第37話 教皇選抜試験②
翌日、八の鐘が鳴った。十三時である。
教会は今日も昨日と同じで、一階席は教会関係者、二階に王のジャレッドと王太子のアルフレッド、騎士団長のアーサー、主要の貴族が座っていた。
教会の外には昨日よりも大勢の立ち見客が駆けつけている。
候補者たちは教会の最前列に座って発表を待っていた。
マーガレットが登壇した。
「皆様、よくお集まりいただきました。さっそく今までの試験結果を発表いたします。各試験、一位には三点、二位に二点、三位に一点が加点されます。中間結果は一位シスターアンジェリカ、七点。同率二位シスターレイチェル、シスターアイリーン、六点。四位シスタージョアンナ、五点」
愛理は、てっきり最下位は自分だと思っていたので叫び出しそうになった。
しかも、一位のアンジェリカとは一点差で好成績だ。
マーガレットは続ける。
「結果についての詳細は、後ほど教会内に張り出します。そして、次に支部の運営試験の割り振りを発表いたします。シスターレイチェルは王都本部、シスタージョアンナは西支部、シスターアンジェリカは東支部、シスターアイリーンは南支部です。五月の一か月間、支部の運営を行ってください。出立時期は任せますが、五月一日から試験を開始いたしますので、間に合うように移動してください。出立時期が決まったら、わたくしに報告するように。各参加者に馬車を手配いたします。以上です」
さっそく教会に試験結果の紙が張り出された。
候補者が近寄ってくるとみんな先を譲った。
紙には各試験の点数と合計点が記載された表が書かれている。
愛理の結果は、筆記試験は四位〇点、魔力測定は一位三点、現地試験は三位一点、演説はまさかの二位二点だった。
結果が発表された週の土曜日。
エヴァンス邸に集まって、愛理、イアン、クレイグ、ローナ、ラウラは話していた。
イアンは笑みを浮かべながら言った。
「アイリーン、同率とはいえ二位おめでとう」
ローナは興奮したように言う。
「魔力測定一位は納得として、演説二位は驚いたよ!」
クレイグは頷いた。
「それだけ遠征の料理の改善が望まれているということだな。これを受けて、騎士団でも遠征時の料理の見直しの動きがある」
それを聞いたラウラは拍手した。
「アイリーン、すごい。みんなを動かした」
愛理は照れたように笑った。
ローナは言う。
「さて、教皇の座がそれほど遠くないことが分かったところで、支部運営試験の話をしようか。まずはアイリーン、南部の特徴を述べよ」
愛理はいきなり問題を出されて狼狽えた。
「えーっと、南部は温暖で貴族のリゾート地ですよね。産業は農業です。それから海! 楽しみ!」
ローナは苦笑する。
「遊びに行くんじゃないんだからね。地理としては正解。南部は王都から一番遠いところに支部がある。それゆえ、四都市の中で一番信仰心が薄い土地でもある。それから、南部の脅威はドラゴンなんだ。領主のリチャードソン公爵がドラゴンの谷に砦を築き、領民を守っている。信仰の対象はリチャードソン公爵と言っても過言ではない。そのリチャードソン公爵は常に砦にいるらしく、屋敷にはめったに戻らない。彼の助けなしに南部を味方にするのは難しい。どうにか会えればいいんだけど……」
そこでラウラが手を上げた。
「わたしに任せてください。どうにか会えるように手配します」
ローナは首を傾げる。
「どういうこと?」
ラウラは表情を変えることなく言った。
「わたしの実家です。非嫡出子ですが」
クレイグ、イアン、ローナは驚いた顔をした。
愛理は首を傾げる。
「非嫡出子とはなんですか?」
ラウラは答える。
「婚外子ということ。父と母は結婚してない」
「つまり、ラウラお姉さまはリチャードソン公爵の娘ってこと?」
イアンは頷いてからラウラに尋ねた。
「そうなる。しかし、聞いていいのか分からないが、リチャードソン公爵は王の妹君が降嫁したのではなかったか?」
「そうです。けれど、それはわたしが生まれた後のこと。お母さまは公爵の乳母の娘でした。仲の良かった二人は恋人になった。けれど、前公爵が公爵とお母さまの結婚を許さなかった。そのうちに陛下から王女殿下の降嫁先として指名されてしまった」
クレイグは眉根に皺を寄せた。
「それで婚外子ということか……。隠し子の存在が公にされない理由も王女殿下の御立場を考えれば頷ける。しかし、ラウラにとってはつらかろう」
ラウラは頷いた。
「王女殿下がいらしてからは、母と兄とわたしは離れの小屋に移されました。母が亡くなって、兄が嫡子と認められなかったことで、兄とわたしは家を出ることにしたのです。わたしたちは公爵の姉である叔母を頼って王都にきました。わたしが十三歳の時です。けれど、公爵や王女殿下はわたしが教会に入ったことを知ると、顔を見せるようにと再三手紙が来ています。一度も従ってはいませんが」
ラウラの話を聞いてイアンは眉を顰めた。
「生々しいな。ラウラが公爵や王女殿下と他人行儀に呼ぶのも分かる」
ローナが心配そうに言う。
「手配してくれるのはいいけど、ラウラは会いたくないんじゃない?」
ラウラは頷いた。
「会いたくはありません。けれど、わたしから教皇候補を連れて帰ると言えば、公爵は屋敷に戻らざるを得ません。兄とわたしについて明かされて困るのは公爵と王女殿下ですから。好待遇でもてなしてくれると思います。それに、ひとりで帰るのは気が引けていましたが、この機に金輪際関わらないでいただきたいと申し上げるつもりです」
ローナが訝しげな視線をラウラに送る。
「もしかして、後半が動機じゃないだろうね?」
「もちろんついでですよ。アイリーンのために一肌脱ぎます」
「じゃあ、リチャードソン公爵の件はラウラに任せるよ。あとは出立日だな」
クレイグは言う。
「早めに着いていた方がいいだろう。南部だと二週間くらいかかるか。来週の月曜日、十四日に出立はどうだろうか」
みんな異論はなく、それで決まった。