第44話 落盤事故
愛理たちはアリスコーストからメイスンまで二週間ほどかけて辿り着いた。
西部の中心地メイスンは精霊石などの鉱物が名産であり、加工などを行う職人の街でもある。
石でできた建物が多く、道も石畳が敷いてある。
道は狭く、階段も多いため、馬車は街中を走れない。
そのため馬車は門の馬留めに預けて、愛理たちは街を歩いた。
愛理たちは宿で二部屋取って、部屋で休んでいると外が騒がしくなった。
何事かと外に出て、クレイグは走ってきた男性に声を掛けた。
「なにかあったのか?」
男性は道の先を指差した。
「鉱山で落盤事故があったらしい」
「俺たちも手伝いに行こう」
愛理も頷いて、男性のあとをついて行った。
落盤事故のあった鉱山の前ではシスターたちが怪我人の治療をしていた。
だが、怪我人が多く、手が回っていないようだ。
怪我した人たちが呻き声を上げているのが聞こえる。
その中にジョアンナの姿を見つけて、愛理たちは駆け寄った。
ジョアンナは愛理たちに気がつくと目を丸くした。
「なんでここにいるの? 南支部でしょ。シスターアイリーンは」
「詳細はあとで話します。私たちにもなにか手伝えることはありますか?」
ジョアンナは頷いた。
「助かるよ。怪我人の治療を手伝って」
愛理はローナとラウラを振り返る。
「ローナ先生とシスターラウラは怪我人の治療をお願いします」
ローナは頷いた。
「承知した」
ローナとラウラは怪我人の元に走って行った。
愛理はジョアンナに尋ねる。
「私はまだ一年目なので治癒魔法を使う許可をもらっていません。他に手伝えることはありますか?」
「そうだったね。そしたら、鉱山で救出作業の方を手伝ってもらえる? まだ何人か鉱山の中にいるみたいなんだ」
クレイグは頷いた。
「俺とイアンもアイリーン嬢と一緒に行こう」
そこへ男性の声が聞こえた。
「アルフィー、戻れ! アルフィー!」
ジョアンナがその男性に近寄る。
男性は足を怪我しているらしく、立ち上がれないようだ。
「どうしたの?」
「父親がまだ鉱山の中だと知って、アルフィーが鉱山の中に入っちまった。足を怪我してなければ追えたのによ。ちくしょう!」
男性は悔しそうに地面を叩いた。
ジョアンナは愛理に視線をやる。
「シスターアイリーン、アルフィーを追ってくれる?」
「分かりました。行こう。イアン様、クレイグ様」
愛理、イアン、クレイグ、シルフは鉱山の中へ入っていく。
鉱山の中は松明が焚かれていて、歩くには申し分ない。
分かれ道を右に行くと、落盤事故の現場だった。
そこでは男性たちが懸命に岩を取り除いているところだった。
クレイグは作業をしている一人の男性に尋ねる。
「アルフィーという少年が鉱山の中に入ったようなんだが、こちらに来なかったか?」
「アルフィーが? あいつ、何やっているんだ。こっちには来ていない」
イアンは来た道を振り返った。
「さっき分かれ道があっただろう。きっと左に行ったに違いない」
その言葉に男性は驚いたように言う。
「左の道に行ったかもしれないって? あっちは、今は使われていない道だ。落盤事故であちら側も崩れやすくなっているかもしれない」
愛理はイアンとクレイグを見た。
「急ごう」
愛理たちは走って戻り、分岐点で左側の道を行く。
「アルフィー君! いたら返事して」
愛理が呼ぶが返事はない。
イアンは溜息を吐いた。
「とりあえず進んでみるしかないな」
愛理たちが左の道を進んで行くと、また分岐した道に出た。
愛理は困ったように右と左の道を交互に見る。
「アルフィー君はどっちに進んだだかな……?」
クレイグは左の道を指差す。
「俺たちが迷ったら元も子もない。分岐点は常に左側を行こう」
しばらく進んでいくと地面が揺れた。
大した揺れではなかったので愛理が進もうとした時、うしろから突き飛ばされた。
愛理が転んだすぐうしろで、大きな音を立てて落石があった。
一歩遅ければ愛理は生き埋めになっていたところだった。
しかし、イアン、クレイグ、シルフの姿はない。
愛理は、はっとして叫ぶ。
「イアン様! クレイグ様! シルフ様!」
「俺たちは大丈夫だ。アイリーンは、怪我はないか?」
落石の向こうからイアンの声がした。
愛理は落石の側に寄って叫ぶ。
「私も怪我はないよ」
クレイグの声もする。
「なら、アイリーン嬢はそのままアルフィーの捜索を頼む。俺たちは岩をどかしてみるから」
「分かりました!」
ひとりになった愛理は前に進みはじめた。
クレイグの言った通り、左側の道を選んで進んで行く。
時折、アルフィーの名を呼ぶが、やはり返事はない。
愛理はだんだんと不安になってきた。
――一度、戻った方がいいかもしれない。アルフィー君は違う道を行ったのかも……。
そう考えながらも進んでいると、子供のすすり泣く声が聞こえてきた。
愛理はその方向へ駆け出すと、道の脇で膝を抱えた男の子がいた。
「見つけた! アルフィー君だよね?」
男の子は顔を上げて、愛理を見た。
十歳くらいの男の子だった。
「シスター様?」
「アルフィー君を探しに来たの。怪我はない?」
アルフィーは頷いてから愛理に抱きついて泣きだした。
「お父さんが、お父さんが事故に巻き込まれたって。俺、心配で……。でも、道に迷っちゃって……」
愛理はアルフィーの背を撫でてあやした。
「もう大丈夫だから、私と一緒にここを出よう」
愛理はアルフィーを立たせると、辺りを見回した。
来た道を戻っても落石で道は塞がれている。
愛理はどうしたものかと考えていると、松明の火が揺れているのに気がついた。
どうやら風は道の先から吹いているようだ。
――風が通っているってことは、この先に出口があるのかも。
愛理はアルフィーの手を引いて、歩き出した。
しばらく進むと向こう側に光が見えてきたので、愛理はほっとしてそのまま進んだ。