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第41話 ドラゴンの谷

 馬を駆けること、三十分くらいで砦に着いた。

 砦は高く聳え立ち、頭上からは騎士たちがお互いを鼓舞し合う声が聞こえる。

 愛理たちが砦の階段を駆け上がると、魔法騎士たちが魔法を撃っていた。

 撃っている方向を見ると、一頭のドラゴンが砦から離れた辺りの空を飛んでいて、魔法を華麗に躱していた。

 クレイグは言う。


「俺たちも参戦しよう。シスターアイリーンとイアンは右側、シスターローナと俺は左側、シスターラウラはリチャードソン公爵と共に行動してくれ」


 愛理、イアン、ローナ、ラウラは頷いて散開した。

 愛理はイアンと共に砦の右側へ走る。

 そして、愛理は他の魔法騎士と合流してドラゴンに向けて魔法を撃ちはじめた。

 近くにいた騎士が声を掛けてきた。


「応援、感謝する」


 愛理とイアンは頷いた。

 ドラゴンは魔法を避けながら旋回し、少しずつこちらに向かってきている。

 時折、咆哮も聞こえる。

 騎士たちが言う。


「いつもなら威嚇すれば谷へ戻るのに、今日はどうしたことか」

「このままでは砦を超えてしまう」


 愛理は魔法を撃ちながらそれを聞いていた。

 しばらくすると、ドラゴンはだいぶ近づいてきて、顔がはっきりと分かるまでになった。

 砦は緊張感が増してきている。

 ドラゴンの高度だったら、攻撃を掻い潜り、砦の上空を行くことができる。

 砦を超えてしまえば、その先にあるのはリチャードソン公爵邸やアリスコスートの街だ。

 どうにかここで食い止めようとみな必死だった。

 愛理が放った一発がドラゴンの脇腹に当たり、ドラゴンが咆哮した。

 こちらを見たドラゴンと、愛理は目が合った。


『見つけたぞ』


 どこからか声がして、愛理は、はっと辺りを見回す。

 愛理が目を逸らしている間に、ドラゴンはこちらに向かって咆哮した。

 凄まじい風が辺りを包む。

 愛理もイアンも騎士たちも何もできず、ただ耐えるように腰を落とした。


「あっ……」


 愛理の体がふわりと浮いたかと思うと、気がついたら砦の外に放り出されていた。


 ――落ちる!


 愛理は浮遊感の中、ぎゅっと目を閉じた。



 風が止んで、イアンは辺りを見回す。

 倒れた騎士やイアンのように周囲の状況を見ている騎士がいる。

 隣にいたはずの愛理の姿がなく、イアンはどこかに飛ばされたのかと愛理を探した。

 すると、通路の端に愛理の杖が落ちていた。

 イアンはそれを拾う。


「今、誰か砦から落ちたぞ! シスターじゃないか?」


 離れたところから騎士が叫んだ。

 イアンは、はっとして砦の下を見たが、木々が生い茂っていて愛理を見つけることができなかった。


「くそっ!」


 イアンは砦の階段に向かって走った。

 そこにラウラを見つけ、イアンはラウラの腕を掴んだ。

 驚いた顔のラウラにイアンは言う。


「アイリーンが砦から落ちた。一緒にきてくれ」


 ラウラは目を丸くして頷き、踵を返した。

 イアンとラウラは砦に続く道から森へと入り、茂った草を掻き分けながら愛理を探した。

 けれど、森は広く、愛理の落下地点を見ていなかったイアンは闇雲に森の中を探していた。


「アイリーン! どこだ、アイリーン!」


 ラウラがイアンの腕を取る。


「もう日が暮れます。一度、砦に戻りましょう」

「しかし、アイリーンが見つからない。酷い怪我をしているかもしれない。一刻も早く見つけ出さなければ……」


 ラウラは首を横に振る。


「日が暮れて、わたしたちまで遭難したら困ります。一度戻って態勢を立て直した方がいい。父上に捜索隊を編成してもらいましょう」


 イアンは苛立ちを隠せずにその場にあった木を殴った。


「くそっ! アイリ、無事でいてくれ……!」



 愛理は目を固く瞑ったまま、ずっとぐるぐると回っている感覚がしていたが、背中に柔らかいものが当たって仰向けになった。

 愛理は恐る恐る目を開けると、そこには見慣れた自室の天井があった。


「え……」


 愛理は呆然とした。


 ――戻ってきた?


 愛理は体を起こす。

 背中に敷いていたのは床の上に置いてあった洋服の山だった。

 部屋を見回しても転移する前となにも変わらず、服装も同じだった。

 部屋のドアがノックされて、母親の寛子が顔を出した。


「愛理、洋服の整頓は終わった?」


 ――ママだ……!


