(第25回)模擬事件当日
いよいよ訓練実施日、想定内で終わってほしいなあ
無事事業部長承認をもらって模擬事件実施日を考えた。おそらく現場は大騒ぎになるだろう。
いろいろ駅員対処の不備なども見えてきて、そうすると次の事件が起きるまでまた現場立ち会い延長とか言い出しかねない。そろそろ休みを取りたいと思った自分は実施日を週末の金曜日、なおかつ夕方にしようと決めた。そうすれば延長要望があっても、会社休日を盾に断れるだろう。営業課長経由で実施日を駅長に提案すると二つ返事で了承された。もちろん並行して並木さんチームの了解はもらっておいた。さーて、成果を出して週末はのんびり過ごしたいなあ。
さて、あっという間に実施日が来た。一応朝から立会っているが、事件は17時までは 起きないので安心だ。あまりの緊張感の無さにちょっとウトウトしかけた、いかんいかん。
これじゃ給料泥棒ならぬ、請負費用泥棒である。このゆるーーい時間だって顧客から費用をいただいているのだ。ちょっと反省しかけたとき、並木さんの緊張した声が聞こえた。
「設計課長!本当に事件が起きるかもです」
「えっ、えっ」
「お静かに、システムが候補者を検出しました。3年前に痴漢で逮捕され、職場もクビになりましたが、半年前から別会社で働き始めたヤツが次の電車に乗車してます。
周辺駅員のモニタに黄色枠が表示され全員見入っている。中には車内監視カメラを遠隔操作して、男の手元が映るようにしている人もいる。タノムカラ、痴漢するなよう。
電車が駅に入線してきた。まだハレンチ行為はしていない。しかし降り際や新たに乗車した人で犯行に及ぶかもしれない。まあその場合、管轄は次の駅なのでいいか、と再び気が緩みかけたその時
「この人痴漢です」と別の車両でOL風の女性が年配男性の腕をつかんでホーム上でもみあいになっている。男性は「やってないと否定しているが女性は頑として譲らない。近くの駅員が二人を駅長室に連れてきた。私と並木さんは二人が乗っていた車両の録画映像を再生して確認を進めたが、一番混んでいる車両で、二人が隣り合って乗っていることは分かったものの、行為の有無は不明である。
男の表情も例のソフトで検出されるものでは無く、我々のシステムが彼の無罪を援護射撃している
そうこうするうちに警察が来て、男の手のひらにテープを張り付け女性の衣類の繊維片が付着していないか鑑定するとのこと。こうなったら本職に任せるしかない。男は容疑否認のまま姓名住所、職業などを
残して放免された。駅長に今日の訓練は中止で良いかと尋ねたところ以外にもOKだった。食訓練でなく実際の事案発生でシステムの有効性=再犯者事前検出=が証明され、かつ駅員がシステムを操作できていたことでご理解いただけたようである。人生、何が幸いするかわからんねえ。しかし、首都圏全駅に提案する話は出なかった。やはり証拠動画が取れなかったことが原因かなあ。また会社で事業部長に絞られるなあ。
週明けの月曜日、浮かない気持ちで事業部長に報告したところ、意外なコメント
「やったね、設計課長。訓練じゃなくて実際の犯罪が起きて、一応事前検出できたと聞いたよ。駅長さんから朝一でお礼の電話もらった。あと、駅員さんもちゃんとシステム操作できたらしいじゃない。良かったねえ。
「まあ、それは並木さんのマニュアルの出来と教え方が良かったですね」
「まあまあ、自分の手柄で良いんじゃないの、良い人材にお願いするのも能力だからね。
これだけおだてられると逆にイヤな予感が・・・。
「贅沢なのはわかってるけど、犯行の瞬間の写真か動画があれば完璧なんだけどねえ」
ほら来た。
「ですねえ。しかしすごく混んでいて監視カメラがとらえきれなかったんですよ。駅員が遠隔操作で狙ってましたがダメでした」
これで完璧に言い逃れしたつもりだったが・・・
「なら、訓練やればよかったのに。だって空いている車両でやれば撮れるでしょ」
ご尤もである。でも、実際の事案発生で疲れており、帰りたかった、とは言えないしなあ。ままよ
「では訓練でなく、模擬事案を発生させますか仕込みになりますが、駅長にも内緒で撮影はリモートで
並木さんにお願いして。」
「おっ、さえてるねえ。そうしよう、最終的には示談になるし、並木さん所の社員だから処分も心配ないし。しかし、警察で同じ会社所属とばれたら、駅長に説明付かないんじゃない?
確かに確かに、やはり背景を駅長に説明して公認でやるっきゃ無いか・・・
やはり想定外発生。
「持ってる」のか「ついてない」のかどっちなんだらう