第36話 教皇選抜試験①
二日目の筆記試験も終わり、三日目からは現地試験が開始された。
一日目は候補者、護衛騎士、補佐のシスターとブラザー、試験官の枢機卿のゾーイ、小隊の五十名全員で第一野営地に向かう。
二日目はレイチェル、三日目はジョアンナ、四日目はアンジェリカが狭間の森を探索した。
五日目の今日は愛理が探索する番である。
クレイグを隊長に据えて、イアンと騎士二十五名、愛理、ローナ、ラウラで探索をする。
そこに試験管のゾーイが同行する。
愛理は一生懸命に状況を判断し、ローナ、ラウラに指示を出した。
二度目の狭間の森での討伐で十分な指示を出せるはずもなかった。
愛理はローナとラウラに助けてもらいながらなんとか戦闘を終えた。
結果は熊二頭の討伐に成功した。
現地試験後、一日の休息を挟んだ。
その翌日の十日目に演説が行われた。
演説の会場は教会の講堂だ。
シスター、ブラザー、学院生が一階の席に座り、二階席には王のジャレッドと王太子のアルフレッド、騎士団長のアーサー、主要な貴族たちが座っている。
教会の扉は開かれており、立ち見客も大勢いた。
愛理は他の候補者たちと一緒に事務所にいる。
愛理は落ち着かなくてそわそわしていた。
アンジェリカがそんな愛理を見かねて言う。
「深呼吸なさい。アイリーン」
ジョアンナは愛理の背を撫でる。
「緊張すると思うから緊張するんだよ」
レイチェルは微笑みながら言う。
「緊張して初々しいこと。可愛らしい」
事務所の外にいたシスターがドアを開けた。
「シスターレイチェル、出てください」
一番手のレイチェルの演説がはじまった。
事務所にいるので、演説の内容はよく聞こえない。
アンジェリカとジョアンナは、扉に近づいてできるだけ聞こうとしている。
だが、愛理はできるだけ聞かないように努めた。
立派な演説を聞いたらよけいに緊張しそうだ。
二番手はジョアンナ、三番手はアンジェリカと終わり、愛理の番が来た。
ドアが開き、シスターが声を掛ける。
「シスターアイリーン、出てください」
「はい!」
声が裏返ってしまった。
そばにいたアンジェリカが笑う。
「行ってきなさい。アイリーン」
アンジェリカはそう言って、背中を押してくれた。
愛理は深呼吸をしてから歩き出す。
通路をゆっくりと歩いて登壇した。
また深呼吸をする。
そして、愛理はゆっくりと話しはじめた。
「シスターアイリーンと申します。よろしくお願いいたします」
愛理は一礼をする。
顔を上げて、演説をはじめた。
「わたくしが教皇になったら、遠征時の食事の改善に努めたいと思っております。遠征時の食事はシスター、ブラザー、騎士のみなさんの士気にかかわる大切なもの。討伐と言う殺伐とした中での唯一の楽しみだと思うのです。そこで、わたくしは二つ考案いたしました。試食を用意しておりますので、候補者の護衛騎士の方にぜひ試食していただきたいと思います」
ラウラが食事を乗せたカートを押して事務所から出てきた。
その後ろから選抜された騎士たちが三人歩いてくる。
その内のひとりはジュリアスだった。
騎士たちにも登壇してもらい、愛理は一人ずつ食器を渡していく。
ジュリアスが最初にスープを飲んだ。
「美味しい!」
愛理はカートに乗せておいたトマトペーストが入った瓶を手に取る。
「これはトマトを調理したものです。毎日塩味のスープだと飽きてしまうので、時々は味を変えてみるのはいかがでしょうか?」
騎士の一人は乾パンを食して言う。
「少し甘くて固いが、お菓子のようで食べやすいな」
愛理は乾パンを手で指し示した。
「これは乾パンといいます。遠征時のパンは固く、ぼそぼそとしています。けれど、この乾パンであれば美味しく食べられると思います」
騎士たちは全員完食した。
愛理は続ける。
「騎士の皆さん、ご協力ありがとうございました。このように、わたくしには遠征時の食事を改善する準備が整っております。ぜひ、わたくしに一票をお願いいたします」
愛理は一礼した。
わっと歓声と拍手が起きる。
横で控えていたマーガレットが登壇する。
「アイリーンは事務所に戻りなさい。それでは投票を行います。紙に候補者の名前を書いて投票してください」
投票の権限があるのはシスター、ブラザー、学院生、ジャレッド、アルフレッド、アーサーだ。
壇上に投票箱が設置され、その横には長いテーブルが左右に一つずつ置かれている。
そのテーブルの上には羽ペン、インク、紙が置かれていた。
そこで選んだ候補者の名前を記名し、投票箱に入れる。
全員の投票が終わり、事務所にいた候補者が呼ばれて登壇した。
マーガレットは言う。
「今までの結果と、支部の運営の割り振りは、明日の八の鐘の頃に発表いたします。候補者、シスター、ブラザー、学院生は教会に集まるように。教会関係者以外の方々もご観覧いただけます。ぜひ足をお運びください」
マーガレットは一礼して、演説の試験は幕を閉じた。
愛理は寮のベッドにダイブする。
演説が終わったら、一連の試験の疲れもどっときた。
ソフィーが愛理の頭を撫でる。
「お疲れ様、アイリーン。演説、ちゃんとできていたよ。盛り上がっていたし」
「ありがと~、ソフィー」
あとは支部の運営の試験が待っている。
明日の発表を受けて、週末はエヴァンス邸で作戦会議をすることになっている。
やることはまだまだ山積みだ。