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22 情報提供

「……そもそも、君は獣人についてどれほど知っている」

「え?」


 問いかけられ、考える。

 獣人とは、人と獣が交わって生まれた存在で、それぞれの獣の力が使える。犬だったら鼻が利くとか、ウサギだと耳がいいとか、そういうものだ。そして、その獣の特徴が体に出る。そういうものだ。

 誰でも知っている、一般常識だと教わった。


「ああ、少し違うな。獣人の歴史についてだ。迫害されている理由など、少しは知っているだろう」

「えっと……」


 たじろぐ。師匠から種族のことについては教えてもらっていたが、歴史などは教わっていない。

 どうこたえようかと悩んでいると、ミーナットが困っている僕を見かねて先にこたえる。


『見た目が人と違うからでしょ。それくらいなら知ってるし』

「まあそうだな」

『間違ってないじゃん何が不満なの!』

「精霊には聞いていないんだ。少年、君の考えを聞きたい」

「僕ですか!?ええと、その」


 手をこねてパティエンスさんを見ようとするが、ここは懺悔室。僕とパティエンスさんとの間は格子で仕切られており、相手の顔が見えなくされている。顔色はわからないが、静寂の中、あの不機嫌そうな顔のままでいるのだろうかと考える。


「僕も、ミーナットとおんなじです……」

「ほう。普通に生きていれば、もう少し話を聞くと思うが。世間知らずか」

「そう、なんですかね?」

「なぜ疑問形なんだ」

「あ、もしかしたら、多分、過去の記憶がないからかも……」

「何?」


 途端、少し声色が上がった。どこに興味を持ったのかはわからなかったが、好都合かもしれない。

 先ほどの無気力な感じではなく、はっきりとした物言いに代わる。


「あの魔術師の弟子だとか言っていたから、情報量をぼったくってやろうとも思ったが」

『ちょっと!?』

「騒ぐな。気が変わった。何が知りたいんだったか、もっとはっきりと言え」


 お眼鏡にかなったようで何よりだが、やはり少し癖がある人だ。


『やっぱり変な人』

「あはは。えっと、獣人の村で怪しい動きがあると聞いて、それを解決するために必要な情報を教えてほしいんです」

「そうか……」


 今度の静寂は、気まずい雰囲気にはならなかった。固唾をのんで待つ。

 やけに長く感じられる時間は、パティエンスさんの息を吐く音で途切れた。


「……ここ最近の獣人たちは、王都に新しくやってきた第四王子のことで話題だ」

「あ、確か、コチアさんですよね」

「そうだ。ここにきて約三年になる。獣人との共生の一歩であり、しばらくたてば獣人の有用性を認められ、共生ができるようになると浮かれていたが、いかんせん時間がたちすぎてな」

「はい……?」

「優秀なものだけが生き延び、その他は処刑されるのではと情報が回り不安になっている」

『「え!?」』


 あまりの情報に、ミーナットと二人して驚く。こちらでは一歩近づこうとしているのに、向こうではそんなことになっているなんて。


「静かにしろ……それで、村の近くにある祠を使って、何かを起こそうとしている、らしい」

「そうなんですか……」

「ま、君たちに与えられる情報はこんなもんだ。もっと聞きたいなら、情報料を持ってこい」

「ありがとうございます!」

『それなりにやるじゃん。見直したよ』

「何目線だ」


 パティエンスさんは呆れてため息をついて、コツコツと靴を鳴らして懺悔室を出る。コンコンと扉を叩かれ、慌てて外に出る。

 最初に見たときと、まったく変わらない表情で、見下ろしてくる。これだけは慣れることはない気がする。ひょっとしたら、師匠よりも背が高いかもしれない。


「お帰りはこちらです。ご案内しましょう」

『ねえフォゲット。猫かぶってる』

「あんまりはっきり言わない方が……」

「聞こえてるからな」


 もと来た道を逆にたどり、外へと出る。師匠が指名しただけはある。情報に関しては求めていた以上が与えられた。

 早めに師匠と合流しようと思い、教会の敷地から出ようとする。


「あ、ちょっと待って」


 ふと思い立って、背を向けていた教会に向かって振り返る。パティエンスさんが腕を組んで、こちらを見ていた。

 なんだと言いたげな顔をしているのに対して目をそらし、ポーチの中を探る。中から取り出したのは、昨日作った魔道具の核である、魔術式が書かれた魔石だ。それをパティエンスさんに差し出す。


「これ、お礼としてどう、ですか?」

「これは、魔石……いや、魔道具か」

「はい、そうです」


 パティエンスさんは魔石を見つめ、考え込む。たまに角度を変えながら眺め、なるほどと小さくこぼす。あまり時間がたたないうちに、視線を僕に戻した。


「―――じゃあ、少しいいことを教えてやろう」

「はい」

「何か紙を持ってないか」

「え?ええと、ちょっと待ってください……」

「ないならいい」


 そう言って魔石を僕に渡す。すると、どこからともなく紙が形成され、それを持つ。その様子目を見開いて固まっていると、空いた片方の手で紙をなぞり、僕に渡してくる。

 渡された紙を見ると、複雑な魔方陣が描いてある。思わずパティエンスさんを見るが、平然とした顔のままで佇んでいる。


「例の祠にかけられた魔法だ。君の師匠にでも聞いたらわかるだろ」

「あ、ありがとうございます!あの、この魔石は……」

「もう見た。十分だ」


 これを得たのは思わぬ収穫だ。師匠も喜んでくれるだろうか。

 それにしても、獣人の村は何をしようとしているのか。複雑な魔術式を見て悩む。見たことあるようなないような、不思議な気分になる。


「次来るときは、裏口に来い。昼頃ならいる」

「え、あ、はい!ありがとうございました」


 僕はパティエンスさんに深いお辞儀をしてその場から離れ、町の外に向かう。少しだけ怖かったけど、良い人だった。


(それにしても……)


 紙を生み出したあの力は何だったのだろうか。どこからともなく出てきたというより、今作られたように見えた。物を作るとか、そういう力なのだろうか。


(今は、それよりも重要なことがある)


 僕は深く考えるのをやめ、前を見据えた。

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