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2話

『チクショ!こんなとこまで逃げやがって!』


 月明かりが砂浜にいる三人の男の姿を照らす。

 一人は小柄で息も絶え絶えでうつ伏せに倒れている。

 年の頃は十代前半くらいか、半袖と半ズボンから覗く細い手足には細かい傷と硬く縛られていたであろう赤く血の滲んだロープの跡があった。


『殺す前に痛ぶってやろうか、ああ!このクソガキ!』

『うグッ!』


 悪態をついていたガタイの良い男は、容赦なく倒れている少年を蹴りつける。


『よせ、マイク』


 最後の一人は両手をポケットに突っ込んでいる細長の男で冷めた目でマイクと呼んだ男を嗜める。


『何だ〜、テリー。テメェ、情でも沸いか?ああ!』

『そんな訳無いだろうが、俺が言いたいのは、そんな事をしてる暇は無いって事だ。このガキに構い過ぎて、仲間の船に置いていかれたいのか?』


 細長の男、テリーに言われてマイクは面白く無さそうに舌打ちすると腰に手を回して拳銃を抜き放ち躊躇無く少年に銃を向ける。


『ヒィ!やっ、ヤだ!ヤだ!待って!』


 死を前に少年は両眼や鼻、から涙、鼻水を流して二人から距離をとろうと這いつくばって手足を動かす。


『おいおい、動くなよ。それじゃ、楽に死ねねぇぞ。』


 マイクの加虐心に触れたのか、ニヤニヤしながら少年を見て銃の撃鉄をカチリと引く。


『馬鹿野郎!ここで殺すな!』

『何だ!この野郎!さっきからよ!時間がねぇんじゃねぇのかよ!』

『砂浜で殺したら、どっかの船が近く通った時に見つかるかも知れねだろ!殺すなら、すぐそこのジャングルの中だ!ガキをそこまで歩かせろ!』

『どこの馬鹿船が、こんな太平洋のどこかもわかんねぇ、無人島の側を通るんだよ、クソ野郎!』

『万が一にも通るかも知れねぇだろ、脳無しが!』

『テメェ殺すぞ、コラ!』


 二人の男は少年から視線を外し、途端に口論を始める。

 生き残る可能性があるなら、ここしか無かった。

 少年は生きる為に力が入らない身体にムチを打ち、立ち上がると脱兎のごとくジャングルへと駆け出した。


『クソガキ!』

『チッ!何してる!撃て!殺せ!』


 二人は銃を構えて少年に死を撃ち出す。

 パンッパンッパンと乾いた破裂音が鳴るたびにヒュン、ヒュンと耳の近くで甲高い音が掠めて行く。

 何発かヤシの木に命中して細かい木の繊維が散らばっていく。


『わあああああああああ!』


 少年は、気が狂いそうになる月の明かりが届かない暗いジャングルを絶叫しながら、駆け抜ける。


『うわっ!』


 唐突に足元の木の根か、何かに引っ掛り派手に転んでしまった。


『うっ、ううう』


 受け身も無く転んだ性で頭や肩、足首に鈍い痛みを感じる。

 暗いジャングルでここまで走ったんだ、これで見失ってくれたかなと一瞬頭に浮かんだ。

 しかし、出てこい、どこだと声が聞こえてガサ、ガサと藪を掻き分ける音が思いのほか近くで聞こえて自分がそんなにジャングルの奥へと逃げ込めた訳では無いとさとり、絶望が少年を蝕む。


「嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。死にたく無い。死にたく無いよ」


 少年は溢れる涙を零しながら、母国語で呟く。

 その時、側でガサッと音がする。


「ウワッ!ゥブ!ンンンンンン!」


 恐怖からまた絶叫し、立ち上がろうとすると、抗えない程の力で地面に押さえ付けられて、そのまま覆いかぶさる様に拘束される。

 しかも、口を手で押さえられて声すら出せない。

 何故か切ったばかりの植物の青臭い匂いもするし、拘束から逃れようと少年は藻掻く。


「ンンンンンンンンンンンン!」

「シッ、静かに」

「ん!?」


 不意に耳元で自分を拘束した男の声を聞いて眼を見開いた。

 少年は聞き間違いだと思った。


「そうだ、静かにしろ。良いか、ゆっくり呼吸するんだ。荒れた呼気は敵に発見される可能性がある。良いな」


 また、聞こえた言葉に少年は確信する。

 そして、自分に覆いかぶさる正体不明の人物に希望を感じて少年は小刻みに頷く。


「よーし、良い子だ」


 男のしわがれた声に何故か不思議と安心を感じる。

 パン、パン、パンとまた数発乾いた銃声が聞こえる。

 思わず、身を硬くするが男が口を塞いでない方の手で頭を撫でて少年を落ち着かせる。

 その手の感触は昔、少年が小さな頃によく撫でてくれた祖父を思い出させるものだった。


「大丈夫、盲撃ちだ。しかし馬鹿な奴らだ。敵の戦力も解らんのに無駄弾を消費するとはな。殺すか?いや、奴らは斥候かも知れんしな」


 男は我武者羅にジャングルの中に発砲する二人の様子を鼻で笑い。

 注意深く、様子を見てる様子だった。


『チクショ!』

『チッ!もう良い!タイムオーバーだ!戻るぞ!』

『ガキは死んでねぇぞ!』

『どうせ、無人島だ!直に死ぬだろ!仲間の船に置いていかれるぞ!』

『おっ、おい!ボスには何て言うんだ!』

『命令通り、殺した!これで良い!行くぞ!』


 二人は踵を返し、走りながら砂浜へと戻っていく。

 浜に止めてあるボートに戻ったのだろう。


「···行ったか」


 少年の身体から、重みが消えた。

 それと同時に周囲からガサッ、ガサガサと複数の音がする。


「あっ、えっ?えっ?なっ、何?え?嘘?」


 解放された少年は上体を起こして周りをキョロキョロと見渡す。

 少なくとも十人の男達が少年を囲んでいた。

 皆、80いや、90代じゃないのかと言う程の高齢の老人達だ。

 しかも、全員ヤシの木の葉や、そこら辺に生えていただろう草を全身に付けている。

 ああ、通りで青臭いかったのかと場違いな感想を抱いた。

 しかし、それも一瞬で、その老人達の手に持っている物と何よりも、その服装に開いた口が塞がらない思いだった。


 古臭いが未だに現役で殺傷力のありそうな、ライフル銃。

 その銃の先にギラギラと光る細長い、銃剣。

 所々に修繕された跡があり、色が少し薄れているカーキ色の服。

 帽子には頭周りに垂れ下がる様に縫い付けられた布が特徴的な帽子。

 何より、高齢者には見えない様な鋭い眼つきをしている。

 その姿は昔戦争を題材にした映画で出てくる姿そのものだった。



 そう、まさに旧日本軍の姿。



「大佐が突然動いたんで、肝を冷やしましたぜ」

「おう。それはすまんかったな、藤田」

「へへ、もう少しで撃つとこでしたわ!ガハハハ!···で?そん子供は、どうすんです?ウチは土人の子供を養う余裕は無いですぜ?」

「土人?何を言ってるんだ?よく見てみろ、藤田特務曹長」


 二人の老人の会話に口をパクパクするしか無い少年の腕を引いて大佐と呼ばれた老人はジャングルにさす一筋の月明かりに連れて行く。


「よく、この子供を見ろ」


 月明かりに照らされ少年を見て老人達が息を飲み込んだのを感じた。


「同胞だ!」

「なんてこった!」

「なんで、こんな島に?」

「久し振りに子供なんて、見ただ!」

「もしかして、戦況が変わったのか?」

「このわっぱ見て、何でそんな事をが言えるんです?」

「阿呆、こんな子供が島の近くに来れるくらいには戦線を押し上げられたって推測出来るって事じゃ、二等兵!!」

「あっ、そうか!」

「でも、伍長殿?そうしたら、あの敵は何なんです?」

「そりゃ〜、あれじゃ!スパイ!そう、スパイじゃ!子供を拉致して我が軍の情報を抜こうとしたんじゃ!」

「成る程!だけん、あんな軽装じゃったんですか!」

「そうじゃ!どうよ、ワシの推理!」

「よっ!流石、田所伍長殿!伊達に歳はくっとりはしませんな!」

「そうじゃろー、ガハハハ!」 

「喧しいわ!お前ら、推測だの推理だのとゴチャゴチャと!」


 何故か盛り上がり始める老人達に藤田と呼ばれた老人がキレ気味に声を上げる。

 途端に老人とは思えぬ動作で騒いでいた老人達は姿勢を正す。


「で?」


 周りの老兵達が黙ると藤田は少年に話し掛ける。


「えっ?」

「どうなんだ?本当にお前さんみたいな子供が島の近くまで来れるくらいに我が軍が前線を押し上げたんか?」


 藤田の問に頭がぐるぐると仕出す。


「何か言え!どうなんだ!?」


 藤田は少年に詰め寄る。

 もう、訳が分からなかった。

 昨日まで少年は両親の仕事の都合でイヤイヤ飛行機や船を乗り継いで、太平洋の何処かもしれない発展途上国の島国に来たと思えば、ギャングだがマフィアだかわからない連中の犯罪現場に遭遇して拉致されて、タンカーに乗せられて、決死の思いで脱出して救命ボートで島に漂着して、助かったと思えば、追手が来て永遠と砂浜で追われ、捕まり、殺されかけて、果てには旧日本軍の老人達に囲まれて!

 少年の頭はもう、キャパシティオーバーだった!


「何とか言わんか!帝国は、帝国はどうなってる!?」

「藤田、待て。そんなに詰問するもんじゃない。この子も疲れてるんだ」

「しかし!」

「藤田特務曹長」

「ハッ!失礼しました!」

「ウム。さて、部下が失礼した。私は笠木 昇と言う。階級は大佐。そして、大日本帝國陸軍南方方面独立特務支隊の指揮官だ」

「えっ?あっ、ハイ」

「君は?」

「?」

「名前だよ」


 優しく好々爺然として、問いかける笠木に少年は緊張の糸が切れる思いがした。

 何故か、この人は信用できる。

 自分はやっと安全になったんだという思いが湧き上がる。


「佐々江です···佐々江 浩介です」

「ウム。佐々江くん、もう大丈夫だ。帝国の民間人たる君は我々大日本帝國軍が保護をする」


 笠木がそう宣言する。

 途端に浩介の足の力が抜けて、カクンと倒れそうになる。

 すると、素早く笠木は老人とは思えない力強さで浩介を支える。

 段々と瞼が重くなる。

 浩介がその日、最後に見たのは、浩介が力なく意識を失う様子に大いに狼狽える老兵達と彼らに冷静に指示を出す笠木の姿だった。


















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