第28話 魔物の襲撃①
ランドール家の一件があった数日後から獣や魔物の動きが活発になった。
教会には騎士団からの応援要請がひっきりなしくるようになった。
その結果、シスターやブラザーだけではなく、中級魔法以上が使える学院の三年生や二年生の一部も討伐に駆り出されている。
人数が少なくなった学院は重い雰囲気に包まれていた。
一年生の教室も例外ではなく、話題はもっぱらそのことばかりだった。
ソフィーは不安げに尋ねる。
「今年はどうしたのかな? この時期は確かに魔物や獣が人里に降りてきやすいけど。王都は狭間の森が近いからこんなに討伐が多いの?」
ルイーズは落ち着いた様子で答える。
「確かに狭間の森の街道には魔物や獣の出没は多いですけれど、このような大規模討伐はあまり記憶にないですわ」
マージェリーも不安げだ。
「七年くらい前に、討伐隊のほとんどが亡くなった討伐がありましたよね。あんなことにならなければいいですけど……」
アンソニーはみんなを安心させるように笑顔で言う。
「あれは大雨が降ったことも原因だと聞いているし、大丈夫だよ」
ダイアンは怯えたように言う。
「王都にも魔物が来たら……。恐ろしいわ」
アンソニーは笑った。
「みんな、心配性だな。街には教会が張っている結界がある。たいていの魔物や獣は入ってこられないよ」
愛理は頷いた。
「アンソニーの言う通りだよ。討伐隊の無事を祈ろう。私たちにできることなんてそのくらいだし……」
そこへ授業を受け持つシスターが教室に入ってきたので解散した。
愛理は四限の自由時間に図書室へ行くのが日課になっていた。
最近はもっぱら魔法の本ばかりを読んでいる。
愛理は魔法について学ぶのが楽しくなってきていた。
それから数日が経った。
まもなく五の鐘が鳴ろうかという時だった。けたたましく鐘が鳴ったのだ。
教壇に立っていたシスターの顔が険しくなる。
「みなさん、教会に行きます。急いで」
愛理たちは立ち上がり、シスターについて廊下を歩いて行く。
二年や三年の教室からも学院生たちが出てきて合流した。
上級生は言う。
「今の警戒警報よね」
「なにかあったのかしら……」
それを聞いていたマージェリーは言う。
「七年前にも鳴っていたのを覚えています。討伐隊になにかあったのかも……」
それからは、みんな黙って教会へと急いだ。
教会に着くと、すでに教皇のマーガレットが登壇しており、学院生たちが入ってくるのを待っていた。
学院生が座るのを待たずにマーガレットは話し出す。
「先ほど、騎士団の警戒警報が鳴りました。騎士団からの一報によると、狭間の森にいる討伐隊のいくつかから続々と赤い信号弾が上がったそうです」
それを聞いた職員と学院生が騒めいた。
愛理にもその意味が分かった。
赤い信号弾は中級に上がるとまず教わる魔法で、救援要請や警戒を促す信号である。それが狭間の森でいくつも上がっているという。
イアン、ローナ、ラウラ、アンジェリカ、ジュリアスが討伐に参加していると聞いている。
愛理はみんなの安否が気になった。
「それが複数上がっていること、王都へ向かって移動していることから、王都への警戒信号と考えています。初級の魔法しか使えないものは治療院へ。中級魔法以上を使える者はわたくしについて来てください。砦へ上がります」
隣に座るルイーズが愛理の手を握った。その手は震えている。
一年生では愛理、ルイーズ、マージェリー、キャサリン、ダイアン、アンソニーが中級クラスに所属していた。
ソフィーが震えて泣いている。
「アイリーン、みんな。気をつけてね」
ソフィー、ドロシー、カレンは初級クラスなので治療院への応援だ。
治療院に人が集められるということは、教会の上層部では怪我人が出ることを予想しているということだろう。これから戦闘になる可能性が高い。
愛理はソフィー、ドロシー、カレンと抱き合った。そこにルイーズ、マージェリー、キャサリン、ダイアン、アンソニーも加わった。
「行ってくる」
愛理はそう言って、マーガレットが率いる列に加わった。
教会のシスター、ブラザー、学院生の強い魔力を持つ者のほとんどは、討伐に駆り出されていて今はいない。王都に残っているのは、普段は事務仕事をしている者たち、治療院で働く者たち、学院生たちだ。
砦に上がれるのは総勢二十名ほどだった。その半数以上は実戦経験のない愛理たち学院生だった。
外壁の上が砦になっているので、一行は訓練場を抜けて外壁の下まで行く。
普段は施錠されている砦へ上がる門が、マーガレットの手によって開けられた。
一行は階段を上り、砦へ上がる。
砦にはすでに騎士団員がいて、外壁の下にも騎士団員が出ていた。
愛理は狭間の森の方角を見ると、空が赤黒くなっていた。すべて鳥のようだ。王都に向かって羽ばたいている。
愛理の近くにいたシスターが言った。
「ファイアーバードだわ……」
「あんな規模の群れ……。地上の討伐隊では手も足も出ない」
