第40話 リチャードソン公爵
翌日。
愛理たちはジョンが御者をする馬車で、リチャードソン公爵の屋敷へと向かった。
アリスコーストを出てすぐに馬車は森へ入り、山道を進んでいく。
リチャードソン公爵の屋敷は山の中ほどにあった。
二時間ほどで到着したリチャードソン公爵の屋敷は堅牢で、華やかさはない。
馬車を降りたジョンは、愛理たちを先導して玄関へと向かった。
すると、男性がひとり玄関から出てきた。
こちらに一礼する。
「お待ちしておりました。教皇候補のシスターアイリーン御一行様。ラウラお嬢様もご無沙汰しております」
ラウラは表情を変えずに頷いた。
男性について屋敷へと入っていく。
「少し早いですが、昼食の準備ができております。ダイニングへご案内いたします」
屋敷の中も装飾などなく石がむき出しの作りで、まるで砦のようだ。
男性は説明しながら廊下を進んでいく。
「このお屋敷はドラゴンの谷の見張り台だったものを屋敷に改造したのです。さて、ダイニングに着きました。どうぞお入りください」
男性はダイニングの扉を開く。
ダイニングは中央にダイニングテーブルが置かれ、白いクロスが掛けられており、中央には花が飾られている。
天井には大きなシャンデリアも飾られている。
暖炉の前に銀髪の鎧姿の男性、茶髪を綺麗にまとめたドレス姿の女性、銀髪の男の子がいた。
三人が一礼したので、愛理たちも一礼を返した。
「ようこそいらっしゃいました。マイケル・リチャードソンと申します。こちらは妻のジェニファーと息子のジャックです。本日は同席をさせていただきます」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。教皇候補のシスターアイリーンと申します。こちらは護衛騎士のイアン・エヴァンスとクレイグ・ホーウェイ。補佐のシスターローナです。同席させてもよろしいでしょうか?」
「もちろんですとも」
マイケルがラウラに視線を向ける。
「ラウラ、久しいな。やっと顔を見られて嬉しいよ」
ラウラは軽く頭を下げた。
「ご無沙汰しております。閣下」
マイケルは少しだけ寂しそうな表情をしたが、すぐに笑顔に切り替わり、愛理たちに座るように促す。
「どうぞお掛けください。昼食をご用意させていただきました」
愛理たちがダイニングテーブルの椅子に座ると、魚介類の料理が運ばれてくる。
それにジェニファーが眉を顰めた。
「王都からいらした方たちには魚介類のお料理がお口に合いますかどか……。無理はなさらないでくださいね」
愛理は答える。
「いいえ。美味しいです。王都ではあまり食べられませんので、嬉しいです。昨日も真鯛の刺身を漁師の方々からいただきました」
マイケルは笑顔で言う。
「それはよかった。生物はさすがに抵抗があるかと思いましたが、大丈夫そうでなによりです」
しばらく雑談をして食事を楽しんだ。
食事も終わりかけた頃、マイケルはラウラに尋ねた。
「ラウラ、デヴィッドとは会っているのか? あいつも元気にしているか?」
ラウラは答える。
「はい。定期的に会っています。お兄様も元気です」
「そうか……。デヴィッドにもたまには顔を見せるように言ってくれるか」
「閣下。お兄様はもう帰られないでしょう。わたしも今日限りです。教皇候補のシスターアイリーンのために本日は参りました」
マイケルは悲しげな表情をする。
「そう寂しいことを言うな、ラウラ」
ラウラは食事の手を止めて、マイケルを見据えた。
「閣下はジャックを後継者と決めたのでしょう。お兄様やわたしが帰る義理がありますか?」
その一言にマイケルは眉を顰めた。
「わたしは後継者をまだ定めてはおらん。何の話だ」
今度はラウラが動揺して、問うような視線をジェニファーに向けた。
ジェニファーは溜息を吐いた。
「旦那様、お客様の前です。おやめください」
マイケルはジェニファーの制止を無視して、ラウラに問う。
「その話、デヴィットも聞いておるのか。てっきり跡目を継ぐために騎士団で精進しておるものだと思っていた……」
「いいえ。父上。お兄様は跡目を継げないことを知って、騎士団に入ったのです。わたしもその話を鵜呑みにしておりました。父上にちゃんと確認すべきでした」
マイケルはラウラに言う。
「デヴィットに一度わたしと二人で話そうと伝えてくれ」
「承知いたしました。しかと伝えます」
マイケルは愛理に視線を向ける。
「つまらぬ話を聞かせてしまった。申し訳ない」
「いいえ。誤解が解けたようでよかったです」
ジェニファーは素知らぬ顔をして食事をしていた。
その隣で食事をしているジャックが言う。
「ラウラお姉さま、デヴィットお兄様ともまた会えますか?」
ラウラはジャックに笑みを向ける。
「今の仕事が終わったら、またお兄様と会いに来る。約束する」
ジャックは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「デヴィットお兄様にまた剣術を教えてくださいとお伝えください」
ラウラは頷いた。
愛理はその様子を微笑ましげに見ていた。
ラウラとリチャードソン公爵の確執が解けたようで一安心だ。
マイケルは愛理に尋ねる。
「シスターアイリーン、よければドラゴンの谷を案内したいのだが、予定はいかがかな?」
「ぜひお願いいたします」
「では、午後に案内しよう。今晩は我が家に泊っていただき、明日、アリスコーストへ戻られるといい」
「ありがとうございます」
愛理は頭を下げた。
――ドラゴンを見られるなんて楽しみだなぁ。
愛理が呑気にそんなことを考えていると、ダイニングにひとりの騎士が飛び込んできた。
マイケルの隣に跪き、報告をする。
「砦から赤い信号弾が上がりました。ドラゴンが砦へ向かっています」
「なに?」
マイケルは立ち上がった。
そして、愛理に言う。
「申し訳ない。そういう訳なので、わたしは砦へ急がねば。今日のところはこの辺で……」
愛理も立ち上がり尋ねた。
「私たちにもお手伝いできませんか?」
愛理の申し出にマイケルは困惑を示した。
「しかし、戦闘になる可能性もある。教皇候補のシスターアイリーンに何かあったら……」
クレイグは立ち上がった。
「戦闘になるのであれば、なおさら戦力は多い方がよいでしょう」
イアン、ローナ、ラウラも頷く。
マイケルは頷いた。
「ご助力、感謝いたします。では、ともに砦へ」
愛理たちはマイケルのあとに続く。
屋敷を出て、厩の前で待機していた騎士から馬を借りる。
愛理はひとりで馬に乗ったことがないので、イアンとともに乗った。
愛理はイアンの背中に掴まる。
イアンは愛理に言う。
「少し飛ばすが、振り落とされるなよ」
「うん」
愛理はぎゅっとイアンの背中に抱きついた。