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第17話 アルフレッド

 しばらく週末は補講だったため、入学してから約一か月後に愛理はやっとエヴァンス邸へと帰ってくることができた。

 教会の決まりで外出時も制服でなければいけない。

 教会に入れるのはCランク以上なので、教会の制服を着ているだけでそうと見受けられる。

 いらぬ揉め事に巻き込まれないためでもあった。

 愛理はエヴァンス邸の玄関のドアを開けた。


「ただいま」


 リビングからマリアンヌが出てきて、そのあとイアン、メアリー、ジェームズも出てきてくれた。

 マリアンヌは愛理を抱き寄せた。


「おかえり、アイリーン。制服姿、似合っているじゃない」

「ありがとう」


 ちょうどみんなでお茶をしているところだったようで愛理も加わった。

 話はもっぱら学院でのことだった。

 愛理はみんなに寮生活や訓練のことなど話して聞かせた。

 愛理は苦笑しながら言った。


「訓練では的を壊しすぎて、破壊王って呼ばれている」


 それを聞いたイアンは笑いながら言う。


「家で火の魔法を使わせなかったのは正解だったようだ」


 マリアンヌも口元を手で隠して笑っている。


「アイリーンは魔力量が多いから、コントロールするのも一苦労なのね」


 十時の五の鐘が鳴って、メアリーは立ち上がる。


「わたくしはそろそろ仕事に戻りますね」


 愛理も立ち上がる。


「メアリー、私も手伝うよ」

「そんな。アイリーンお嬢様はお疲れでしょう。ゆっくりと休んでいてください」

「いいの。手伝わせて、メアリー」

「なら、お願いしましょうか」


 愛理とメアリーは二人連れ立って庭へと出た。

 メアリーは桶で洗濯をして、愛理は洗い終えた洗濯物を干す。

 しばらく雨続きだったが、今日はいい天気だ。洗濯日和である。


「アイリーンお嬢様、わたくしは桶を片してきますね」


 そう言ってメアリーは家の中へ入って行った。

 愛理は最後の一枚を干し終えて、伸びをする。

 そこへ馬に乗った茶髪の男性がエヴァンス邸の敷地に入ってきた。

 男性は白シャツとズボンといったラフな格好で、長い髪を後ろで束ねている。

 街中で馬に乗っている人は騎士団くらいだ。


 ――イアン様のお知り合いかな?


