第38話 アリスコースト①
愛理たちが南部の中心の街アリスコーストに着いたのは、王都を出立してから十一日目のことだった。
街は全体的に白く、貴族のリゾート地なだけあって綺麗な街だった。
潮の香りも海辺の街ならではだ。
馬車は南支部の教会の前で止まった。
愛理たちが馬車から降りていると、教会から三十代後半くらいのシスターが出てきた。
シスターは茶髪をうしろできっちりお団子にしている。
シスターは一礼して名乗った。
「南支部の支部長をしておりますシスターウィニフレッドと申します。お待ちしておりました」
愛理も一礼した。
「はじめまして。シスターアイリーンです。教皇試験実施にご協力いただきありがとうございます。五月の末まで滞在させていただきます。ご指導のほど、よろしくお願いいたします」
イアン、クレイグ、ローナ、ラウラも自己紹介を済ませた。
「こちらこそよろしくお願いいたします。長旅でお疲れでしょう。お部屋へご案内いたします」
愛理たちはウィニフレッドの後を歩いて行く。
外装は白塗りで立派だったが、内装は古く、床は軋んでいる。
王都の教会よりも少し小ぶりだが女神ララーシャの像と四大精霊の精霊石もあった。
愛理はウィニフレッドに声を掛ける。
「お祈りをさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんでございます」
愛理は女神ララーシャの像の前で跪いた。
その後ろにイアン、クレイグ、ローナ、ラウラも跪く。
愛理が祈った。
「女神ララーシャ、風の精霊シルフ。旅の間、ご加護を賜りましたこと感謝いたします」
愛理たちは立ち上がり、またウィニフレッドの後をついて行った。
教会の前方の左端にある扉に入った。
そこは事務所兼食堂になっていて、三人のシスターたちが仕事をしていた。
愛理たちが事務所に入ると、みんな仕事の手を止めて立ち上がり、一礼した。
ウィニフレッドが声を掛けた。
「みなさん。教皇候補のシスターアイリーンが到着されました。運営試験のため五月末まで南支部に滞在されます」
愛理は一礼した。
「はじめまして。シスターアイリーンです。しばらくお世話になります。よろしくお願いいたします」
三人のシスターは拍手して、もてなしてくれた。
ウィニフレッドは奥にある階段を上がっていく。
そこは応接室のようでテーブルと椅子が八つ置かれており、部屋の左右には扉があった。
ウィニフレッドは言う。
「滞在の間は二階をお使いください」
ウィニフレッドは右側の扉を開いた。
室中にはベッドが四つ、クローゼットが一つ、ドレッサーが一つ置かれている。
「右側の部屋も左側の部屋も同じようになっています。男性と女性、別れてお使いください。荷物を置いたら昼食にいたしましょう。ご用意しております」
愛理たちは右側の部屋を女性陣、左側の部屋を男性陣で使うことに決めて荷物を置いた。
一階に降りていくと、ひとりの若いシスターがキッチンで昼食の準備をしていた。
事務仕事用の机が六つ向かい合わせに並んでいて、その奥に六人掛けのダイニングテーブルが置いてある。
ウィニフレッドはダイニングテーブルを手で指し示す。
「シスターアイリーン方はそちらのダイニングテーブルをお使いください」
愛理たちはダイニングテーブルの椅子に座り、ウィニフレッドも同席した。
若いシスターが昼食を運んできてくれた。
野菜のスープ、豚肉の塩焼き、パンだった。
他のシスターたちは席で食べているが、いつもならダイニングテーブルを使うのだろう。
愛理は場所をとってしまって申し訳ない気持ちがした。
ウィニフレッドは言う。
「王都の教会と違って、狭くて、人数も少なくて驚いたでしょう?」
愛理は頷く。
「支部では少人数で運営されているのですね」
「今日は一人休みなので、南支部はわたしを入れて五人なんですよ。特に南部は寄付金も少ないですし、お祈りにくる方も少ないので、なかなか人員を補給してもらえなくて……」
ウィニフレッドは溜息を吐く。
南部の事情はローナから聞いていたが、思っていた以上に事態は深刻なようだ。
こういった改善点を見つけるのも、今回の愛理の仕事である。
事務所のドアをノックする音が聞こえた。
ドアの近くに座っていたシスターが対応する。
「ジョン様。どうされましたか?」
「教皇候補様方が到着されたと聞き、ご挨拶に参りました」
対応していたシスターがウィニフレッドの方に顔を向けた。
ウィニフレッドは愛理たちに補足をする。
「ジョン様は町長のご子息です」
愛理は頷いてからドアの外へ出る。
そこには茶髪の二十代前半くらいの男性が立っていた。
愛理は一礼する。
