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第47話 人攫いの噂

 愛理たちは王都を立って、四日かけて東部の中心の街、ゴートンに着いた。

 ゴートンは丘の上にあり、木造の家が多く立ち並んでいて王都と雰囲気が似ていた。


 到着した愛理たちは、まずは宿を取った。

 その宿屋の一階にある食堂で、夕食を食べながら今後の話をする。

 イアンは顎をさすりながら言う。


「さて、どうやって水の精霊ウンディーネを探すか……」


 ウンディーネの居場所の手がかりがないので、愛理たちは行き先の見当がつかずにいた。

 ローナは首を傾げて言う。


「水の精霊だから水辺にいるのかな?」


 クレイグは困ったように言う。


「水辺と言っても、この辺りは港も多い。ひとつずつ当たるとなると、時間がかかるな」


 愛理は膝に乗せたシルフに尋ねる。


「なにか手がかりはありませんか?」

「うむ。まだウンディーネの気配は感じぬ」


 愛理は溜息を吐く。

 すると、隣に座っている男性たちの声が聞こえてきた。


「またか。最近多いな、その手の事件」

「ああ。船に乗っていると、綺麗な歌声が聞こえてくるらしい。すると、男がひとり消えて、数日すると、浜辺に倒れているらしい。死人はまだ出ていないようだが、気味が悪い」

「魔獣の仕業か?」

「魔獣だったら喰われているだろう。なんなのだろうな」


 愛理たちは顔を見合わせた。

 クレイグが男性に声を掛ける。


「すまない。盗み聞くつもりはなかったんだが、その話、詳しく聞かせていただけないだろうか?」


 男性は少し驚いたようだが、クレイグの鎧と愛理たちのシスターの制服を見て頷いた。


「シスター様と騎士様でしたか。実は、キーリーポート近海で船乗りが行方不明になる事件が相次いでいまして……」

「キーリーポートとはどの辺りだ?」

「ここから北東に行った辺りです」

「ありがとう」


 クレイグは席に戻った。

 イアンは顎に手をやる。


「キーリーポートか。行ってみるか」


 ローナは困惑したように言う。


「精霊様が人を攫うとは考えられないけど……」


 愛理もローナに同意して頷く。


「たしかにそうですね。でも、手がかりもないし……。私もイアン様に賛成です」


 クレイグは頷いて言う。


「そうだな。キーリーポートで話だけでも聞いてみるか」


 愛理たちはキーリーポートへ向かうことにした。



 翌日。

 愛理たちは半日かけてキーリーポートに着いた。

 キーリーポートは田舎の漁師町といった雰囲気だった。


 愛理たちは宿を取った後、さっそく港へ向かった。

 港にはいくつか漁船が止まっており、その中でもひと際立派な漁船からアンジェリカが下りてくるのが見えた。

 ジュリアスも一緒のようだ。

 愛理は二人に駆け寄る。


「シスターアンジェリカ! ジュリアス!」


 アンジェリカとジュリアスは驚いた顔で愛理たちを見た。

 アンジェリカが愛理に尋ねる。


「シスターアイリーン? どうしてキーリーポートにいるのですか?」


 愛理はアンジェリカに事情を説明した。

 それを聞いたアンジェリカは腕を組んで言う。


「ゴートンで話を聞いてきたのですか。わたくしも噂を聞いて、調査に来ているのです。今日で三回目の調査でしたが、やはり船乗りが一名消えました」

「今日も、ですか? 三回とも船乗りが消えたのですか?」


 アンジェリカは首を横に振った。


「いいえ。毎回ではございませんわ。二回目は消えませんでした。消えるのは見目麗しい殿方ばかり。美しい歌声が聞こえてきたかと思うと、霧が立ち込めて、晴れると消えているのです。そして、数日すると、近くの砂浜で気絶した状態で見つかるのです。攫われた男性たちにその数日間の記憶はないそうですわ。犯人が男性を攫う理由が分かりません」


