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3話

 カチッ、カチッ、カチッと無機質な時計の音の響く部屋の中、二人の男女がソファーに座っていた。

 二人はピタリと肩を寄せ合い、手を重ね合わせている。

 午後の一時の逢瀬、にしては二人の顔は青ざめて男の方は落ち着かない様子で貧乏揺すりをしている。

 二人の名前は佐々江 典道、美奈子。

 二人は一週間前に失踪した息子の捜索報告の為にここ、日本国大使館を訪れていた。

 不意に部屋の扉が開き、ガタイの良い黒人の男性とビジネススーツを着こなした初老の女性が入って来た。

 ガタッと二人は立ち上がると慌てる様に女性に詰め寄った。


「どうだったです!むっ、息子は!浩介は無事に見つかったんですか!」

「浩ちゃんは見つかったんですよね!無事に見つかったんですよね!神戸さん!」


 神戸と言われた女性は、日本からはるか南に位置する発展途上国、カラハスミア共和国に赴任する外交官、神戸 美里。

 彼女は、ワラをもすがる思いで詰め寄る二人に落ち着いて下さいと宥めてソファーに座る様に指示をする。


「佐々江さん。現在、日本政府はもちろんの事、カラハスミア共和国当局も全力を尽くして捜索しています。どうか、落ち着いて下さい」

「息子が、行方不明になり、一週間が経ちます!この異国の地で息子は、浩介は無事なんでしょうか?何か情報はあったんですか?」

「それは···現在、調査中であり、確かな情報はありませんが、少なくともまだ、希望があると言うのが我々の見解であり」

『ミス·コウベ。 幾ら、言葉を並べても佐々江夫妻の負担が軽くなるとは思えません。ここは、正直に今ある情報を開示した方が良いと思いますが』

『ミスター·ラウロ。いや、しかし···』


 黒人の男、ラウロに言われて言いよどむ神戸に典道は構いません、話して下さいと頭を下げる。


『···わかりました。その前に紹介します。彼はカラハスミア共和国治安当局のラウロ·ロス少佐です』

『はじめまして、ミスター·佐々江。ご子息の捜査を担当しています』

『ええ、よろしくお願いします。あの、息子の消息はどうなっているんですか?手掛かりとかは?』

『落ち着いて下さい。まずはソファーにどうぞ、おかけになって下さい』


 ラウロに促されて全員がソファーに座る。

 そして、ひと呼吸置いた後にラウロは手に持っていた鞄から、数枚の書類を佐々江夫妻の前に拡げた。


『まず、ご子息の浩介くんの消息についてはまだ不明です』

「ああ、そんな!」

「美奈子、大丈夫だ。大丈夫だから」

『···続きを話します。消息は不明ですが、おそらく関わっていると思われる組織の特定は出来ました』

『組織ですか?それは人身売買とか、そう言う組織ですか?』

『そうですね、人身売買。それだけでは無く、薬物、武器、果てにテロの幇助など多岐にわたる犯罪に手を染めていると思われる国際的な組織で』

『待って下さい。思われるとは?確定してないんですか?』


 典道に指摘されて、ラウロは深々と頷く。


『表向きは我が国の様な発展途上国へとスクラップや特産品を輸出入する至って健全な企業の仮面を付けています。先程言った犯罪に関してもあくまで噂としての情報としてしか我々も掴めて無いのが実情でして、ブラックに限りないグレーと認識して下さい』

『そんな奴らが息子の失踪に関わっていると?』

『はい。我々が集めた目撃情報で、ご子息らしき東洋系の少年が組織が所有するタンカーに連れて行かれたとの情報を入手しています』

『そんな情報があれば強制捜査とか出来ないんですか!』

『無理です。先程も言った通り、表向きは健全な企業です。数件の目撃情報だけでタンカーを拿捕して強制捜査は出来ません』


 ラウロの言葉に二人は一層に暗い顔になる。


『お二人共、まだ希望を持って頂きたい。これは機密ではありますが、半年前に組織に潜入させた部下がおります。部下には東洋系の少年を捜索する様に命令を達しているので今しばらく報告をお待ち下さい』


 そう言うとラウロは立ち上がり、二人に敬礼する。


「佐々江さん、日本政府も全力を上げて情報を集めています。どうか、気をしっかりと持って下さい」


 神戸は、深く頭を下げるとそれを皮切りに解散の流れになる。


「すまない、美奈子。俺が一人でこの国に来ていれば、こんな事にはならなかったのに!」

「典道さんのせいじゃないわ!わたしがあの時、浩介を迎えに行ってたら、良かったのよ!うっ、ごめんなさい!」


 佐々江夫妻はお互いに崩れそうになる身体を支える様に抱き締め合う。

 扉が閉まる直前まで、その二人を見ていた神戸は深く溜息をついて、隣にいるラウロに視線をやる。


『少佐、潜入捜査官がいるのであれば私にも情報を頂きたい』

『···ミス·コウベ、申し訳ない。だが、その潜入捜査官も三日前に連絡が途絶えたんだ。最後に連絡が合った時に子供を連れて脱出するとあった』

『何ですって!?では!』

『いや、まだ脱出が出来たとは限りません。船から、脱出して洋上を漂っているのか、捕まって処刑されたのか···何れにせよ、我々は何一つわかってないのです。ハァ本当は、こんな事を言うつもりでは無かったが私も同じ子供を持つ親として、つい口が滑ってしまった』


