第12話 洗礼式②
「ショーン・ブラウン」
「はい!」
ショーンは元気よく返事をしてから、聖杯の前へと向かう。
そして、サリーと同じように聖杯に水を注ぐ。
グレーの髪の女性が手で制して、金髪の女性は言う。
「ショーン・ブラウン。赤紫。Dランク」
聖杯の中から赤紫の水が流れ出ると、教会にまた拍手が鳴り響く。
「アイリーン・エヴァンス」
「はい」
愛理はショーンと入れ違うようにして聖杯の前に立つ。
これで教会に入れるかが決まる。
――もし基準を満たせなくて、教会に入れなかったらどうなるのだろうか。
愛理の胸に一抹の不安がよぎった。
気持ちを落ち着かせるため、一息ついてから杖を聖杯に当てる。
最初は緊張からか勢いよく水が出てしまったが、愛理は冷静に頭の中の蛇口を閉めて、水を少しずつ聖杯に流し込んでいく。
グレーの髪の女性が手で制したので、愛理は杖を離した。
鼓動が早くなるのを感じる。
聖杯を覗いていた金髪の女性が驚いた顔を見せたが、そばにいた愛理だからわかる程度のものだった。
金髪の女性は言う。
「アイリーン・エヴァンス。青。Aランク」
聖杯から青い水が流れ落ちると、騒めき立ち、拍手は少し遅れて起こった。
教会に入る基準はクリアできて、愛理はほっと胸を撫で下ろす。
金髪の女性が声を掛けてきた。
「アイリーン・エヴァンス。あなたは教会に入ることを希望していると、シスターローナから聞いています。歓迎しますよ」
愛理は金髪の女性の顔を見た。
その時、金髪の女性の瞳が緑色だということに気がついてどきりとする。
「……ありがとうございます」
愛理はなんとか言葉を絞り出し、席に戻るため振り返った。
ショーンとサリーは立ち上がって、拍手している。
サリーが興奮したように言う。
「アイリーン、Aランクだなんてすごいわ」
ショーンも何度も頷いている。
愛理はまだ動揺が抑えきれず、にこりと笑うので精一杯だった。
「これにて本日の洗礼式を終了いたします」
金髪の女性は閉幕を告げた。
そして、金髪の女性はグレーの髪の女性と共に事務所へと戻って行った。
少し離れたところにいたシスターは三人の元へとやってきて言う。
「洗礼式は終了いたしました。ご家族の元へお戻りください」
愛理はサリーとショーンに別れを告げて、イアンたちの元へと行く。
マリアンヌは愛理を見つけると手を振ってくれた。
「アイリーン、お疲れ様。Aランクだなんてすごいわ」
イアンも頷く。
「魔力量が多いとは思っていたが、まさかAランクとは……」
「アイリーン! イアン様!」
三人は声がした方を振り返ると、ローナが立っていた。
「この度は、アイリーンお嬢様の洗礼式、おめでとうございます」
イアンは一礼して言う。
「ありがとうございます。シスターローナ」
マリアンヌも一礼した。
「はじめまして、シスターローナ。マリアンヌ・エヴァンスと申します。兄とアイリーンがお世話になっております」
ローナも一礼して、マリアンヌに笑顔を向けた。
「こちらこそイアン様にはお世話になっております。マリアンヌお嬢様のことは、イアン様からよく聞いていますよ。初めて会った気がしない」
「シスターローナ、やめてくれ……」
イアンは顔を赤らめて言った。
それをローナは笑ってから愛理の方を向いて言う。
「アイリーン、Aランクだったね。すごいじゃない。この後だけど、さっそく制服の採寸をしたいんだけどいいかな?」
愛理はイアンに視線を送ると、頷いたので答える。
「大丈夫です」
イアンはローナに尋ねる。
「俺たちは教会で待たせてもらってもいいか?」
「もちろんだよ。すぐ終わるから待っていて。入学日も確認してくるよ。アイリーン。事務所に行こう」
愛理はローナと共に事務所へと入っていく。