「本来ならこちらから伺うべきところ、ご足労いただきありがとうございます。お初にお目にかかります。教皇候補のシスターアイリーンです。しばらくアリスコーストに滞在させていただきます」
「ご丁寧にどうも。町長の代理でご挨拶に参りました。あいにく父は腰を痛めておりまして……。挨拶に来られず、申し訳ございません」
ジョンは頭を下げた。
それから、視線を愛理の後ろにいるラウラに向ける。
「ラウラお嬢様でいらっしゃいますか?」
ラウラは首を傾げる。
「そうだけど。なぜわたしのことを知っている?」
ジョンは笑顔で答える。
「幼い頃、一度だけお会いしたことがございます。綺麗な銀髪でいらしたので、すぐに分かりました。公爵様よりお手紙が届いております」
ジョンはラウラに手紙を渡した。
ラウラは封を開けて手紙を読んだ。
「屋敷に来る日が決まったら、教えてほしいとのことです」
イアンが思案したのちに言う。
「試験がはじまる前にお会いしておきたい」
ラウラはジョンに尋ねる。
「公爵から手紙の返事について、どうしたらいいかは聞いている?」
「口頭で聞いてくるように言われています。しばらくは屋敷に滞在されているようですので、ご都合を聞いてくるようにと仰せつかっております」
愛理は言う。
「それでは、明後日はいかがでしょうか?」
ジョンは頷いた。
「承知いたしました。公爵に伝えてまいります」
ジョンは一礼して、帰って行った。
食後は二階に上がり、ウィニフレッドからの説明を受けた。
「わたしたちは街に家がありますので、十の鐘の頃にお祈りをして帰ります。教会の鍵をお渡ししておきます」
愛理はウィニフレッドから鍵を受け取った。
「教会にはお風呂がないので、近くの宿にお風呂だけ借りられるようにお願いしてあります。宿屋はお祈りの後でご案内します。夕食と朝食については宿屋でも食べられますし、街の食堂でもいいでしょう。教会のキッチンを使っても構いません。食料も自由にお使いください。ただし、火の始末だけはお気をつけください。昼食はわたしたちがご用意いたします。朝のお祈りは三の鐘に行います。街の案内は明日の午後にさせていただく予定です。ここまでで何かご質問はありますか?」
愛理は首を横に振った。
「ありません。お手配いただき、ありがとうございます」
ウィニフレッドは立ち上がる。
「それでは、わたしは仕事に戻りますので、みなさまはごゆっくりお過ごしください」
ウィニフレッドは階段を下りて行った。
ローナは椅子の背にもたれ掛かり伸びをする。
「疲れたぁ」
クレイグも頷きながら椅子に腰かけた。
「食事についてどうするか。毎日外食というわけにもいかんだろう」
愛理は頷く。
「そうですね。できるだけ自炊しますか?」
ローナは困り顔で言う。
「自炊って言ったって……。料理できる人っている?」
クレイグは苦笑する。
「野営の炊事経験ならあるが、一兵卒の頃だから随分と包丁は握っていないな」
自然とみんなの視線が愛理に向かっていく。
愛理はぎょっとした。
ローナは遠慮がちな笑みを浮かべて言う。
「教皇候補様にお願いすることではないと思うけど、アイリーンは料理上手だよね」
ラウラは頷く。
「トマトスープは絶品だった」
イアンも笑みを浮かべて頷く。
「うん。他の料理も食べてみたい」
クレイグは申し訳なさそうに言う。
「俺も手伝おう。野菜を切るくらいなら手伝えるから」
愛理は観念して溜息を吐いた。
「分かりました。私もあまり得意ではないので、期待はしないでくださいよ」
ローナは満面の笑みで万歳した。
「今日はあのトマトスープ作ってよ。また食べたいと思っていたんだ」
愛理は苦笑を浮かべながら頷いた。
「了解しました。ローナ先生」
三時のお祈りを終えた愛理たちはお風呂の準備をして、ウィニフレッドに宿屋へ案内してもらった。
案内されたのは大きな宿屋だった。
三階建ての建物で、一階には食堂、その奥に三部屋客室があり、その前を行き過ぎると女湯と男湯があった。
愛理、ローナ、ラウラは女湯に入っていく。
愛理たちは脱衣所で服を脱いだ。
愛理が浴室へのドアを開けると、海が一望できる露天風呂になっていた。
愛理は嬉しさのあまり叫んだ。
「露天風呂だぁ!」
愛理はずっとお湯に浸かれなくて、浴槽が恋しかった。
それが、まさか温泉に浸かれる日が来るとは夢のようだ。
ローナは辺りを見回しながら言う。
「温泉かぁ。はじめてだ」
愛理は頭と体を素早く洗って、露天風呂に浸かる。
「はぁぁ。幸せ~」
ローナは愛理の隣にきてお湯に浸かる。
「宿屋まで行かないと湯浴みができないって聞いた時は面倒くさいなと思ったけど、これはなかなかいいね」
愛理たちは露天風呂を満喫した。
愛理たちは教会に戻って、愛理の手料理を食べた。
旅の疲れもあり、今日は早く寝ることにした。