 愛理は寛子に抱きついて涙を流した。


「ママ! ママ!」


 寛子は驚いて、抱きついてくる愛理に視線をやる。


「どうしたの? 愛理」


 騒ぎを聞きつけて、父親の康一も階段を上がってきた。


「何の騒ぎ?」


 愛理は、今度は康一に抱きつく。


「パパ―!」

「おお? どうした、愛理」


 勢いよく飛び込んできた愛理を康一は抱きとめる。

 寛子と康一はお互い顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げていた。

 寛子はふと愛理の部屋を見て、顔を顰めた。


「ちょっと愛理。この服の山はなに? まさか捨てる服じゃないでしょうね?」


 愛理は振り返り、慌てて部屋に戻る。

 寛子は洋服の山を見分していた。


「これとか、まだ着られるサイズじゃない」

「そうだよね。ごめんなさい。もったいないよね」


 愛理は寛子の横に腰を落として、服の山からまだ着られる服を選別する。


「あら。素直じゃない」


 愛理は涙の跡が残る顔で笑った。



 康一の運転する車で、ショッピングセンターに向かっていた。

 康一が後部座席に座る愛理と助手席に座る寛子に尋ねる。


「なにが食べたい?」


 それを聞いた愛理は考えた。


 ――魚はアリスコーストで食べられたから満足。お米が食べたいな。ルイスフィールドにはなかったから……。そういえば、ドラゴンはどうなっただろう。イアン様たちは無事だろうか……。


 寛子は不思議そうに尋ねる。


「愛理、どうしたの? 考え込んで」


 寛子に声を掛けられて愛理は、はっとした。


「ううん。何が食べたいかなと思って。定食屋さんとかどうかな?」


 寛子は、今度は首を傾げる。


「珍しい。いつもならスパゲッティーとか洋食を希望するのに」


 康一は笑う。


「愛理も和食の美味しさに目覚めたのか? 大人になったなぁ」



 定食屋に入り、愛理はメニューを見る。

 生姜焼き定食にした。

 料理が運ばれてきて、愛理は感動を覚えた。


 ――お米にお味噌汁。懐かしい。一年ぶりだ。


 愛理は食前のお祈りのため、手を組んだ。

 寛子は愛理の行動に驚いて尋ねる。


「愛理、どうしたの? 手なんか組んで」


 愛理は慌てて手を組むのをやめて、笑ってはぐらかした。


「あはは。何でもない」


 ――ルイスフィールドでの生活が板についてしまった。気をつけないと。


「いただきます」


 愛理は生姜焼きに箸をつけた。



 愛理はショッピングセンターで洋服を見るが、イアンたちのことが気になって身が入らなかった。

 

 ――もしイアン様も砦から落ちていたら……。私は日本に戻ってこられたけど、イアン様は……。


 愛理は怖い想像をして首を横に振る。

 結局、洋服は買わずに店を出た。



 帰りの車の中でも愛理は静かだった。

 寛子と康一は心配した様子で愛理を見守る。

 愛理は車窓から外を見た。


 ――みんなにお別れの挨拶もできなかった。マリアは泣いちゃうかも……。



 家に帰った愛理は部屋に向かい、缶の中の青い石を拾い上げて眺めた。


「色は少し薄いけど、やっぱり精霊石だ」


 愛理は机の上に精霊石を置いた。



 夕食は寛子が作った唐揚げだった。

 醤油で漬け込んだ鶏肉は、味がよく染みていて美味しかった。

 愛理は夕食を終え、覚悟を決めた。

 愛理は寛子と康一に言う。


「ママ、いつもご飯を作ってくれてありがとう。パパ、いつもお仕事頑張ってくれてありがとう」


 愛理は耐え切れず涙を流した。

 寛子と康一はお互い視線を交わす。

 康一は驚きを隠せない様子で言う。


「なんだ? 愛理、今日は様子がおかしいじゃないか」


 寛子は心配そうに言う。


「そうよ、愛理。何かあったなら、ちゃんと話してちょうだい?」


 愛理は笑顔を浮かべる。


「ううん。ちゃんと感謝したことなかったなと思っただけ。大好きだよ」


 寛子は不思議そうに首を傾げる。


「変な愛理ね。わたしも愛理が大好きよ。パパのこともね」


 寛子までいつもは言わないようなことを言い出して、康一は笑う。


「ママまでどうしたの?」


 寛子はくすりと笑う。


「パパは? どうなの?」


 康一は咳払いをしてから言った。


「俺もママと愛理のことが大好きさ」


 康一が照れているのを一生懸命に隠しながら言うのが微笑ましくて愛理は笑った。


「ありがとう。ママ、パパ」


 ――行ってくるね。



 寛子と康一が寝た後、愛理はクローゼットからリュックサックを取り出した。


「持っていけるか分からないけど、試してみよう。何を持っていこうかな。醤油は欠かせない。お米も持っていきたいけど、向こうには炊飯器はないし、鍋で炊けるかな。……試してみるか。イアン様たちにも食べさせてあげたいし。スマホはなくしたら大変だから置いて行こう」


 愛理はこそこそとキッチンに降りて、ストックしてあった未開封の醤油を拝借した。

 それから、米を三合ほど袋に入れて縛った。

 玄関にも寄って、スニーカーを持った。

 部屋に戻り、キッチンから持ってきたものをリュックサックに入れる。

 それからスニーカーを履いた。

 愛理は机に置いておいた精霊石をぎゅっと握る。


 ――魔法はイメージだ。ルイスフィールドを強く思い浮かべる。イアン様、ローナ先生、シスターラウラ、クレイグ様……。


 ルイスフィールドで出会った人たちの顔を思い浮かべていく。


「戻りたい。ルイスフィールドへ。イアン様の元へ……!」


 精霊石から光が溢れて、愛理を飲み込んだ。

 床に何かが落ちる音がした。

 光が止んで、そこには透明になった精霊石とリュックサックだけが残っていた。

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