 話は以上ですとラウロは言うと大使館の出口へと歩を進めて行った。







「気をつけ!」

「ウム、点呼」

「支隊本部第ニ内務班、総員十名!事故二名!現在員八名!事故の内訳、田中二等兵ギックリ腰!伊藤上等兵熱発感冒!その他異常無し!番号ッ、始め!」


 浩介が、島の日本兵に保護されて早三日が経とうとしていた。

 はじめに感じたのは、とても80や90代とは思えない老人達の逞しい姿だった。

 彼らは朝の6時に何処からか鳴り響くラッパの音で一斉に起き上がると手入れされたボロボロの戦闘服に身を包み、整列して点呼を受ける。

 この間、5分とも経たない。

 ちなみに浩介には、一人の二等兵の老人が付いて戦闘服(予備の服でサイズは大きい)を着る手伝いを受けて一緒に点呼を受けている。


「よし、点呼終わる。解散」

「ハッ!」


 週番士官(当直)による点呼が終わると各人は自分のベットの布団を綺麗に整頓していく。

 浩介も慣れなれない手付きで布団を整頓していると週番士官から声を掛けられた。


「はい!何でありますか!」

「ハハ、そんなに硬くならなくとも良いぞ」


 気をつけの姿勢で見様見真似の敬礼をすると士官は笑いかけて、敬礼の手の角度はこうだと教えてくれる。


「さて、朝食の後で笠木大佐が話したいと仰っていた。支隊本部へと出頭する様に」

「はい!わかりましたで、あります!」

「フッ、フハハハ!無理して軍隊言葉を使わんでも良いぞ。まぁ、聞いていて面白いがな!ハハハハ」

「飯上げてきたぞ!こら準備せんか、ジジィ共!」


 二人が話していると兵舎の入り口から、数人の兵が大きな鍋を担いで来た。

 途端にガヤガヤと騒ぎながら、兵達は大机の上に各人の食器や箸を準備していく。


「ほれ、坊主!育ち盛りなんじゃから、たんと食え!」

「田所伍長殿、わしも大盛りでお願いします!」

「たわけ!貴様は、食っても枯れるばかりじゃろ!」

「え〜、そんだったら、伍長殿もでしょ!」

「喧しいわ!」


 賑わいながらとる食事に浩介はクスッと笑いが漏れる。


「よ〜し。貴様ら、飯食った後はいつも通りに掃除んで、戦闘教練するぞ。そんで午後は畑仕事だ!」

「「「へい」」」

「そう言えば、坊主はどうすんだ?さっき、少尉殿と何か話してみたいだが?」

「はい。この後、笠木大佐の所に行く様に言われました」

「てことは支隊本部隊舎だな。山田二等、貴様は坊主を案内せい」


 田所の命令に山田と呼ばれた二等兵は、へいと返事をする。

 ちなみに浩介を手伝ってくれる二等兵は彼だ。


「んじゃ、佐々江くん。飯食ったら、行こうかの」

「はい!」


 その後、朝食を取り終えた浩介は山田の案内のもと兵舎を出て本部隊舎と呼ばれる建物へと歩いて行く。


「山田さん。ここって本当に凄いですね!」

「そうかい?」


 道すがら、通り過ぎる建物を見ながら浩介は感想を告げる。

 島の奥にある建物は深いジャングルの木々の間に上空から見えない様に建てられて、その周りには偽装網と呼ばれるネットに隠されたやたらデカい銃座(対空機銃と言うらしい)が点在していた。

 また、山田が言うには重要な施設の殆どは洞窟の中に作っていて外の施設が破壊されてもさして問題無い様になってるそうだった。


「それからのぉ、全ての陣地は洞窟にトンネルを掘って繋げておるんだよ」

「えぇ!山田さん達は機械を持って無いんですよね!」

「おぅ!全てツルハシで手掘りじゃ!時間は掛かったが、立派なモンを拵えたよ!おっと、ここじゃ」


 話している内に二人はお目当ての洞窟の入り口へと到着する。


「支隊ニ班の山田ですわ!佐々江くんを連れて来ました!」


 入り口前で番をしていた兵に敬礼する。


「御苦労さん。大佐殿は奥の執務室に居るから、少年を案内しな」


 番兵に言われて洞窟の奥に入って行くと丁度、執務室と書かれた札がある扉の前で笠木と出会った。


「御苦労、山田二等兵は部隊に復帰したまえ。佐々江くんは部屋に入ってくれ」

「ハッ!」

「はい」


 山田と別れて笠木に促されるまま執務室へと入った浩介は、簡素な机と椅子の前に置かれたソファーに先に座る人物に眼を見張った。

 その人物も真っ白な髭を生やした老人だったが、笠木達とは着ている軍服が違った。

 所々、シミで染まっているが純白の軍服に金色の帯が肩から下げられて襟章の意匠には錨のマークが付いている。


「こちらの方は、海軍の山崎大佐だ。大佐、彼が佐々江少年だ」

「初めてお目にかかる。大日本帝國海軍聯合艦隊特務分遣艦隊司令の山崎 一大佐だ」

「かっ、海軍まで居るんですか!?」

「当然だろう。ワシらが陸さんを運ばねば、誰がこんな島に運ぶと思うんだね?」

「まっ、まぁ、そうですねぇ」


 小首を掲げて訪ね返すと山崎は座るように促す。

 そして、皆が座るのを確認すると笠木に目配せする。

 笠木は軽く頷く。


「さて、佐々江くん。君をここに呼んだのは他でも無い。今、現在の世界の情勢と君が何故、この島で殺されかけたのかを聞ききたい」


 些細な事でも良い、全て話してくれと笠木に続き山崎も問いかける。

 浩介は、もちろん自分が何故こんな事態になったのかを話す積りでいた。

 しかし世界の情勢とりわけ、日本がどうなったのかを話す事はどうしようと悩む。

 少し間をおいて、とりあえず口を開かない事には何も始まらないと浩介は思い語り出した。


「あれは、一週間前の事でした。僕は父の仕事の都合で日本から遥かに離れたある国に来た事が始まりでした」







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