量子力学に復讐を (付録:短編書きのための量子力学解説)
第4回なろうラジオ大賞用に書いた短編です。
後書きに、量子力学で我流で解説し、ついでに超短編への応用可能性を羅列します。
20XX年、夜空が消えた。
街明かりが孤島や山奥からすら闇を奪い、僅かに見える星は、すばる、三ツ星、七つ星ぐらいで、それとて、大量の人工衛星と区別が困難になった。
空の光点が全部動いているから、止まっている星座すら動いて見えるのだ。
千年単位なら、銀河の回転と共に星座の形は崩れて無意味となるが、こうも早いとは誰も思わなかっただろう。
元凶は量子力学だ。それで素子が効率化されたから。
影響は他にも多い。
タブレットが教科書だけでなくノートまでも駆逐して、ランドセルもえんぴつも消えた。
そればかりか、書く為の紙がタブーとなって、おふだまでも自粛されるようになった。
余った紙は、有限地下資源であるプラスチックや金属にとって代られた。もう、漫画に缶コーヒーが描かれることはない。
息苦しい世の中となったものだ。
昼飯代程度で買えるようになった監視カメラが、総ての家・部屋、屋根裏に至るまで常備されている。
言動が喜怒哀楽を含めて総て相互観測されるから、誰もがポーカーフェイスだ。
学校も例外ではない。
効率化のもたらした国際化が、語学や地理・歴史等の暗記系科目を増やし、しわ寄せを食った体験型理科や行事が消えたからだ。
今や、ひまわり日記も、最後の砦の体育祭も消えた。名目は猛暑化対策だが……。
そんな教育と日常が半世紀以上続けば、祭りそのものもすたれる。
静かな神事はともかく、エネルギッシュな夏祭りは消え去るのみ。
酷いのは入試システムもだ。
文系不要を唱える同じ口が、語学・暗記を重視して、理系に偏った天才が大学に入れなくなった。
英語・中国語・暗記科目が壊滅的な私に至っては、高卒検定すら通らない。
人生のチェックメイト。
でも、その事実が私を元気づける。天は二物を与えないから。
現に、量子力学はスラスラ分かる。
一体、超短編企画で、量子力学を正しく使える作家は何人いるだろうか。
落ちこぼれの私だからこそ、理解ばかりか、新しいアイデアすら浮かぶのだ。
きっかけは「猫」ではない。法事だ。
実体とは一種の錯覚で、圧力の確率と可視光の放射確率を、触覚と視覚で大雑把に探知した結果に過ぎない、
すべての想像は妄想に過ぎない、
そう坊主はぬかしやがった。
私なら量子ウイルスだって作れよう。それは量子力学が作ったディストピアに、不確定性という希望を与える筈だ。あざなえる縄の如く。マッチポンプの如く。
交通整理のバイトで繋ぎつつ、そんな夢を糧に生きている。
因みに私は量子力学が(辛気くさくて)苦手だし嫌いです。
当初、量子力学以外のキーワード(天才, 缶コーヒー, えんぴつ, ランドセル, 量子力学, 星座, 夏祭り, チェックメイト, ひまわり, おふだ, 体育祭, ポーカーフェイス, 屋根裏)を全部を「消えた」「死語になった」にしましたが、余りに流れが悪かったので、チェックメイト(AIが強くなりすぎてチェス用語が消える)とポーカーフェイス(誰もが無表情の世界では、ポーカーフェイスという言葉が死語になる)、屋根裏(人口減で誰もがアパートに住むようになって、天井裏という言葉に代わられた)は生き残る設定にしました。
以下、量子力学の我流解説です。あくまで我流なので正確ではないし、試験で使うとバツになるかもしれませんが、参考にはなるかと。
(拙作の後書きは全てCC_BYですので、自由にお使いください)
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分子や原子が発見される前は、大抵の物体が連続だと思われていました。
分子や原子や発見されたあとですら、エネルギーや現象(波とか)は連続的なもとの思われていました。
ところが、その連続と思われたエネルギーや現象すら、実は微小エネルギー・微細現象の塊だった、というのが始まりです。
波と粒子の二重性とか、光量子とかの発見がこの段階です。
しかし、ここまでなら、あくまで量子化ということで、量子力学ではありません。
量子力学が19世紀までの科学と異なる点は、量子ぐらいに小さな世界では、粒子の状態自体が確定していないということです。
何かが確かな状態で存在していたのを、観測によって確認するのではなく、始めから状態が決まっていなかったのが、観測されることで状態が決まる世界です。
それは確率のみで語られる世界でもあります。
だからこそ擬人化しやすいし、恋愛ジャンルとか、ギャンブル性の強いジャンルで使いやすいネタとなります。
