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第45話 大地の精霊ノーム

 愛理たちが出た場所は谷のようだった。

 谷底を見ると、そこには大きな木があり、地面には原っぱが広がっている。

 左側に下に降りる坂があったので、愛理たちはゆっくりと下りて行く。



 愛理は谷底まで下りてから辺りを見回すと、大きな木の根元に木造の家が一軒あった。

 その家に近づいてみると、家の前の階段にひとりの老人が座っていた。

 長い白髪で顎にも長い白い髭を蓄えていて、手には木の杖を持っていた。

 愛理は老人に話しかける。


「おじいさん。ここから出たいのですが、あの坂の他に道はありますか?」

「ほう、ほう。しかし、その少年は随分と疲れているようだ。少し休んでからにしたらどうかね?」


 愛理は隣にいるアルフィーの様子を見てみると、ずっと歩き詰めだったからか元気はない。


「お言葉に甘えていいですか?」

「中に入りなさい」


 老人は杖を付きながら家の中へ案内する。

 室中にはベッド、キッチン、二人掛けのダイニングテーブルが置いてあった。

 老人は愛理とアルフィーにお茶を入れてくれた。

 アルフィーは眠いのかこくこくと頭が揺れている。


「少年よ、少しベッドで休むといい」


 アルフィーをベッドに寝かせて、愛理は老人と向き合った。


「助かりました。ありがとうございます」


 老人は首を縦に振った。

 しばらく会話もなく、愛理は気まずくなって尋ねる。


「おじいさんは一人でここに住んでいるんですか?」

「そうだよ。わしはユグドラシルの管理をしておるのでな」

「ユグドラシル?」

「ああ。外にあった大きな木じゃよ」

「ひとりであの大きな木の世話をするのは大変じゃないですか? 助けていただいたお礼になにか手伝います」


 老人は長い髭を撫でた。


「そうかい? なら、お願いしようかの」


 愛理は老人と共に家の外に出た。

 ユグドラシルをよく見ると、木の上から綱梯子がぶら下がっていた。


「ユグドラシルの剪定を頼みたい。枝がだいぶ伸びてしまって、日当たりが悪いのでな」

「分かりました。どの枝を落としますか?」


 愛理は老人から言われた枝を切るために綱梯子を上っていく。

 魔法が届く辺りまで上ると、杖を抜いた。


「おじいさん、この枝でいいんですよね?」

「そう、その枝じゃ」

「ウィンドカッター」


 風邪の刃で枝が切り落とされて下に落ちていく。

 それを何度か繰り返した。

 愛理はゆっくりと綱梯子を下りた。

 老人はユグドラシルを満足そうに見上げている。


「助かったよ、ありがとう。ユグドラシルはこの大地を守る大切な木じゃ。日当たりがよくなって喜んでおる。して、お嬢さんは、名はなんというのかな」

「名乗るのが遅くなってすみません。アイリーン・エヴァンスと申します」


 老人は首を横に振る。


「本当の名を教えておくれ」


 愛理は戸惑いながらも答えた。


「井上愛理です」


 老人は頷いて、愛理に手を翳す。


「我が名は大地の精霊ノーム。井上愛理に加護を授けよう」


 ノームの手から茶色の光が現れて、愛理の胸に吸い込まれていった。

 愛理は驚いて、目を丸くした。


「おじいさん、大地の精霊ノームだったんですか?」

「ふぉっふぉ。シルフの加護を持つお嬢さんが現れたから、どんなものかと見ておったら、いやはや、シルフが気に入りそうな子じゃわい。わしの加護で防御結界の強度が上がっているはずじゃ」