 男性がこちらに顔を向けると、夢の中で刺された男性にそっくりで愛理は思わず凝視してしまった。

 男性は訝しげに愛理を見る。


「俺の顔になにかついているのか? 見かけぬ顔だ。イアンが後継人となった娘か」


 イアンを呼び捨てにしているということは、彼はイアンの上官なのだろうか。

 愛理は、はっとして慌てて一礼する。


「はじめまして。アイリーンと申します」

「それで、なにゆえ驚いたように俺を見ていた?」

「知り合いに似ていて……。申し訳ございません」


 男性は馬から降りて、愛理の前に立つ。


「知り合い? 俺に似ていただと? どこで知り合った」

「あの、夢で……。湖の岸辺に立っていた方にそっくりだったものですから……」


 それを聞いた男性はおかしそうに笑った。


「夢? 夢に出た男に似ていたというのか。おかしな娘だ。気に入った。これから湖に連れて行ってやろう」


 愛理は、はっと顔を上げた。


「湖があるのですか?」

「アイリーンといったか。お前が見た夢と同じ湖かは分からんがな」


 男性は愛理をひょいっと持ち上げて、馬上へと座らせる。


「ちょ、ちょっと待ってください。イアン様たちに言ってこないと……」


 男性は愛理の前に座ると、手綱を引いた。


「必要ない。さぁ、ゆくぞ。落とされるなよ」


 愛理は動き出した馬に驚き、悲鳴を上げて男性の背に掴まる。

 その声を聞きつけたイアンが玄関から出てきた時には、愛理たちはすでに敷地の外に出ていた。


「アイリーン!」


 イアンは急いで厩から馬を連れてきて乗った。

 マリアンヌやメアリーも何事かと玄関から出てきている。

 イアンは二人に声を掛けた。


「少し出てくる」


 イアンは愛理と男性の後を追った。



 愛理と男性が乗った馬は西門を出て森の中へと入っていく。

 愛理は振り落とされまいと、男性に掴まっているのに必死だった。


「ついたぞ」


 男性はそう言って、馬から降りて、愛理も馬から降ろす。

 愛理はやっと周りの風景を見る余裕ができて息を呑んだ。

 夢で見た湖の景色と同じだった。

 愛理は湖の岸へと歩いて行く。


 ――そう。この辺りだ。『私』が男性を刺したのは。


 そこには砂浜があるだけで、血溜まりなどない。


 ――そもそもあれは本当にただの夢なのだろうか。


 愛理の顔色が悪くなっていく。

 男性は尋ねる。


「ここでなにがあった?」

「『私』が男の人を刺したんです」

「俺に似た男を、か?」

「はい」


 愛理はあの生々しい感覚が蘇って、震える手を握った。


「アイリーン、お前はここであった事件を知っているのか?」


 愛理は男性を見上げる。


「事件ですか?」

「その様子では知らぬようだな。ここで殺されたのはアデル・ランドール。教皇のマーガレット・ランドールの双子の姉だ」


 アイリーンは驚いて目を見開いた。


「え……?」

「犯人は分かっていないが、容疑者の中に俺の叔父がいる。事件後、行方をくらませている叔父がな。他に夢は見ているのか?」


 愛理は今まで見た夢を思い出しながら言う。


「薔薇の庭園……」

「薔薇の庭園?」

「そうです。そこで『私』と、茶髪の男の子二人と、金髪の女の子の四人で追いかけっこをしていました」


 男性はじっと愛理を見てから尋ねた。


「お前はいったい何者だ?」


 愛理は言葉に詰まる。

 誰かも分からないのに話過ぎてしまったと後悔した。

 男性は愛理に一歩近づく。男性の薄い茶色の瞳は、愛理のすべてを見透かそうとしているようだ。


「アイリーン!」


 愛理は男性から視線を外して声がした方を見ると、イアンが馬から降りて駆け寄ってくるところだった。

 愛理もイアンに駆け寄る。


「アイリーン、無事だったか?」


 愛理はイアンに抱きついて頷く。

 男性も苦笑気味にイアンに近づいてきた。


「随分と早かったな。よくここが分かったものだ」

「殿下の行かれそうな場所は、だいたい目星がついております。このような勝手をされると困ります」


 愛理はイアンから離れて男性を振り返る。


「殿下……?」

「ああ。このお方はアルフレッド・ウィリアム・ルイス王太子殿下であらせられる」

「王子様……」


 愛理は呆然とアルフレッドを見た。

 アルフレッドはふっと笑った。


「アイリーン、お前を王城に招待しよう」


 その言葉に戸惑いを見せたのはイアンだった。


「なんですって……? アイリーンを王城に?」

「アイリーンに見せてやりたいものがある。あとで招待状を送ろう」


 アルフレッドは自分の馬を引き寄せて、馬上に乗った。


「アイリーン、有意義な時間だったぞ」


 アルフレッドはそう言って、ひとり走り去って行った。

 残されたのは頭を抱えたイアンと、状況がよく分かっていない愛理だ。


「詳しくは帰りながら話そうか」


 イアンは馬に愛理を乗せ、その後ろに乗った。

 行きよりもゆっくりとした足取りで、愛理はほっとする。


「それで、殿下とは何を話した?」


 愛理はイアンの顔を見上げる。


「湖であった事件のこと。アデル・ランドールが殺された」

「また物騒な話をアイリにしてくれたものだ。それにしても、王城にアイリを招待するとは……。頭が痛いぞ」


 イアンは片手を頭に添えた。



 愛理はイアンと家に戻ると、マリアンヌたちが心配して帰りを待っていた。

 マリアンヌは馬から降りた愛理を抱きしめる。


「よかった。アイリーン、無事だったのね。それで、なにがあったの?」


 その質問はイアンに向けてだった。


「殿下がいらして、アイリーンを連れて行ったんだ」


 そして、イアンは一部始終を話して聞かせた。

 それを聞いたマリアンヌが今まで見たこともない怖い顔を見せる。


「あの方はいつまでたっても変わらない。放蕩王子。自分勝手なのだから」

「マリアンヌも殿下を知っているの?」

「ええ。貴族学校では同級生だったのよ」


 そこへまた来訪者が現れた。

 家の前に止まった馬車から降りてきたのは、きちんとした身なりの初老の男性だった。

 初老の男性は一礼し、一通の手紙をイアンに差し出す。


「エヴァンス侯爵殿。アルフレッド・ウィリアム・ルイス王太子殿下より、アイリーンお嬢様への招待状です」


 イアンは一礼して受け取った。


「謹んでお受けいたします」


 初老の男性が帰った後、愛理はイアンとマリアンヌと一緒にリビングで招待状の中身を確認する。

 すると、マリアンヌがまた怒髪天した。


「六月二十二日って来週じゃない! こちらの都合なんてお構いなしなんだから!」


 イアンは苦笑して言う。


「まぁまぁ。殿下はせっかちだから、明日と言ってきてもおかしくなかった。来週ならまだ猶予はある」

「ないわよ! 王城に行くためにはアイリーンのドレスの準備があるのよ」

「私は洗礼式の時のドレスで構わないのだけど……」


 頻繁にドレスを仕立てていたら、お金がかかって申し訳ない。


「王家からの招待だから、式典用のドレスでは行けないわ。大急ぎでマダムケリーのところに行くわよ、アイリーン」

「はい!」


 そうして、愛理とマリアンヌは大急ぎでマダムケリーの店に向かうことになったのだった。



 マダムケリーは事情を聞き、快くドレスの作成を請け負ってくれた。


「訪問用のドレスですわね。承知いたしました。それにしても、アイリーンお嬢様のドレスはいつも大急ぎですわね」


 と、苦笑されてしまったが、どうにかドレスは間に合いそうで一安心した。

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