狭間の森からはひっきりなしに赤い信号弾が上がっている。魔法も上がっているが、ファイアーバードが飛ぶ高度が高すぎて届いていない。
「あの群れの中央にいる奴を見ろ!」
誰かが叫んだ。
愛理も目を凝らしてファイアーバードの群れを見た。
中央にひと際大きいファイアーバードがいた。そのファイアーバードが大きく口を開けていて、そこに火の玉ができはじめていた。
マーガレットが叫んだ。
「全員、防御魔法を前方へ展開! 攻撃、来るぞ!」
愛理は杖を構えた。
――高い、街壁を覆うような土の壁。
愛理のイメージを具現化するように、愛理の前方に巨大な土の壁が現れた。
そこに轟音を立ててファイアーバードの攻撃が当たった。
土の壁に守られて愛理や周囲の人は無事だったが、離れたところからは呻き声が聞こえる。
だが、愛理には周囲を見ている余裕はなかった。
ブラザーが絶望した声で言う。
「今の一撃で街に張られた結界が破られた……」
それに覆いかぶさるようにしてマーガレットの指揮が飛ぶ。
愛理はマーガレットの声を聞き漏らさないように注意を払った。
「防御魔法を解除。前方へ一斉に撃ち込め! 一匹たりとも街に入れるな!」
愛理は目の前の防護壁を崩すイメージをすると、防御壁は崩壊した。
それと同時に、前方にいるファイアーバ―ドに魔法を打ち込んでいく。
「水の属性、ウォーターボールを撃ち込め!」
愛理は、はっとした。
――そうか。ファイアーバードの属性は火。だから、水属性か。
「ウォーターボール!」
今は魔力コントロールについては考えない。全力でやるのみだ。
隣にいたシスターが言う。
「あなた、魔法の威力が強いわね」
「アイリーンじゃない。Aランクの子よ」
「わたしたちはアイリーンを援護しましょう」
愛理の周囲では、愛理を中心に陣営が組まれた。
けれど、愛理にはそんなことを気にしている余裕はない。
悲鳴や叫びが聞こえる中、一刻も早く終わらせたかった。早くこの場から離れたかった。
空を水の竜が二匹飛んでいる。
周りのファイアーバードたちを落としていくが、なかなか中心にいる大きなファイアーバードまではいきつかない。
――空から攻撃ができれば……。
愛理はひとつ閃いたが、うまくできる確信がなく、躊躇してしまう。
ファイアーバードの群れはどんどんと王都へ近づいてくる。
その時、狭間の森の街道から馬が駆けてくる姿が見えた。まだ遠いが、馬に乗っている数人がはっきりと分かった。
――イアン様! ジュリアス! ローナ先生! ラウラお姉さま! アンジェリカお姉さま! みんな、無事だった!
けれど、このまま進めばファイアーバードの餌食になってしまう。
愛理の迷いは晴れた。杖を天に向ける。
――雷を落とせば、あの大きなファイアーバードを地に叩きつけられるはず!
愛理は学校で習った雷の発生するしくみを思い出してイメージする。
空に雲が集まってきて、空気が冷えてくる。
イアンたちは馬で王都を目指していた。王都に残った戦力ではこの群れを倒すのは難しい。イアンはそう踏んで、馬の数だけ主力のメンバーを連れて急ぎ王都へ戻ってきたのだ。
森を抜け、王都を視界に入れてイアンは唇を噛む。戦闘はもうはじまっていた。もう間もなく、ファイアーバードは王都に入らんとしている。
ローナがイアンの隣に馬を寄せてきた。
「ねぇ、空が暗い。それに冷え込んできた」
イアンは空を見上げると、雲が尋常ではない速さで空に集まってくるのが見えた。そして、雲の中が光っているのが見えた。
「雷……か?」
ローナが言う。
「偶然? それとも、まさか誰かが魔法で……。念のため防御魔法を張ろう。当たったら大変だ」
「全員馬から降りて、シスターの周囲に集まれ。防御魔法を展開する」
ローナ、ラウラ、アンジェリカは杖を、ジュリアスは剣を構えて、巨大な土のドームを作り上げていく。
ジュリアスは焦りを顔に滲ませながら言う。
「間に合ってくれよ……」
雷が落ちる前に、無事に土のドームは完成した。
愛理は額に汗を浮かべて、杖を天に向けている。想像以上に魔力消費量が多い。ズルズルと体から魔力が吸い出されていく感覚がする。気を抜けば、すべてが台無しになりそうだ。張り詰めた中で、雲の様子を見ている。
辺りに雷の音が鳴りはじめた。
――今だ!
愛理は杖を振り下ろす。
「ファイアーバードへ落ちろ! サンダーボルト!」
凄まじい雷鳴とともに、雷がファイアーバ―ドたちを直撃した。
ファイアーバードは地面にぽろぽろと落下していく。
辺りからは歓声が上がった。
「や、やったぁ!」
「大きいやつ落ちたぞ!」
「今のは魔法? 一体、誰が……」
「アイリーンだよ! アイリーンがやった!」
愛理は成功したことにほっとしたら、意識が遠のいてきた。
遠くでマーガレットの声がする。
「残党を処理するぞ! アイリーンが作ったこの機を逃すな!」
それを聞きながら、愛理はその場にしゃがみ込むようにして倒れた。