愛理は事務所に入ると、シスターたちから一斉に視線を受けた。
シスターたちは愛理に声を掛けてくる。
「洗礼式、おめでとう!」
「さっきAランクだった子でしょう。すごいわね」
「教会に入るのが希望なんですって?」
ローナは愛理とシスターたちの間に入って言う。
「ちょっと。そんなに一斉に話しかけたら、アイリーンが困るって」
愛理はローナに手を引かれて、ひとつの部屋の扉の前に立った。
ローナはその扉をノックしてから開けた。
「事前に伝えていた子、連れてきたよ。採寸をお願い」
「はーい。待っていたよ」
室内には制服がたくさんかけられている。
中央には大きな作業台があり、その上には黒と白の生地がたくさん置かれていて、そこで作業をしている女性がひとりいた。二十代後半くらいの女性だ。オレンジのくせ毛で教会の制服を着ている。
ローナは紹介する。
「シスターエレインだよ。服飾課のシスターで、これからよくお世話になるからね」
愛理はお辞儀をする。
「アイリーン・エヴァンスです。よろしくお願いします」
「よろしく、アイリーン。洗礼式、おめでとう。さっそくだけど、これを着てみてくれる? そこの仕切りの向こう側で着替えよう」
愛理はエレインに連れられて、仕切りの向こう側へ行く。
ドレスを脱ぐのをエレインが手伝ってくれた。
渡された制服を見ると、黒いワンピースに白い大きな襟が付いているシンプルなデザインだ。
愛理は制服に着替え、それをエレインは点検する。
「うーん。スカート丈はもう少し短い方がいいね。袖も。ウエストはもう少し締めて大丈夫?」
エレインは腰のあたりの布を少し引っ張った。
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、それで調節するよ。さて、ドレスに着替え直そうか」
愛理はまたドレスに着替えた。
衝立から出てきたエレインに、ローナは尋ねる。
「どのくらいかかりそう?」
「少し手直しするくらいで済むから、超特急で明日かな。制服待ち?」
「あと寮かな。部屋割りが終わっているか聞いてくるよ」
愛理たちは事務所に戻った。
ローナは受付にいるシスターに尋ねる。
「アイリーンの寮の部屋割りは終わっている?」
「ええ。制服はどうだった?」
「明日には出来上がるって」
「そう……。なら、休みの日に入寮してもらった方がいいから、五月十九日でお願いしたいわ」
「時間は?」
「五の鐘の頃、事務所へ来てちょうだい」
「了解。イアン様にも伝えておく」
愛理はローナと共に教会へと向かった。
イアンとマリアンヌは扉のそばの長椅子に座って待っていた。
ローナは二人に声を掛ける。
「お待たせ」
イアンはローナを見上げて尋ねる。
「どうだった?」
「入寮だけど、五月十九日の五の鐘頃に教会に来てくれってさ」
「了解した。なにか持たせるものはあるか?」
「特にないよ。生活に必要なものは支給されるから。部屋も二人部屋で狭いし、大きな物は持ち込まないようにね」
愛理は寮が二人部屋なのだと、はじめて知った。
同室の子がどんな子か気になった。
ローナと別れて、愛理たちは教会を出た。
愛理はマリアンヌの腕を掴む。
「洗礼式の進行をしていた金髪の人は誰?」
「教皇様よ。マーガレット・ランドール様」
イアンは付け足す。
「ジュリアスの母親だよ」
そう言われてみると、同じ金髪で同じ緑の瞳をしていたし、顔も似てなくもない。
雰囲気が違ったのですぐに結びつかなかった。
霧の夢で見た女性にも似ていたような気がするが、夢の中の女性の方が年齢は若かったように思う。ジュリアスよりも、もう少し年上くらいの女性。
――そう、ちょうど前から歩いてくるような……。