第35話 教皇選抜試験開始
四月一日。
朝のお祈りに新一年生が初めて参加している。
朝のお祈りを終えた教皇のマーガレットが朝の連絡事項として話した。
「今年も新たな仲間が十一名、教会に入ってくれました。皆で支え、育てていきましょう。一年生は早く教会の生活に慣れるよう努め、学院での日々の学びを大切にして過ごしてください。学院の先輩たちは一年生のことをよく導くように」
マーガレットは一息ついて続ける。
「次に、今日より教皇選抜試験がはじまります。候補者は前へ」
愛理は立ち上がり、アンジェリカの後ろについた。
アンジェリカの前方にはレイチェルとジョアンナがいる。
候補者は登壇し、右からアンジェリカ、レイチェル、ジョアンナ、愛理は横に一列に並んだ。
候補者はみんなの前で一礼する。
それから、女神ララーシャの女神像の前に膝まずいた。
レイチェルが代表して祈りを捧げる。
「わたくしたちは教皇選抜試験に真摯に取り組み、不正を行わないと誓います」
候補者は立ち上がり、またみんなの前で一礼した。
拍手が鳴り響く。
マーガレットは言う。
「続いて、候補者の魔力測定を行います」
魔力測定の準備が行われる。
小さい机の上に白いクロスを敷いて、洗礼式で使われた聖杯が置かれた。
机の横には桶が置かれた。
「ひとりずつ聖杯に水を注いでいただきます。まずは、シスターレイチェルから」
レイチェルは聖杯に杖を当てて水を注ぐ。
色はもちろんAランクの青だった。
試験管に注がれて、余った水は桶に捨てられた。
試験管には名前の書かれた紙を巻いて、紐で外れないように結ばれた。
同じことを愛理、ジョアンナ、アンジェリカも行った。
全員が終わって、マーガレットは言う。
「魔力測定はこれから検証されます。結果は後日発表します。それでは、候補者のみなさんは筆記試験に向かってください」
レイチェル、ジョアンナ、アンジェリカ、愛理の順で通路を歩いて行く。
候補者たちが退室するまで、激励の拍手が送られ続けた。
試験会場は学舎の一階にある多目的室で行われる。
今日と明日は筆記試験で、午前中に三教科ずつ行われる。
一限目は神学の試験だ。
試験用紙が配られて、開始と同時に愛理は伏せていた紙を表にした。
一日目の試験が終わった。
愛理は昼食を進級して二年生に上がった女子たちと食べていた。
ソフィーは愛理に尋ねる。
「筆記試験はどうだった?」
愛理の表情は暗くなる。
「難しかったよ。分からない問題ばっかりだった」
ルイーズはそんな愛理を労うように言う。
「それはそうですわよ。自由時間で勉強したところで二年分は無理ですわ。アイリーンは毎日根も上げず、よく頑張っていました。点数が悪くても恥じることはありませんわ」
ドロシーもルイーズに同意して言う。
「そうだよ! 筆記試験の他にも試験はあるんだから。筆記試験は捨てて、他の試験に集中した方がいいよ」
愛理は二人の励ましに笑顔を見せた。
「ありがとう、みんな」
「アイリーン様」
愛理は名を呼ばれて振り返った。
そこには一人の女の子がいた。
ふわっとした茶髪の女の子だ。
愛理は見覚えがあった。
「もしかしてサリー? 洗礼式で一緒だった?」
「覚えていて下さったんですね。嬉しいです。まさか一学年上の先輩だとは思わず、洗礼式の時は失礼をいたしました」
サリーはぺこりと頭を下げる。
愛理は手を振って答えた。
「いいんだよ。私も言わなかったし。それより教会に入ったんだね」
「はい! 元々、教会志望でした」
「教会へようこそ。サリー」
サリーはにっこりと笑った。
「ありがとうございます。それで、アイリーン様にお願いが……」
「教会では『様』ではなくて、先輩はお姉さま、お兄様と呼ぶんだよ」
サリーは、はっと口元に手を当てて言う。
「そうでした。アイリーンお姉さま」
愛理は首を傾げる。
「それでお願いってなに?」
サリーは勢いよく言う。
「アイリーンお姉さまの『妹』にしてください!」
愛理は思わぬ申し出にきょとんとした。
「私を『姉』にしたいの? 嬉しいんだけど、私はこれから教皇選抜試験でほとんど学院にいないんだ。入学して間もない時期って一番大切だと思う。その時にサリーのそばにいない『姉』は意味ないと思うんだ」
たしか洗礼式の時、サリーは貴族学校からきたと言っていた。
――それならば……。
「ルイーズ。サリーは貴族学校出身なんだけど知っている?」
ルイーズはサリーの顔を見て言う。
「申し訳ないですが、存じ上げないですわね」
サリーはお辞儀をする。
「ルイーズ様。わたくしはしがない男爵家の家柄。ルイーズ様がわたくしを知らないのは当然でございます。お会いできて嬉しいです」
「おやめなさい。ここは教会です。そのような挨拶はいりません。家柄なども関係ないのですわ」
サリーは戸惑ったようで、もじもじとしている。
それを見た愛理は言う。
「サリー。教会のしきたりに慣れるまでは大変だと思うけど頑張って。ルイーズ、サリーの『姉』になってあげてよ。ルイーズなら適任だと思う」
ルイーズは驚いた顔をして愛理を見た。
「わたくしが『姉』ですって?」
「そう。貴族の考え方も分かっているルイーズだったら、サリーに寄り添ってあげられると思う。それで、試験が終わって私が帰ってきた時、もしサリーの気持ちが変わっていなかったら私が『姉』になるっていうのはどう?」
ルイーズはくすっと笑う。
「わたくしにアイリーンがいない間、代理で『姉』をしてほしいということですわね。請け負いましょう。それとも、サリーはわたくしが『姉』ではいやですか?」
サリーは勢いよく首を横に振る。
「そんな! ルイーズお姉さまに『姉』になっていただけるなんて光栄です。よろしくお願いします」
サリーは頭を下げた。
「とりあえず、夜のお祈りから一緒に出席しましょう。お部屋はどちらかしら?」
「三〇二号室です」
「お迎えに行きますわ。お部屋でお待ちなさい」
「はい!」
話を終えたサリーは去って行った。
愛理はルイーズに顔を寄せて声を潜める。
「ルイーズお姉さまだって」
ルイーズも笑顔を浮かべながら愛理に顔を寄せる。
「アイリーンだってお姉さまと呼ばれていましたわよ」
ドロシーは体をくねらせて言う。
「ああ! あたしも早くお姉さまって呼ばれたい!」
みんなで笑った。
愛理は上級生になったことを噛みしめた。