第46話 報告
愛理たちはメイスンを立って、一度東部との間にある王都に寄ることにした。
愛理は久しぶりの王都に懐かしさを感じるようになっていた。
イアンとクレイグは騎士団に顔を出すと言って途中で別れ、愛理、ローナ、ラウラ、シルフは教皇のマーガレットに会うため、教会に来た。
愛理は事務所の受付で尋ねる。
「教皇様はいらっしゃいますか?」
南部にいるはずの愛理が顔を出したので、シスターは驚いて尋ねる。
「シスターアイリーン? 教皇選抜試験はどうしたの?」
「教皇様に報告があって」
「教皇様ならお部屋にいるわ。会議もないから、行ってみるといいわよ」
「ありがとうございます」
愛理たちは二階にあるマーガレットの執務室のドアをノックした。
室中から返事があったので、愛理がドアを開けると、マーガレットは愛理を見た。
「シスターアイリーン」
そこには枢機卿のゾーイの姿もあった。
マーガレットは立ち上がり、応接用のテーブルに移った。
ゾーイも椅子に腰かける。
「お掛けなさい」
愛理、ローナ、ラウラは椅子に座り、シルフは愛理の肩に乗った。
マーガレットが愛理に言う。
「あなたからの報告の手紙は読みました。西部に行くと書いてありましたが、どうして王都に?」
「次は東部へ向かうので、その途中で教皇様に報告をと思いました」
それを聞いたマーガレットは頷いた。
「良い判断です。わたくしもあなたと話したかった。まずは風の精霊シルフと接触したとか」
愛理は肩に乗っているシルフを両手で掴み、膝に乗せる。
「はい。こちらがシルフ様です」
マーガレットは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに跪いた。
ゾーイもそれに続く。
「お初にお目にかかります。風の精霊シルフ」
「ふむ。今の教皇はお主か」
「はい。教皇をさせていただいておりますマーガレット・ランドールと申します」
シルフはふわっと飛んだ。
「一昔前は、教皇になる者は精霊の加護を得に来ていたものだが、いつからかその習慣はなくなってしまったようだな」
「そうとは知らず、ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません」
「よい。習慣と言うものは年月を経て変わるものだ。もう座れ」
マーガレットとゾーイは椅子に腰かけた。
マーガレットはシルフに尋ねる。
「風の精霊シルフ、魔王の復活についてお聞きしてもよろしいでしょうか?」
シルフは愛理の膝に戻り、座った。
「千年前に女神ララーシャが封印した魔王が封印を破り、復活したのだ」
「ルイスフィールドの地にどのような災厄が起こるのでしょうか?」
シルフは少し考えた後、答える。
「魔王は人々の憎しみ、悲しみを糧に成長する。世界は恐怖に陥るであろう。それを前に、人間族ではなにもできやしない。今、二つに分かれている魔王をひとつにしないことだ。ひとつになれば完全に復活するだろう」
マーガレットは息を呑む。
「それで、シルフ様はシスターアイリーンをどうしようとお考えなのですか?」
「愛理は魔王の復活を阻止したいとわたしに願った。それを手助けしてやるだけだ」
「アイリ?」
愛理は少し言いづらそうに言った。
「私の本名です。愛理と言います」
マーガレットは頷いて、シルフに言った。
「風の精霊シルフはシスターアイリーンを選んだということですね」
シルフは頷いた。
マーガレットはしばらく考えた後、愛理に言う。
「シスターアイリーン。あなたの判断は正しいです。これからもシルフ様に従いなさい。教皇選抜試験については一度、考え直さねばなりませんね」
ゾーイは頷いた。
「過去、精霊様方の加護を受けた者が教皇になっていたというのであれば、シスターアイリーンが次の教皇ということですか?」
愛理は思わぬ方向に飛び火した話に驚く。
「待ってください。シルフ様、教皇になるのに加護は必ず必要なのですか?」
