第23話 それぞれの恋模様
豊穣祭を二週間前に控え、学院は休みに入った。
ソフィー、ドロシー、カレンは地元の豊穣祭に参加するため、久しぶりに地元へ戻って行った。
王都に住む貴族の子たちは実家へと戻って行く。愛理もそのうちの一人だった。
寮に残るのは地方出身だが地元には戻らず、王城の豊穣祭に出る生徒だけだ。
学院に入ってから、はじめての長期休暇である。
愛理はエヴァンス邸でゆっくりと羽を伸ばしていた。
今日は、イアンは騎士団の仕事でいないので、愛理はマリアンヌと二人で、リビングでお茶をしていた。
愛理はふと気になって、マリアンヌに尋ねた。
「マリアは、豊穣祭のパートナーは決まっているの?」
「ええ。今年はジュリアスと参加するわ」
愛理は首を傾げる。
「ジュリアスもはじめての豊穣祭だよね? イアン様がはじめての豊穣祭は親族と参加するのが習わしだと言っていたけど……」
「そうなのだけど、ジュリアスがどうしても一緒に参加してほしいと言うから。わたしも昨年のパートナーには断られてしまったし、ちょうどよかったのよ」
「マリアの昨年のパートナーって誰だったの?」
「騎士団の方で、お兄様の上官よ。今回は警備の仕事があるんですって。とっても残念だわ」
マリアンヌは眉を下げて言った。
愛理はそのパートナーだったイアンの上官が気になった。
「どんな方なの?」
「とっても素敵な方よ。クレイグ・ホーウェイ様と言って、元はお父様の部下の方でね。よくうちにいらしていたの」
メアリーは空になっている愛理のカップにお茶を注ぐ。
「熊みたいな大きな方ですよね」
「とっても頼りがいのあるお方よ」
マリアンヌはうっとりと言った。
――マリアンヌの想い人であるイアン様の上官の熊みたいな大きな人……。すっごく気になる……。
数日後、イアンはジュリアスを連れて帰ってきた。イアンが夕食に呼んだらしい。
ダイニングテーブルを愛理、イアン、マリアンヌ、ジュリアスの四人で囲む。
愛理はちらっとジュリアスを見た。
いつも元気なジュリアスが借りてきた猫かというくらい大人しい。
マリアンヌはジュリアスに尋ねる。
「ジュリアス、騎士団ではどう? 上手くやっている?」
「うん。イアン様に稽古をつけてもらっている。魔法の訓練は教会でやるから、アイリーンともよく会うんだ。マリアは? 最近はどうなの?」
「最近はお茶会に誘われることが多くて。恋人はいないのかと尋ねられたり、お見合いを勧められたり……。大変だわ」
マリアンヌは頬に手を当てて、溜息を吐く。
ジュリアスは慌てた様子でマリアンヌに尋ねる。
「お、お見合い? マリア、お見合いするの?」
「いいえ。丁重にお断りしているわ」
ジュリアスは傍から見てもほっとした様子だ。
けれど、マリアンヌはきらきらと茶色の瞳を輝かせて言う。
「だって、わたしにはクレイグ様がいらっしゃるもの」
それを聞いたイアンは苦笑した。
「クレイグ様のことまだ諦めていなかったのか……。あの方は結婚する気ないぞ」
「いいのよ。結婚しなければ、ずっと想っていられるじゃない」
「嫁に行かない気なのか、マリア……」
イアンは頭痛がするのか頭に手を当てている。
その横でジュリアスは見るからにしゅんとしていた。
――ジュリアスはマリアのことが好きなんだ。三角関係だ。いや、ルイーズもいるから四角関係⁉ 一体、私は誰を応援したらいいの⁉
愛理はひとりこの状況を楽しんでいた。
その日の夜、愛理はイアンとマリアンヌとリビングでお茶を飲んで過ごしていた。
愛理は尋ねる。
「マリアもジュリアスと仲いいんだね」
マリアンヌは頷く。
「貴族学校時代にアンジェリカと知り合って、仲良くなってね。休みの日はよくお互いの家で遊んでいたの。それで、ジュリアスとも知り合ったのよ」
イアンも頷く。
「そうだな。アンジェリカが泊まりに来たこともあったな」
マリアンヌは昔を懐かしむように笑った。
「そうそう。それでね、アンジェリカにくっついて、ジュリアスもよくうちに遊びに来ていたのよ。あの二人、とっても仲がいいのね。アンジェリカはうっとうしがっていたけど……」
――たぶんだけど、ジュリアスはマリアに会いたくて来ていたんだと思うけど……。
愛理はそれとなく聞いてみる。
「マリアはジュリアスのこと、どう思っているの?」
マリアンヌは首を傾げる。
「ジュリアスのこと? ……そうね。可愛い弟かしら」
――ジュリアス……!
マリアンヌにはジュリアスの気持ちが全く伝わっていないらしくて、愛理は心の中でジュリアスを哀れんだ。
しばらくして、マリアンヌが言う。
「眠くなってきたから、わたしは寝るわね。おやすみなさい」
愛理は言う。
「おやすみ、マリア」
リビングには愛理とイアンだけになった。
あまりイアンと二人きりという状況がないため、愛理は少しだけ緊張する。
イアンは少し笑って言った。
「アイリも気がついたのか。ジュリアスのこと」
愛理はイアンを見る。
「あんなに分かりやすいのに、気がつかないマリアがおかしい」
イアンは笑いながら頷く。
「兄の俺としては見込みのないクレイグ様ばかりを想っていないで、マリアにはもう少し周りを見てほしいものだ。ジュリアスは良いやつだし、応援したい」
愛理は小さく笑う。
「イアン様はジュリアスのことが好きだよね」
イアンは苦笑を浮かべて言う。
「アイリ、その言い方はどうかと思うぞ。俺もジュリアスのことは昔から知っているからな。弟のようなものだ。長い間、マリアに頑張ってアピールしている姿を見ているから、あいつにならマリアを任せてもいいと思っている。大切にしてくれそうだ」
「マリアのこと大切に思っているんだね」
「妹だしな。幸せになってもらいたいとは思っているさ」
「いいなぁ。私には兄弟がいないから、マリアが羨ましい」
イアンは微笑む。
「何を言っているんだ。俺もマリアもいるだろう。もう兄妹みたいなものだ。俺はアイリにも幸せになってほしいと思っているよ」
そんなことをイアンにさらっと言われて、愛理は顔が赤くなった。