方がいいかもしれない」
愛理もイアンに同意して頷いた。
「行き倒れては元も子もないもんね……」
ラウラの顔にも疲弊の色が浮かんでいる。
そんな仲間たちの様子を見たクレイグは手を叩いた。
「よし。少し休んだら戻ることにしよう」