シルフは愛理を見上げる。
「そうではない。ただ、昔はそうであったという話だ。今は今のやり方で決めればよい」
愛理はマーガレットを見る。
「だそうです、教皇様。せっかく教皇選抜試験をしているのだから、その結果を無視しては周りから反感が出るでしょう。精霊様の御加護を得ることを復活させるのであれば、教皇選抜試験で一位だった人は、精霊様の御加護を得に行くようにしたらどうでしょうか?」
マーガレットは愛理の必死な様子にくすりと笑う。
「シスターアイリーンの言うことには一理ありますね。シスターゾーイはどう思われますか?」
「わたしもシスターアイリーンと同意見です。今行っている教皇選抜試験の結果も考慮すべきかと。しかし、今後の試験については見直すことも必要だと進言いたします」
マーガレットは頷く。
「シスターアイリーンの支部運営試験については後日、再実施といたしましょう」
こうして、マーガレット、ゾーイとの話し合いは終わった。
今日は王都に一泊するため、ローナとラウラは寮に戻った。
愛理はというと、ひとりで服飾課に寄っていた。
暖かくなってきたので、エレインに夏服の相談に来たのだ。
愛理がドアをノックしてから開けると、室内で作業をしていたエレインは手を止めて顔を上げた。
「アイリーンじゃない。どうしたの?」
「またしばらく王都を離れるので、夏服のご相談に来ました」
「じゃあ、急ぎだね。まずはこれ着てみて」
衝立の奥で、愛理は夏の制服を着た。
エレインはそれを確認していく。
それを二枚分行った。
採寸を終えた愛理はまた冬の制服へと着替えた。
夏服の調整は一時間もかからないで終わり、エレインは愛理に夏の制服を二枚渡した。
「ちょうど一年生の夏服の準備をしていたところだったから、いいサイズの制服があってよかった」
愛理は夏の制服を腕にかけて、頭を下げた。
「お忙しいのに、ありがとうございました」
愛理は会釈してから服飾課を出た。
愛理は、今晩はエヴァンス邸の方に泊ることにした。
エヴァンス邸の玄関のドアを開けて声を掛ける。
「ただいま」
「おかえりなさい、アイリーン」
マリアンヌがリビングから出てきて、愛理を抱きしめた。
「風の精霊シルフのご加護に感謝いたします」
マリアンヌは愛理を離すと、にっこりと笑った。
愛理はマリアンヌに尋ねる。
「イアン様はもう戻られている?」
「ええ。先ほど戻ったわ。今はお風呂に入っている」
マリアンヌは愛理の周りを飛んでいるシルフに目を向ける。
「もしかしてドラゴン?」
愛理はシルフを手で差して言う。
「風の精霊シルフだよ」
マリアンヌは一瞬きょとんとしたが、目を輝かせた。
「まぁ! 風の精霊シルフにお会いできるだなんて。マリアンヌ・エヴァンスと申します」
マリアンヌはシルフに丁寧にお辞儀をした。
それを見たシルフは満足そうな顔をしている。
「お主は見る目があるようだな」
「ありがとうございます、風の精霊シルフ。さぁ、わが家へどうぞお入りください」
シルフはふよふよ飛びながら家の中へ入って行った。
マリアンヌはそんなシルフの姿を眺めながら頬に手を添えて、うっとりとする。
「なんて可愛らしいのかしら……」
マリアンヌはどうやら強いものが好きなようだ。
愛理がお風呂を終えてリビングに戻った。
マリアンヌは膝にシルフを乗せて椅子に座り、その背をゆっくりと撫でていた。
シルフは満更でもないようで、今にもゴロゴロと喉を鳴らしそうな勢いでマリアンヌに懐いている。
――マリアは人だけじゃなくて、精霊たらしでもあるのか……。
愛理は感心した。
翌日。
マリアンヌはシルフとの別れを惜しんだ。
シルフを胸に抱いて、頭を撫でている。
「シルフ様、またいらしてくださいね」
シルフはうっとりしながら言う。
「ふむ。このままここにいるのもいいかもしれぬ……」
シルフの言葉に愛理は苦笑した。
結局、シルフは愛理の肩に乗り、エヴァンス邸を後にした。