 愛理は頭を下げる。


「ノーム様。ご加護を頂き、ありがとうございます」


 ノームは頷いた。


「ふぉっふぉっふぉ。そろそろ日が暮れるころじゃ。帰った方がいい」

「え?」


 愛理は空を見上げるが、いい天気でまだ日が暮れる気配はない。


「ここは愛理たちがいる空間とは異なる。シルフの加護を持つ者が来たので道を開けただけで、普通は辿り着ける場所ではない」


 それを聞いた愛理は慌てた。


「早く帰らないと、夜になってしまう。ノーム様、帰り道を教えてください」

「ふぉっふぉ。シルフの加護を得ているならば、転移魔法が使えるであろう」


 愛理は、はっとした。


「そうだった」


 愛理は家の中に戻り、アルフィーを起こして背負った。

 アルフィーは愛理の背中でまた眠ってしまった。

 愛理はノームに頭を下げる。


「お世話になりました」


 ノームは頷いた。

 愛理は息を整えて、イアンの姿を想像する。


 ――イアン様の元へ。


 そう念じると、次の瞬間、愛理はイアンの前に立っていた。

 イアンは突然現れた愛理に驚いて数歩下がった。


「アイリーン?」

「シルフ様のご加護の転移魔法を使ってみたの。ちゃんとできてよかった。それから、アルフィー君も見つけたよ」


 愛理は背中のアルフィーを見せるようにした。

 クレイグはアルフィーの腕を掴んだ。


「重いだろう。変わろう」


 クレイグが愛理に代わってアルフィーを背負った。

 愛理、イアン、クレイグ、シルフは来た道を戻りはじめる。


「あと、大地の精霊ノームに出会って、加護も頂いてきました」


 イアンは驚いた顔で愛理を見る。


「この短時間で? 何と言うか、アイリーンは精霊を引き付ける力でも持っているのか?」


 愛理はイアンの言葉に苦笑した。



 鉱山を出ると、空はすっかりと暗くなっていた。

 至る所で松明の明かりが灯されている。


「アルフィー!」

「お父さん!」


 アルフィーはクレイグの背から飛び降りて、頭を包帯で巻いた男性に駆け寄った。

 アルフィーの父親は愛理たちに何度も頭を下げた。


「シスター様、騎士様。アルフィーを助けていただき、ありがとうございました」


 クレイグは首を横に振った。


「見つかってよかった。アルフィーもお父さんが無事でよかったな」


 クレイグはアルフィーの頭に手を乗せた。

 アルフィーは笑顔で三人を見上げる。


「ありがとう。シスター様、騎士様」


 アルフィーと父親は二人そろって帰って行った。

 その背中を見送っていると、ジョアンナがこちらに向かって歩いてくる。


「シスターアイリーン、護衛騎士のお二人もアルフィーの捜索、ありがとうございました」


 ジョアンナは頭を下げた。

 愛理は首を横に振る。


「いいえ。それよりも状況はどうですか?」

「だいぶ落ち着いてきたよ。中にいた人たちの救助も終わっているし、重症者の治療も終わっている。あとは、撤去するだけだ。よかったらこの後、飲みに行かない? お礼も兼ねて奢るよ」


 愛理たちは頷いた。



 撤去作業を手伝ったあと、愛理たちはジョアンナとともに街の酒場へと繰り出した。

 酒場の二階の席でテーブルを囲む。

 乾杯した後、愛理はジョアンナに事情を説明した。


「へぇ。それでメイスンに来たってのかい。その小竜が風の精霊シルフ様ってわけ? 本物なの?」


 愛理の膝の上で大人しくしているシルフはふんと鼻を鳴らした。


「なにゆえ人間は、わたしのこの神々しさが分からないのか」


 愛理はシルフの頭を撫でてあやす。

 ジョアンナは愛理に尋ねる。


「それで、次は東部へ行くの?」


 愛理は頷いた。


「明日は休息日にしようと思っていますが、明後日には立ちます」

「西部から東部まで横断か。長旅だね。気をつけて行くんだよ。あ、お姉さん、おかわりちょうだい」


 ジョアンナはさっきからワインを水のように飲んでいる。

 クレイグは感心したように言う。


「シスタージョアンナは随分と酒に強いんだな」


 ジョアンナは全く変わらない顔色で言った。


「仕事終わりは酒を飲まないとね。シスターローナとは飲み友達なんだ」


 ローナはジョアンナの言葉に溜息を吐く。


「生徒に言わないでよ。これでも教師なんだから」


 ジョアンナは隣に座るローナの肩を抱いた。


「そうつれないこと言うなよ。同期の仲じゃない。補佐はシスターローナに頼もうと思っていたのに、ちゃっかりシスターアイリーンの補佐になっちゃって。あたしは悲しいよ」


 ローナはジョアンナの手を振り払う。


「あんたの補佐なんて嫌だよ」


 ローナとジョアンナは雰囲気が似ている。

 仲がいいのだろう。

 そうしてみんなで楽しくお酒を飲んだ。



 愛理たちはジョアンナと別れて宿屋へ向かう。

 愛理は火照った顔で時折ふらつきながら夜道を歩いていると、イアンが愛理の腕を掴んだ。


「ちょっと飲みすぎたんじゃないのか?」

「そんなことないよ、イアン様」

「呂律が怪しいぞ」


 そのやり取りを見ていたローナは笑う。


「さては、アイリーンは酒が弱いな」


 愛理も笑って、隣にいるイアンの腕を掴んだ。


 ――このままずっと平和だったらいいのに……。


 愛理はそう願わずにはいられなかった。

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