(第45回)損害保険会社様
さて、保険会社とカーメーカーに売り込みである。どちらも超特大企業なので、費用交渉とか厳しそうだなあ
あくる日、営業課長と連れ立って東京のど真ん中にある損害保険会社本社ビルを訪問した。
自己紹介を済ませると先方の担当者が口火を切った。
「わざわざお越しいただき、ありがとうございます。システムの概要は理解して居るつもりですので、こちらから質問にお答えいただく形式でよろしいですか。」
「はい、結構です。ご丁寧にありがとうございます」
「早速ですが、ドライブレコーダに搭載する場合、プログラムの容量を教えてください」
スペックの確認か、それならお安い御用である。と思っていると営業課長がすべて説明してしまった。
「なるほど、そのサイズなら今のレコーダの空き領域で収まりますね。話の早い人で助かるなあ。」
すると営業課長が搭載一台当たりの使用料金と専用サーバの必要性、準備期間、費用も説明し、お客様に資料をお渡ししてくれた。
これでは自分が要らないではないか。楽な反面、ちょっと恨みがましくも思ってしまった。
担当者は聞きたいことが全て回答されたので,3日後に採否返答すると言って面談終了である。ほんの15分の打ち合わせ、なるほどリモートで充分だったな。時間があるので自動車メーカにもいくことが可能だが、営業課長にリモート商談を提案した。
「いやあ、自分も提案しようと思ってました。ちょっと喫茶店に入って電話しちゃいましょう。先方がOKなら15時会議開始で良いですか」勿論承諾した。営業課長は抜け目なく事業部長に電話し、先方は部長クラスが出てくるので、リモートに参加を依頼し了解を得た。今度は技術論を吹っ掛けられる可能性もあるので、自分は並木さんに参加依頼した。これで万全でしょう。
その後、先方に了解いただけたので我々は外で昼食を済ませ、帰社して会議に備えた。
14時半に事業部長からチャットが入り、リモート会議なのに事業部長室に集合することになった。
一応並木さんリモート参加の許可をもらい、事業部長室へ移動した。もちろん営業課長、及び部長も来ている。
定刻になり、リモート会議を接続し、こちらの陣容を紹介した。先方は予想に反して、取締役まで参加しており、本気度が窺えた。
顧客の取締役が
「費用など説明いただいた資料はPDF提供をお願いします。また、当社では使用料は年度単位の契約であり次年度の契約時にバージョンアップが無ければ自動的に5%コストダウンいただくお願いをしておりますがご存じですよね。特に営業課長さんは当社に在籍経験があると伺って居ますので問題ないと思っていますが確認したいと思います。
即答しそうな営業課長を目で制して自分が発言した。
「御社の購買ルールについては存じ上げております。しかし弊社のご提供ポリシーとは反しますので強制コストダウン要求に対しては提供終了という可能性があることをご了承ください。
「それはもちろんビジネスですから折り合いがつかなければ仕方ありませんね。我々も対応いただけるようにお願いするばかりです」
「承知しました。改定は年度を意識せずに進める所存ですので、できましたら契約中でもアップデート時には費用交渉可能と考えてよろしいですか」
「契約期間中は当社はコスト変動できませんので、原則不可です。但し、変更内容次第ですのでご相談ください。後、ほかのお客様、例えば警察からの依頼で機能変更した場合は費用負担なしでアップデートいただけますよね」
「そうですね、その場合は無償でアップデートするか、古いバージョンのまま使い続けるかは御社のご判断をお願いします。」
「了解しました」
基本採用=口頭内示レベルと言われたので、議事録を作成、送付し、押印いただけたら納品準備を開始することで合意し、会議を終了した。
事業部長曰く
「ずいぶん強気の発言だったけど、何かうらみでもあるの」
「いや、大人気ない話ですが、いきなり自動コストダウンを当然の様に切り出したので、このシステムを下請け工場の部品レベルで扱う態度にちょっとムッとなってしまいました。」
営業課長曰く「大正解ですよ。あの会社は下請けは皆、自社命を当然と思っているので、自社にない技術を持っている会社や自信を持っている会社には割高でも費用は惜しみません。最初に意思表明しておくのが大正解ですな」「僕もそれが聞きたかった。ちょっとヒヤッとしたもんね」と事業部長。
「あと、並木さんを、このシステム開発の中心人物だと言わず、開発の詳細を知っているエンジニアと紹介したのも良かったと思う。あの会社はライセンスを言いなりで何年も払うくらいなら自社で作ってしまえという発想をするので、変に並木さんを持ち上げるとあちらに開発依頼が行っちゃうもんね。」
「いやいや、敵は甘くないですよ。あの会議後すぐに並木さんにメーカーの部長さんから連絡がありこのシステムを自社で構築したいがいくらでやってくれるか見積もり要求があったそうです。」
「えーーー、まずいじゃん。並木さんは何て言ったのかな」
「最もカギになる技術は開発元会社の特許なので、開発見積もりは可能ですが、開発しても使えませんよ、と言ったそうです」
「さすが、信じるに値する人だね」
本当だ。しかし彼はソースコード全てを持っているので、造反されたらアウトである。
「じゃあ今度はこちらに開発相談が来るかな。それともキーになる特許を検索で見つけて、それに抵触しないように開発するかな」
「自分が先方なら、後者の方法で開発を並木さんに依頼しますね。彼もあの特許を使わずに同レベル以上のシステムが構築できるか、エンジニアとして興味津々だと思いますよ」
「確かに、もう作っていたりして」
「一応システム全体での特許も出願していますから。簡単にはかいくぐれ無いと思いますけどねえ」
「そっちは知財部の協力貰ってあ進めたの」「勿論です。開発力=攻撃力はダメですが、守備位しっかりやらねばと思いまして」
「うん、それを聞いて安心したよ」
とはいえ、システム特許出願は半年前=警察で実績を上げ=て拡販規模が大きくなりそうで怖くなって急に対応したもので、万が一並木さんがそれより前にシステム特許を出していたらアウトである。
先日並木さんと食事したときに、システム特許の話をそれとなくしたら
「さすが設計課長、それは重要ですね。僕も書いておけば良かった」と本当らしく言っていたので、一応信じていますけど・・・彼にはかなわないところが多々あるので心配だなあ。
世に杞憂という言葉があるが、まさに前書きは杞憂だった。今の憂いは1年後くらいに自分のシステム特許より先に並木さんのシステム特許が出てくることである。