 愛理はアンジェリカに尋ねる。


「不思議な話ですね。私たちも調査に協力したいのですが、いいですか?」


 アンジェリカは頷く。


「助かりますわ。次は二日後に行う予定です。けれど、イアン様は同船させられません」


 それを聞いたイアンはびっくりした顔をした。


「なぜだ?」


 アンジェリカは呆れた顔をする。


「イアン様はわたくしの話を聞いていなかったのですか? 見目麗しい男性が攫われるのです。イアン様に何かあったら困ります」


 クレイグは自分を指差して言う。


「俺は同船してもいいか?」


 アンジェリカはちらっとクレイグを見た。


「あなたは問題ないでしょう。とにかく、イアン様はだめです」


 クレイグは複雑そうな表情をしている。

 イアンは困ったように言う。


「しかし、攫われるとは限らないだろう。俺はアイリーンの護衛騎士だ。アイリーンが船に乗るのに、俺だけ町に残るのは違うだろう」


 アンジェリカはイアンの顔をじっと見て、考えているようだ。


「分かりましたわ。けれど、わたくしの側を離れてはなりませんよ。これだけは約束してくださいませ!」


 イアンはアンジェリカの勢いに押されて頷いた。


「分かった。アンジェリカに従おう」



 二日後。

 愛理たちは船に乗って、男性たちが消えるエリアまで向かっていく。

 天気が良く、潮風が気持ちいい。

 絶好のクルーズ日和だった。


 けれど、愛理は面白くなかった。

 船に乗ってからというもの、アンジェリカがずっとイアンの腕を掴んでいるのだ。


 ――分かっている。イアン様が攫われないようにしているんだってことは……。けど、けど! イアン様は私の護衛騎士なのに!


 愛理は不機嫌そうな顔で船べりに腕を乗せた。


 ――この景色、イアン様と一緒に見たかったなぁ……。


 愛理は溜息を吐いた。

 クレイグは愛理の様子を心配して近寄ってきた。


「アイリーン嬢、どうした? 船酔いか?」

「違います……」


 愛理はまた溜息をついた。



 しばらく船は順調に航行していたが、どこからか美しい歌声が聞こえてきた。

 そして、晴れていたのに、急に霧が立ち込めはじめた。

 アンジェリカの叫ぶ声がする。


「来ましたわ! みなさん、気をつけて!」


 愛理は腰の杖を抜き、構えた。

 霧はどんどんと濃くなって、辺りの視界が悪くなってくる。


 ――この歌声、うっとりとしてしまう……。


「イアン様! どこへ行かれるのですか!」


 愛理は歌声に気を取られていたが、霧の向こう側から聞こえたアンジェリカの声ではっとした。

 霧に人影が写ったかと思うと、こちらに近づいてくる。

 イアンはぼうっとした顔で、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。

 アンジェリカがその後を追ってきてイアンの腕を取ったが、振り払われてしまう。


「アイリーン! イアン様を止めて!」


 愛理はイアンの正面に両手を広げて立ったが、イアンは止まることなく愛理に迫る。


「ちょ、ちょっと。イアン様? どうしたの?」


 愛理はイアンによって船べりに押し付けられる格好になった。

 その衝撃で、愛理は持っていた杖を落としてしまった。

 イアンの顔が近づいてきて、愛理は顔が赤くなる。

 イアンの胸に手を当てて、押し返すがびくともしない。

 とうとう耐えられなくなり、赤くなった顔をイアンから逸らしてしまった。

 すると、イアンは船べりに手をかけて、海に飛び込もうとした。

 愛理は慌ててイアンの体にしがみついたが、間に合わず、二人は海に落ちた。

 アンジェリカは船べりに手をかけ、下を見た。

 しかし、霧が凄くて海面が見えない。


「イアン様! アイリーン! 二人が船から落ちましたわ!」


 その声と同時に霧が晴れた。

 けれど、二人の姿はもう海面にはなかった。

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