『目で追っている自分に気付く。そっか、恋してしまったんだ。急に会話をするのが怖くなった』
『崖から落ちた時、俺は途中にある木々や気流が確率的に変わるという点に働きかけ、結果的に確率的にゼロでない最小ダメージで地面に倒れ込んだ』
この性質を突き詰めると、不確定性原理に至ります(ハイゼンベルクはこれを上記の性質から導いた)。これは、粒子の状態(=例えば、位置と運動量の組み合わせ)を完全には確定できないというもので、粒子が何処にあるかが決まれば、その運動量は不明となり、運動量が決まれば場所が決まらない、ということです。なので原子モデルで電子の軌道は雲のようになって示されます。軌道(運動量+エネルギー)が決まったら、その軌道のどこに存在する分からないから。
これを擬人化すると、歴史アクション(分身の術)やファンタジー(転移やテレポート行き先不明)、さらには現代ドラマに使えるでしょう。
『確実に安全な場所に転移する代わりにスキルをランダムにするか、好きなスキルを選ぶ代わりに転移先をランダムにするか?』
『侵略に反撃する代償に家を失うのと、今の生活を守る代わりに侵略者に表向き従うのと、どちらを選ぶか?』
不確定性原理から「揺らぎ」というものも可能になって(トンネル効果もその一種です)、これをエネルギーの非常に高い世界に応用すると、物質+反物質のペアが生まれます。これは実験室だけではなく、実は地球を取り巻くバン・アレン帯でも観測されていて、陽電子の静止エネルギー(mc^2=約500keV)を超えるとバン・アレン帯の粒子数が急に増えます。
鏡の世界などSFやファンタジーにピッタリの話で、アナロジーだけなら密室ものでも使えるかも知れません。
『彼はね、興奮すると、2次元の双子ヒロインを現実化しちゃうんだよ』
『仕事と家庭では評判が逆』
さて、電子(素粒子)・陽子(素粒子3個の塊)・中性子(素粒子3個の塊)の世界では、もう一つ、もっと重要な性質があります。それはスピンというもので、一つの状態(位置+運動量+エネルギーの組み合わせ)にはプラスとマイナスの2つのスピン状態しか存在しえないというものです(というか2つも存在するって点で、日常感覚の「物質」とは違います)。
そして、プラスであるかマイナスであるかは、量子力学によれば観測するまでは確率としてしか存在しません。
こういう性質を持った粒子を「フェルミー粒子」即ち「フェルミオン」と言います。
『結婚という状態でも愛人の1人までなら問題ないさ、と彼はうそぶいた』
ちなみに光子や中間子についてはちょっと事情が異なり「遠隔力を伝える正体」だから、多いほど力が強いということになり(例えば光の強弱を決める)、同じ状態に大量に存在し得ます。こういう粒子を「ボーズ粒子」即ち「ボゾン」といいますが、それでも光の偏光に関しては「同じ色=状態の光子に2つのサブ状態ある」ので、この点を取り出せばスピンに類似です。
同じ状態が実は2に分かれてる、というのはデジタルと非常に相性が良いものです。それだけでなく通信にも応用が効きます。
例えば同じ状態の電子が2個あって、(ヘリウム原子の基底状態のように)プラスとマイナスに分け合っていることが分かっている(過去に相互作用があった結果ですが)とします。
その対はどんなに離れた距離であっても、片方がプラスで片方がマイナスです。
とすれば、片方を観測すればもう一方の電子の状態も確定する筈です。それこそ光速を超えて。
情報は光速でしか伝わりませんが、過去に相互作用のあった事象は、一カ所の観測の確定が、同時に他の場所での情報の推定に繋がります。量子力学では観測するまで状態が確定しないので、観測は、瞬時に遠方の電子の状態を決める、という結果を生みます。これが、今年のノーベル賞の「量子もつれ」で、光速を超えないという相対論を守りつつ、情報を瞬時に送るという奇妙な結果を生みだします。実際、既に量子もつれを使った衛星間通信の基礎実験が成功しています。
当然ながら、このネタは推理ジャンルと相性が良いし、子を見れば家庭が分かるって言う形の人情ものにも合うます。アクションでも人質救出もの(犯人が二ヶ所に監禁した人質のどちらかを確実に殺すように脅した話)などで使えそうです。何より、宇宙ものでは必須でしょう。通信に光速しか使えないなら、連絡が大変ですから。
あと、もちろん恋愛ジャンルにも。
『今の君を見ていると、君が遠隔恋愛中の彼女の悩みが分かる。留学中の彼女が、魅力的で助けになる男の子に懐かれて、心が揺らいでいると』
ともあれ、量子力学の作品ジャンルは多岐に渡ります。まさに
『観測=読むまで確率的にしか分からない』